山口一太郎大尉の四日間 5 『 別格 』

山口一太郎 

山口一太郎大尉
軍法會議、での陳述
昭和十一年七月十日

現在ノ現狀ヲ如何観察スルヤ
誠ニ憂慮ニ堪ヘザルモノデアルト思ヒマス。
國防ニ、國民政治ニ、國體ノ尊嚴等ニ對シテ、
一トシテ安閑トシテ居ラレナイ現狀ナルヲ痛感致シマス。
即チ、現在ノ世相ハ建國ノ本義ニ副ハザルモノデアリマス。
建國ノ本義ハ 三大御進神勅デ御座イマス。
其一御神勅ハ
人口ニヨク膾シ灸やサレアリマス天孫降臨ノ際ノ神勅デ、之ハ國防ヲ第一義トシテオ論シニナッテ居リマス。
勿論歴代ノ天皇陛下ニ於カセラレテハ夙しゅくニ御宸念遊バサルゝ処デアリマスガ、
猶なお、後補佐申上グル人々ノ責務ノ重大ナルハ申ス迄モ御座イマセン。
御補佐ノ如何ニ依リマシテハ、
或ハ 天照大神ノ大御心ニ副ハナイコトアルヤモ計リ知レザルモノアリト信ズルモノデアリマス。
此ノ點ヲ観察致シマスレバ、
我國ノ現狀ノ國防ハ甚ダ不完全ナルモノト言ハザルベカラザルモノデアリマス。
第二ノ御神勅ハ
「 天照大御神手ニ宝鏡ヲ持チタマヒ 天忍穂耳尊ニ授ケ祝キテ曰タマハク、
吾孫此宝鏡ヲ視マサンコト當ニ猶吾ヲ視マサン如クセヨ 」
ト 仰セラルゝ処デアリマス。
是ノ御精神ヲ拝察致シマスレバ、國民生活ノ安定ヲ御諭ニナッテ居ルルコトト存ジマス。
此點モ全ク大御心ニ叛キ奉ツテ居ルノデ、
一例ヲ申上グレバ、岩手県ニ於テハ
千五百名ノ壮丁中 八百名ハ軍事救護を要スルト言フコトデ御察シ下サイ。
第三ノ御神勅ハ
「 高皇産霊尊因テ勅リ曰ク、吾ハ則天津神蘺及天津磐境を起樹テ當ニ吾孫ノ爲ニ齋ヒ奉ラム。
汝天児根命宜ク天津神籬ヲ持ツテ葦原ノ中國ニ降リ亦吾孫ノ爲ニ齋ヒ奉レ云 」
ト 仰セラレテ居リマスノハ、祖先崇拝ノ御諭ト拝察シ奉リマス。
是モ寔まことニ懼レ多ヒコトデハアリマスガ、
制度ノ欠陥上 皇室ノ御祖先御祭ノ儀ノ費用ハ内務省ノ神社局ニ於テ査定スル現狀デ御座イマス。
是ハ何トシテモ御補佐申上グベキ重臣ガ私利私慾ニ迷ヒテ我國體ノ精華ヲ忘レ、
國民生活ノ安定ト國防ノ重要性ヲ輕ジテ軍民離間ノ言動ヲ平然トシテ云ヒ、
皇室ノ尊嚴ヲ冒涜シツゝアル有様ト観察致シマス。

此ノ現狀打破ハ如何ニスベキヤ
是ノ現狀ヲ打破スル手段トシテハ合法的手段ト非合法的手段ノ二ツガアリマスガ、
非合法手段ヲ使フルカ否カニ就テハ各々認識ノ程度ニ依ルモノト信ジテ居リマスガ、
尠クトモ現在ニ於キマシテハ 其ノ手段ヲ用フル程行詰ツテ居ルトハ思ヒマセン。
只、不成功ニ終リ犠牲者ヲ出スニ過ギマセンガ、
其ト言ツテ私ハ最後ノ非合法又 已ムヲ得ナイト思ツテ居リマス。
即チ、合法手段トハ下情上達、上意下達ヲ唯一ノ手段トシテ、
私ハ蹶起將校ノ意見ヲ再三再四上層部ニ通ズル爲、本庄、荒木、奈良、小畑閣下、
池田成彬 等ニ面接シテ居リマシタ。

