あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

川島義之陸軍大臣參内 「 軍當局は、吾々の行動を認めたのですか 」

2019年03月18日 05時22分00秒 | 首脳部 ・ 陸軍大臣官邸


川島義之陸軍大臣
川島陸相は眞崎大將の來邸をよいしおどきにして倉卒と參内した。
本庄武官長と所要の打ちあわせを遂げた上、
陛下に拝謁し現在の事態を申し上げ
「 かかる事態を生じましたことは まことに恐懼に堪えませぬ 」
と お詫びした。

そして、これをどのように処置するかについては何等言上せず、
省部の首脳部が憲兵司令部に集まって對策を協議中なる旨を申し上げ、
「 なお、かような大事件がおこりましたのも 
 現内閣の施政が民意にそわないものが多いからと存じます。
國體を明徴にし 國民生活を安定させ 國防の充實をはかるよう
施策を強く實施する強力内閣を速やかにつくらねばならぬと存じます 」
と 結んだ。
陛下はすでに事件を知っており、
「 今回ノコトハ精神ノ如何ヲ問ハズ ハナハダ不本意デアル。
 國體ノ精華を傷ツケルモノデアル 」
との きつい叱責で
「 陸軍大臣ハ内閣ヲツクルコトマデイワナイデモヨカロウ、
 ソレヨリ叛徒ヲ速ヤカニ鎭壓スル方法ヲ講ズルノガサキ決デハナイカ 」
と 不興気にたしなめられたという。
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・・・挿入・・・
川島陸相は天皇に拝謁すると、
事件の經過を報告するとともに 蹶起趣意書 を讀みあげた。
天皇の表情は、陸相の朗讀がすすむにつれて嶮けわしさを増し、
陸相の言葉が終わると、

ナニユエニソノヨウナモノヲ讀ミキカセルノカ
と 語気鋭く下問した。
川島陸相が、
蹶起部隊の行爲は明かに天皇の名においてのみ行動すべき統帥の本義にもとり、
また 大官殺害も不祥事ではあるが、陛下ならびに國家につくす至情にもとづいている。
彼らのその心情を理解いただきたいためである、
と 答えると・・・。
今回ノコトハ精神ノ如何ヲ問ハズ甚ダ不本意ナリ
國體ノ精華ヲ傷ツクルモノト認ム
天皇はきっぱりと斷言され、
思わず陸相が はっと頭を下げると
その首筋をさらに鋭く天皇の言葉が痛打した。

朕ガ股肱ノ老臣ヲ殺戮ス  斯ノ如キ兇暴ノ將校等、其精神ニ於テモ恕ユルスベキモノアリヤ
天皇は、
一刻モ早ク、事件ヲ鎭定セヨ
と 川島陸相に命じ、陸相が恐懼して さらに拝礼するのをみると、
速ヤカニ暴徒ヲ鎭壓セヨ
と はっきり蹶起部隊を 暴徒 と斷定する意嚮をしめした。
 ・・・ なにゆえにそのようなものを読みきかせるのか 
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川島陸相の上奏要領
一、叛亂軍の希望事項は概略のみを上聞する。
二、午前五時頃 齋藤内府、岡田首相、高橋蔵相、鈴木侍従長、渡邊教育總監、牧野伯を襲撃したこと。
三、蹶起趣意書は御前で朗讀上聞する。
四、不徳のいたすところ、かくのごとき重大事を惹起し まことに恐懼に堪えないことを上聞する。
五、陛下の赤子たる同胞相撃つの惨事を招來せず、出來るだけ銃火をまじえずして事態を収拾いたしたき旨言上。
陛下は この事態収拾の方針に關しては 「 宜よ シ 」 と 仰せ給う
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川島陸相は口さがない幕僚からは
暗君 と かげ口されていたほどで態度のはっきりしない將軍だった。
この事件の大規模な突發と香田、村中らの鞏硬な要請、
それに齋藤少將の叱咤、眞崎の助言にあっても、なおその去就をきめかねていた。
ところが、參内途中、急ぎ登廳してきた村上大佐が
「 軍としては早急に態度をきめてはならぬ 」 と 進言したことも手傳ってか、
川島の態度は始めから もたもた していた。

軍首脳部宮中に集る
川島の參内につづいて寺内大將、
それから、ついさっきまで官邸に來ていた眞崎大將が參内してきた。
陸軍省からの急報によってかけつけた軍事參議官は、
東久邇、朝香の兩宮を始め、荒木、西、阿部、植田の諸大將も續々と參内してきた。
一番遅く姿を現わしたのは林大將で、もう正午をすぎていた。
この軍事參議官招集は 山下少將の入れ知恵で事件對策を協議するために、
大臣が宮中に參集を求めたものであった。
    
 寺内大將         眞崎大將           東久邇宮          朝香宮            荒木大將
     
 西大將              阿部大將             植田大將           林大將                   ・・・梨本宮 ( ? )
一方、臨時の省部の事務所となった憲兵司令部には
杉山參謀次長、今井軍務局長、山脇整備局長、參謀本部各課長らが集まり
憲兵司令部總務部長矢野機少將から一般状況を聽取しこれが對策を協議していたが、
杉山次長は間もなく參内した。
そして大臣の上奏におくれて事件の概要を上奏したが、
次長はなお人心安定のために
第一師團の甲府および佐倉部隊を東京に招致することも併せ上奏した。

