あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

陸軍パンフレット 「 我等は徹底的に陸軍當局の信念方針を支持す 」

2016年11月15日 05時15分17秒 | 其の他

陸軍パンフレット問題
(一) 概要
一、昭和九年一月二十三日
 陸軍大臣荒木貞夫に代って教育總監たりし林銑十郎大將が陸相に任ぜられ
眞崎甚三郎大將が教育總監に任ぜられた。
間もなく同年三月五日
軍政樞要の職であり大臣の輔佐役である陸軍省軍務局長に永田鐵山少將が任ぜられた。
斯くして陸軍は荒木陸相時代の急進的態度より漸進穏健的態度に變化し
林陸相により部内の統制が鞏化されつつあると観察された。

昭和九年十月一日
所謂 陸軍パンフレット 「 國防の本義と其強化の提唱 」 が陸軍省新聞班より公表され、
軍部の政治に對する積極的意見の開陳として各方面に衝撃を与へた。
其の要點は次の如くである。
「 
國防の本義と其強化の提唱 」の概要
一、國防観念の再檢討
 たゝかひは創造の父、文化の母である。
試練の個人に於ける、競爭の國家に於ける、齊とく夫々の生命の生成發展、
文化創造の動機であり刺戟である。
 國防なる観念は往昔の軍備なる思想より 今日の新國防観念に至る間に三種の段階を經ている。
即ち
(一)  世界大戰以前に於ては武力戰を對象とする狭義の軍備
(二)  世界大戰後 盛んとなつた武力戰を基調とする國家總動員なる思想
(三)  輓近ばんきん世界的經濟不況 竝に 國際關係の亂脈は
 遂に政治、經濟的に國家的ブロック的對立關係を生じ
平時に於て深刻なる經濟戰思想戰等が展開せらるゝに至り、
平時状態に於て對外的に國家の全活力を綜合統制して對抗するに非ずんば、
武力戰は愚か 國際競争其物の落伍者たるの外なき事態となりつゝある。
從って從來の武力本位の観念より脱却し新なる思想に發足せねばならなくなつた。
二、國防力構成の要素
(一)  人的要素
 最重要である。然らば如何にして培養するか。
1  建國の理想--皇國の使命に対する確乎たる信念を保持すること
2  盡忠報國の精神に徹底し--國家の生成發展の爲め、自己滅却の精神を涵養すること。
 國家を無視する國際主義、個人主義、自由主義思想を芟除し、眞に擧國一致の精神に統一すること
3  健全なる身體--國民保健政策
4  國民生活の安定--執中勤勞民の生活保障、農村漁村の疲弊の救濟
 人口及民族問題
  人口問題    全國にて九千二百萬の同胞を有し  有利
  民族問題    戰時に敵國内の民族を相反目せしめ、獨立運動を支援し 母國の崩壊を企圖するは
                   近代戰爭に於ける思想戰の重大なることに想到れば輕視得ず
(二)  自然要素
 領土--航空の發達により海上よりは航空母艦、
陸上よりは浦塩、上海、フィリピン、カムチャッカ、アリューシャン
の各方面に對し國土上空を暴露するに至つた。
 資源--
(三)  混合要素
1  經濟--最新の観念に於ける國防は平時の生存競爭たる戰爭をも含むものであり、
 其の主體は殆んど經濟戰なりと見ることが出來る。
 從って經濟が國防の極めて重要なる部門を占むることは明か。
 對外的には現下のブロック對立時代に應ずる對策
 對内的には武力戰其他の國防を維持培養する任務を有し頗る重要なる役割を演ず
 其の第一眼目は国民生活を維持高上せしめつゝ
 眞に必要なる國防力を充實せんが爲めには厖大ぼうだいなる經費を要するので、
 此の負担に耐へ得る如き經濟機構の整備
2  技術--無統制の現況より一歩を進めて合理的能率的な科學的研究の統制
3  武力--國防の基幹
4  通信、情報、宣傳--思想宣傳戰は刃に血塗らずして相手を壓倒し、
    國家を崩壊し、敵軍を撲滅せしむる戰爭方式
三、現下の國際情勢と我が國防
 世界的不安と日本、一九三五--六年の危機、海軍會議と米國、支那の態度、
聯盟脱退と委任統治、蘇聯邦と極東政策
之を要するに現下の非常時局は鞏調的外交工作のみによつて解消せしめ得る如き派生的事態ではなく、
大戰後世界各國の絶大なる努力に拘らず、運命的に出現した世界的非常時であり、
又満州事變と聯盟脱退を契機として、皇國に向つて与へられた光榮ある試練の非常時である。
吾人は揄安姑息の回避解消策により一時を糊塗するが如き態度は須らく之を嚴戒し、
与へられた運命を甘受して此機會に於て國家百年の大計を樹立するの決意とがなくてはならぬ。
