橡の木の下で

俳句と共に

「奈良きさらぎ吟行」平成24年『橡』4月号より

2012-03-28 10:00:09 | 俳句とエッセイ

奈良きさらぎ吟行    亜紀子

 

風狂の寂しさ言はず別れ霜  星眠

 

 春はなかなか近づいて来ない。底冷え厳しい二月の初め、やすこ先生のお計らいで奈良周辺のいくつかの句会の合同吟行会に参加する。近鉄奈良駅を出発し、東向商店街を抜け、猿沢の池へ出る。一の鳥居から奈良公園へ入り、片岡梅林、浮見堂を通り、瑜伽神社へ登ってから奈良ホテルで昼食。再び駅へと戻りなら商工会議所で句会。詳しい行程を幹事役の竹村さんから送っていただいた。地図や参加者名簿等、詳細に記していただき多いに助かる。

 集合場所の観光案内所付近でそれらしいグループを見つけて声をかけてみると、果たして橡の皆さんであった。寒さは応えるが、晴れ渡った空は吟行日和ですねと挨拶すれば、雨でも雪でも吟行日和ですよと返ってきたのは、さすが大島民郎、山田孝子両先生の薫陶を受けた吟行の猛者連衆。雨どころか槍が降ってきても辞さぬ手合いとお見受けした。

 皆によく来たねと肩を叩かれていた、杖を手にした小柄な婦人を紹介していただく。神戸からただお一人でいらした岡田貞子さん。満九二歳と伺い、思わず握手をしていただく。握り返されたお手の力が私よりも強い。

 奈良は七年ぶり。やすこ先生も久々とのことだ。奈良生れ、奈良育ち、奈良の権化と言えそうな岡本トシ子さんが私たちを始終案内してくださった。

 老舗の並ぶ東向商店街のアーケードに二月の日差しが透いている。気温は低くとも光の中には春が来ている。骨董屋のショーケースに大振りの奈良一刀彫の立雛が飾られていた。大島先生が必ずお雛さんの前で立ち止まられたと誰かが懐かしむ。ウイークデーの午前中、観光地とも思えぬ静かさだ。先生が奈良をこよなく好まれたのはこの趣であったろうか。

 猿沢池への道すがら、未だ冬芽の固い大木の陰に、手力男命をお祀りした百葉箱ほどの小社があった。天岩屋戸を押し開けた怪力の神様があんな小さな祠で窮屈にしていらっしゃると、トシ子さんが笑いながら教えてくださる。興福寺の放生池である猿沢池。ほとりの釆女神社の由来、池の七不思議、西側の花街、絵師の街、トシ子さんが奈良に知らぬものはないようだ。風が走り、池の面を眩しい光のさざ波が渡る。水は冷たくとも、鳰たちは既に恋の季節。雄の体色鮮やかで、忙しなく水をくぐる。

 奈良公園内では僅かに萌え初めた緑を鹿の群がしきりに食んでいた。雌鹿のそれこれは孕み鹿だと指さしていただく。雌はプウンと鼻を鳴らす。食べ物を乞うているのでしょうとのこと。片岡梅林の梅も、浮見堂を囲む木々の芽も固く、奈良の都の春はこれからである。

 奈良ホテルで休憩。銀のカトラリーでカレーライスをいただく。山田孝子先生の近況を古くからのお仲間に伺う。大きな硝子窓の向うに柄長、四十雀の群れが行き交う。皆が寛いでいる間も、幹事の竹村さんは食事代の清算で忙しい。昨夜は仕事場の診療所に宿泊。今朝がた締め切り書類を仕上げ、そのまま吟行会に駆け付けられたとのことで、無精髭が勇ましい。先ほどの手力男命を思い出す。

 句会場で中村富子先生に久方ぶりにお会いできた。長く歩くのはご不自由とのこと、お嬢様の島野さんが付き添われる。笑顔も句柄も大らかで自由闊達なところは少しも変わっていらっしゃらない。

 句会に先だって、急逝された句友を悼む。神戸の高羽郁子さんは岡田さんの親友。貞子さんを支えるように、吟行会にはいつもお二人で参加されていたそうである。今回も参加の予定でいらしたのに、突然のことで果たせず仕舞いになった。貞子さんが短く挨拶され、皆で黙祷を捧げる。

 私たちが雨の日も晴の日も俳句を詠むことの意味を噛み締める。