宮中に參集した軍事參議官たちは
東溜り場で情報を収集するかたわらこれが對策について協議していた。
隣室には杉山次長、岡村寧次第二部長、山下奉文軍事調査部長、
石原作戰課長、村上軍事課長それに香椎警備司令官が待機していた。
軍事參議官たちが円陣をつくって何事か協議している。
荒木大將が隣室の山下などを呼びつけひそひそと打ちあわせをしていた。
これをかたわらのソファーによりかかって、見つめていた杉山次長は、
軍事參議官の干渉によって事態の収拾が妨害されることをおそれた。
そこで川島陸相に向かって言った。
「 軍事參議官は陛下の御諮詢があって始めてご奉答申上ぐべき性質のものであるから、
 事件処理にあたっていろいろ干渉されては困る。
 事態の収拾は責任者たる三長官において処置すべきものだと信ずるが大臣の意見をた承りたい 」
「お説のとおり 」 と 陸相はうなずいた。
これを聞いて荒木大將が弁明した。
「 もとより軍事參議官において三長官の業務遂行を妨害しようとする意志は毫も持っていない。
 ただ、われわれは軍の長老として道徳上
この重大事を座視するに忍びないので奉公の誠をつくそうとするものである 」
こんな問答があったのち、
參議官一同はその對策なるものの協議に入った。

まず
川島陸相はその對策を三段にきって、
一、勅命を仰いでも屯營に歸還すべく論す
二、聽かなければ戒嚴令を布く
三、ついで強力な内閣を組織する
と 提案した。

荒木大將はこれに對し、
「 川島案に先だって まだわれわれのなすべきことがある。
 今日までのわれわれのやって來たことを回想すると、
國體の明徴、國運の開拓に努力はしたものの、その實績は挙擧っていない。
それがついに今日の事態を惹起せしめたものともいえる。
この際、もし對策を一歩誤れば取りかえしのつかぬこととなる恐れがある。
これは充分に考えなくてはならんと思う。
ともかく刻下の急務は一發の彈もうたずに事を納めることである。
私はこの際 維新部隊に對して
「 お前たちはその意圖は天聽に達したことである。
 われわれ軍事參議官もできるだけ努力しよう。
それには軍事參議官一同は死をもってこれが實施に當るから、
お前たちは速やかに兵營に歸還し一切は大御心にまつべきである。
お前たちが引きあげたのちにわれわれは國運の進展に努力することができる 」
との主旨で 説得することが大切である、と信ずる。
もしも一度あやまてば皇居の周囲で不測の戰闘がおこり
飛彈は恐れ多くも宮城内にも落ちることは必然である。
この邊も とくと考慮せねばならぬ。
もし、どうしてもこの説得を聞かなかったら川島案のごとく勅命を拝すべく、
なお、これにも應ぜざるときは斷乎これを討伐するより外はない。
なお、この際最も注意すべきことは左翼團体の暴動で、
これがゴタゴタに便乗しておきたら困難をきたすおそれがある 」
眞崎大將もまたおおむねこれと同様の意見を述べた。
その間、荒木大將か眞崎大將かの發言で、
 「維新部隊をその警備にあてるよう取り扱ったらよい 」
との 意見が開陳されたが、
その他の參議官はこれには誰も反對せず、また、積極的に支持もしなかった。
だが、大勢は武力行使を回避し説得によるということに參議官會同の方向を決定づけ 
そこでこの非公式軍事參議官會同では、
軍の長老として蹶起將校に説論し原隊に歸ること勧告することとし、
これがための説得要領を起案することになった。
山下少將が荒木の命で 原案を書き二、三の軍事參議官が修正を加えて一案が決定した。
そして陸軍大臣の同意を得て大臣告示としての成案となった。
これがのちに問題をおこした、いわゆる 「 陸軍大臣告示 」 である。

陸軍大臣告示
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ天聽ニ達セラレアリ
二、諸子ノ眞意ハ國體顯現の至情ニ基クモノト認ム
三、國體ノ眞姿顯現 ( 弊風ヲ含ム ) ニ就テハ恐懼ニ堪エズ
四、各軍事參議官モ一致シテ右ノ趣旨ニヨリ邁進スルコトヲ申合せたり
五、之レ以上ハ一ニ大御心ニ待ツ

この告示はとりあえず
山下少將をして陸相官邸に赴いて將校に傳達せしめることになった。

「 軍當局は、吾々の行動を認めたのですか 」
一方、この成案を喜んだ香椎中將は
許を得て司令部安井參謀長に電話してこれを隷下部隊に下達することを命じた。
 對馬勝雄中尉
山下少將は官邸に赴き將校の集合を命じた。
香田、村中、磯部、野中、對馬、などが會議室に集まった。
古莊次官、山口大尉らも列席した。
一同が集合したのを見て山下少將は、
それでは大臣告示を讀むから皆よく聞くように と 前おきして、
一語一語ゆっくり讀んだ。
讀みおわると
「 わかったか 」
と 一同を見返した。
對馬中尉がまっ先に質問した。
「 それでは 軍當局はわれわれの行動を認めたのですか 」
すると 山下はむっつりした表情で、
「 ではもう一度讀むからよく聞け ! 」
といい、またゆっくり讀み上げた。
「 それではわれわれの行動が義軍の義擧であることを認めたわけですか、
 少なくともそう解釋してよいのですか 」
今度は磯部がたずねた。
だが、山下はそれでも答えなかった。
「 もう一度讀む 」
そして山下は都合三度その告示を讀みあげ、
あとは一言も發せず、さっさと引きあげてしまった。
----- 體おれたちの行動は認められたのか、認められないのか----
だが、
立ち會いの人たちは告示を聞いて愁眉を開いた。
次官は行動部隊を現位置にとどめるよう大臣に申言し盡力しようと出かけるし、
西村大佐も香椎中將に聯絡して、
やはりこのままの位置にとどめておくようにしようと、
そそくさと官 邸を飛び出した。

大谷敬二郎 二・二六事件  から


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