四、國防國策強化の提唱
 將來の國際的抗爭は智能と智能との競爭であり、組織と組織との爭闘である。
國防國策とは國家の有する國防要素をば國防目的の爲めに組織運營する政策である。
國防と國内問題
 1  國民生活の安定
 2  農村漁村の更生
 3  創意發明の組織
國防と思想
 1  國民教化の振興--極端なる國際主義利己主義個人主義思想の芟除
 2  思想體系の整備
國防と武力--消極的軍備積極的軍備、蘇聯軍と我が軍備、航空力擴張の急務、
國防と經濟
 1  經濟の整備--現機構は個人主義を基調とし、其の半面に於て動もすれば經濟活動が、
 個人の利益と恣意とに放任せられんとする傾向があり、
從って國家國民全般の利益と一致しないことがある。
自由競爭激化の結果、階級對立観念を醸成するの虞がある。
富の偏在、國民大衆の貧困、失業、中小産業者農民等の凋落等を來し
國民生活の安定を庶幾し得ない憾がある。
現機構は國家的統制力小なる爲め資源開發、産業振興、貿易促進等に禅能力を動員して
一元的運用を爲すに便ならず
又 國家豫算に甚しき制限を受け國防上絶對に必要とする施設すら之を實現し得ざる狀態に在る。
現經濟機構の是正の方策。國防上の見地よりして次の事項が擧げられて居る。
・ 建國の理想に基き、道義的經濟観念に立脚し 國家の發展と國民全部の慶福とを増進するものなること
・ 國民全部の活動を促進し勤勞に應ずる所得を得しめ國民大衆の生活安定を齎もたらすものなること
・ 資源開發、産業振興、貿易の促進、國防施設の充備に遺憾なからしむる如く金融の諸制度
 竝に産業の運營を改善すること
・ 國家の要求に反せざる限り、古人の創意と企業慾とを満足せしめ益々勤勞心を振興せしむること
 2  戰時經濟の確立--經濟戰は既に平時状態に於ても開始せられつゝあるが、
 戰時狀態に於て武力戰と併起する場合その激甚性は最高度に達する。
其の場合の經濟統制を如何に實施するかは國防上重要な問題である。
其の準備すべき要點としては、戰時不足資源関係企業の奨励、不足資源の貯蔵、
代用品の研究、戰時海外資源の取得計畫、平時之を利用する國防産業の實行促進、
過剰生産品の輸出對策、戰時財政金融對策、貿易對策、勞働對策等相當廣範囲に亙り、
豫め研究準備を遂げ、開戰の暁に於て些の遅滞なく統制ある戰時經濟の運用に移らなければならない。
(二)  各方面の意嚮
當時の新聞紙上に表れた各方面のこれに對する意嚮は次の如くである。
民政党幹部會--
 一體陸軍が社會政策或は經濟政策に關する指導的意見を國民に發表したことは誠に遺憾千萬で
唯々啞然たらざるを得ない。
秩序ある國家にはかゝることは有り得べからざることである。
政友會総務會--
一、陸軍のパンフレットが近代國防を論じ其の本義を明にしたのはよい。
 然れども現在の經濟機構の變革を期して
總て國防統制の一元に歸せんとするが如きに至っては遽すみやかに同意し難い。
一、 陸軍が斯の如き重大意見を發表せんとするならば當然閣議に諮つて後になすべきで
 單獨にこれを發表したことは輕率である。 岡田首相は之に對して責任を感ぜざるか。
一、豫算編成期であり且 臨時議會準備中の今日に於て陸軍が突如この如きパンフレットを發表せることは
 其の眞意が那辺にあるか、何れにしても世人をして陸軍が所管以外の問題に關与し
他の機關を壓迫するが如き感を起さしめたことは遺憾である。
日本文化同盟--
東都大學少壯教授より成る日本文化同盟では十一日神田万崎ビルで陸軍のパンフレット問題に付
批判會を開いた結果
 道家一郎 (専)    松下正寿 (立)
 村上堅固 (帝)    八木沢善治 (中)
 藤江利雄 (明)    藤井新一 (法)
の 諸教授外六十名ばかり出席、パンフレットの内容を檢討の結果、
各項を全面的に支持することを申し合わせた。  

右翼思想犯罪事件の綜合研究 ( 司法省刑事局 )

現代史資料4  国家主義運動1 から


昭和九年10月6 日 の新聞班

『 國防の本義と其強化の提唱 』

陸軍省新聞班の名で発表されたが、
執筆者は池田純久少佐それに清水盛明少佐が筆を入れたもの。 ・・田中清談
新聞班長は根本博中佐。
 池田純久   根本博
アドバルン的意圖で世間に公表したもの。
陸軍がこのパンフレットの放った効果の
國民や學者、政党人、財界人、評論家に
及ぼした反應を知ることが發行の一つの目的であった。