現在迄ノ思想運動ノ經過を述ベヨ
國家改造運動、
主トシテ實力行動ヲ前提トシタ運動ニ關係シ或ハ關係シアルガ如キ風説ヲ生カシタルモノハ、
今日迄ノ非合法ニ一回モ關係シナイモノハナイ、ト 申上ゲテモヨイ位デス。
此間、最初 西田ヲ知リ、
其後 大蔵、柴大尉ヲ知リ、
其後 五 ・一五事件直後ヨリ 安藤、香田、栗原、菅波、北 等ヲ知ルヨウニナリマシタ。
1、
三月事件ニハ建川中將室ニアリタル擬砲彈ノ後始末ニ荒木大將ガ困ツテ居タノデ、
技術將校ノ關係上便宜ヲ与ヘマシタ。
事件ノ内容ハヨク知リマセン。
2、
十月事件ハ事前ニ薄ク知ッタノデ、西田ト計リテ取止メ運動ニ奔走シ、
主トシテ私ハ 大蔵、柴ヲ説キマシタガ、
憲兵隊ノ間違イト思ヒマスガ、横浜ノ松山旅館ニ 二週間拘禁サレマシタ。
3、
血盟団事件、五 ・一五事件ニハ直接關係アリマセンガ、
大體事前ニ其様子ハ察知サレ、殊ニ五 ・一五事件ニハ西田ト共ニ極力阻止運動ニ努力シ、
陸軍將校ダケハ村中ヤ磯部ヲ通ジテ止メルコトガ出來マシタ。
其後 數回實力運動ヲ爲サントシタルガ、其都度之ヲ喰ヒ止メテ參リマシタ。
・
私ノ青年將校ノ渦中ニ常ニ在リテ本運動ヲ凝視スル理由。
1、
直接行動ヲ決行セントスル將校ハ立派ナ精神ノ持主デアル。
故ニ實力行動サヘ行ハナケレバ將來皇軍ノ中心人物トナルノデアルカラ、立派ニ育テタイ。
2、
私トテモ本運動者ト交リ、私カラ敎ルコトハアリマセンガ、
合法的ニハ相當役立ツモノト信ジタルニ依ル。
直接行動ヲ阻止セントスルニハ、左ノ要件ヲ必要トシテ、コノ信念デ交ツテ居リマシタ。
(イ)、靑年將校等ニ骨肉ノ愛ヲ以テスルコト。
(ロ)、自ラ國家ノ現狀ニ對スル認識ヲ深ムルコト。
(ハ)、然シテ其ノ行動ヲ監視スルコト