「 陸軍省新聞班の發表した 『 國防の本義と其強化の提唱 』 は、
あらゆる方面に強い刺戟を与へたように見える。

 これだけの刺戟を与へることが出來れば軍部としては提唱した趣意の一部を達したとしているであらうが、
軍部としてはさらに之れに対する率直な批判、討議の益々おこらんことを待望しているといふ事である。」
・・鈴木茂三郎論文 「 軍部パンフレットを批判す 」

「 ・・・然るに軍部が小冊子を出したことは、何故あれだけのセンセーションを惹起したか。
 そは軍部が言ひ出したら何をやるだらうと世間が之に注目したからである。
固より其の注目は、恐怖と期待との兩面からかけられて居る。
支配階級の或る方面では、又始まつたと當惑顔である。
地方農村では平民がやつたら忽ち彈壓と檢束とに見舞はるべき程度の言論が
皇軍の中樞に於て發表せらるゝを見て、小躍りして喜ばざるを得なかった。
唯一つのパンフレットが、農村各地方に及ぼした影響の大なることは、
實に豫想外だと報じられている。 」

‥中野正剛

「 第一にパンフレット案は農村の救濟に主點を置くやうであるが、
 これは從來の政友會、民政党とは正反對な立場に立つものだ。
政党はその構成から、また選擧費捻出の上からも、必然的に大地主的乃至は中地主的立場に立つ。
故に現在の機構には絶對に触れずに、豫算の分取りによる拠出を以て、農村を救濟しようとしている。
從つて仮りに政党の主張する政策が總べて貫徹しても、
その利益をうるものは 重に金融家であり、大農であり、上層階級である。
況んや從來の經過では、それすらも不可能であつて、
農村その他における政党不信の聲はこゝに原因するところが多い。
しかるにパンフレット案は問題を根本から見ようとしている。
經濟機構そのものにまで触れて、農民貧困の原因にさかのぼつている。
總べての右翼人の案がさうであるやうに、それは恐ろしく左翼主義的公論であつて
どれだけ實効的であるかは問題であるが、
しかし今までの政党の農村救濟案では救はれなかつた農村の多數と、
今一つは 軍部の發案でさへあれば、それに絶對的価値ありとする少なからざる數の群衆に、
強い刺戟と同感を呼び起すであらうことは疑へない。」

・・清沢洌
現代史資料5  国家主義運動2 から

 村中孝次
國防の本義と其強化の提唱に就て
陸軍が其總意を以て公式に 經濟機構變革を宣明したるは建國未曾有のこと
昭和維新の氣運は劃期的進展を見たりと謂うべし。
( 水戸藩主が天下の副將軍を以て尊皇を唱えたるよりも島津侯が公武合體を捨て
尊皇統幕を宣言したるよりも大なる維新氣勢の確信なり )
陸軍は終に維新のルビコンを渡れるシーザーなり。
内容に抽象的不完全の點なきに非ずと雖も具體的充實化は今後の努力にあり。
我等は徹底的に陸軍當局の信念方針を支持し擴大し強化するを要す
之が方策の一、二例左の如し。
イ、
該冊子を有効に頒布し十分活用すること、將校下士官兵有志、在郷下士官兵有志、
郷軍有志、民間有志竝農民關係其他所在の改造勢力方面
ロ、
國防國策研究 (本冊子をテキストとして) の集會を盛に行うこと
ハ、
各種の方法を以て當局に對し本冊子に對する絶賛の意を表すると共に
活行突破要請を具申建白すること
ニ、
農民其他一般に民間方面の當局に對する陳情具申等を陸軍に集中せしむること

一般情勢判斷に就て
イ、
陸海軍軍事豫算竝國民救濟豫算 ( 臨時議會提出及十年度分 ) を手呈的に支援し
要求貫徹を計ること
ロ、
在満機關紙海軍軍縮廢棄通告の實現を促進すること
ハ、
所在同憂同志諸士を正算結集し非常時におうずる準備を着々整うること
ニ、
可能なる限り在京同志と密度なる聯絡をとること
ホ、
冷鐵の判斷行動と焦魂の熱意努力とを以て日夜兼行り奔走を敢行すること

「 一息の間斷なく一刻の急忙なきは即ち是れ天地の気象 」
とは吾曹同志の採って以て日常の軌道とすべきなり。
降魔斬鬼救世濟人の菩薩が湧出すべき大地震裂の時は恐らく遠からずと想望され候
日夜不撓爲すべきを爲し、盡くすべきを盡くし以て維新奉公の赤心に活くべく
お互いに精遊驀往可仕候
十月五日  村中孝次


この記事についてブログを書く
« 國防の本義と其強化の提唱 | トップ | 秩父宮関連下書 »