« 靑年將校ニハ被告ヲ別格ト綽名シアルガ、如何 »
上層部--山口--西田--靑年將校
上層部--山口--大蔵--靑年將校
上層部--柴--大蔵--靑年將校
トナツテ居リマスノデ、ソンナ風ナコトヲ言ツテ居リマス
と、述べ、
靑年將校ノ動靜ヲ監督シ、指導スル爲 近ヅカントシテ、
或時ハ自宅ヲ開放シテ會合場所トシ、或時ハ西田宅ヲ訪問シテ意見ヲ交換スル等
専ラ接近スルコトヲ本旨トシテ來タルガ、目黒大尉ノ東京隊附トナルニ及ビテハ、
同期生タル關係上、靑年將校ヲ申送リヲ爲ス形式ヲ執リ、自分ハ遠ザケタリ。
其後、目黒大尉ノ轉出ニ際シ 警告セラレタルコトヤ、柳川閣下ノ御忠告ニ依リ、
昨年暮迄ハ餘リニ接近セザリキ
ト陳述シ、
續イテ  合法、非合法ノ被告ノ観念ヲ述ベヨ
私ノ合法的國家革新 即チ上層部工作ハ現社會ニ於ケル方法トシテ最善ナル方法ト信ジ、
且ハ 過去數回ニ亘ル直接行動モ是ニ依ツテ阻止シ、或程度ノ反省ヲ認メマシタ。
爲ニ私ノ上層部工作ハ非合法運動ヲ柔ゲ、是ヲ防グ爲ノ工作デアツテ、
事ヲ起サントスルコトヲ前提トシタル工作デハアリマセン。
然シ、之ノ手段方法ニ依リ万已ムヲ得ズ功ヲ奏スルコトナク 一大不詳事件(非合法) ガ起キタル場合ニハ、
是又前者ト同ジク上層部工作ヲ行フコトハ勿論デアリマス。
其ノ工作ノ原則ハ、
1、大不祥事件ハ其ヲ以テ絶後トスル如ク其原因ヲ充分探究芟除せんじょスルコト、
2、事件責任者ハ公平無私ノ処罰ヲ爲スコト、
3、同一思想抱持者ヲ彈壓スルコトナク、之ヲ理解スルコト、等デアリマス。
 是ノ原則ニ基キテ事件終了迄一貫シテ來マシタ。

兵力使用ハ如何ニ考ヘルヤ
絶對的タル場合ハ差支ヘナシ

上層部工作即チ(事件勃發後) 原則第一ノ場合ノ具體案
其精神ヲ認メ昭和維新ニ入レルコト
ト 此點ノミ應酬ヲナシタル後、法務官ヨリ本事件ヲ察知シタルハ何日ナリヤト訊シタルニ、
其日時ヲ明確ニ答ヘルコト能ハズ、
彼等靑年將校ハ昭和六年以降常ニ口癖ノ様ニ實力行動ヲ叫ビアリタリ
ト述ベ、
確實性ヲ窺知シタルハ 二十四日午後十時頃ナリ
ト陳述シ、

之間、再三観念論ニ於テ應酬ヲナシタル後、
十八、九日頃 栗原等ヨリ事件週番司令後退要請ノ件、
二十一、二日頃ニ於テ磯部、村中等ヨリ事件勃發後上層部工作要請ノ件
ニ 對スル暗示ヲ受ケタルモ 自覺ヲ得ザリシ點ヲ強調シ、
二十四日彼等ノ會合ヲ特ニ司令室ニ選定シタル理由如何
眞ノ決心如何ヲ知ル爲、各人ノ顔ヲ見ル必要アリタル爲ナリシガ、
其時全ク思詰メテ、
最早決行ノ可否ニアラズ、具體策ナルヲ知リマシタ。

諸情勢ヲ推察シテ二十六日頃決行スルコトヲ知リ得タルニモ拘ラズ、此等ノ処置ヲ爲サザル點如何
再三申上ゲマシタ通リ、密告彈壓ハ最善ノ方法トオ考ヘノ様デスガ、
其ハ私ノ原則ニ叛キ、且ハ禍根ヲ殘シマス。
今回ノ事件ト雖モ、必ズ今ニシテ其ノ因ヲ爲シタルニ非ズ、
昭和六年三月以來前後八回ニ亘ル不祥事件ノ凝固體ガ即チ其ノ現レデアリマシテ、
善後處理如何ガ大ナル原因デアリマス。
故ニ彈壓ハ先ヅ不可ナリ。
故ニ本日會合ヲ見テ少シデモ不賛成者或ハ超リード者ガアレバ、
其ヲ説キ伏セテ滅ソウト其日迄考ヘテ參リマシテ、
西田ニモ相談シテ隠密ノ裡ニ暗ニ葬ラウト考ヘテ來マシタ。

二十五日ノ行動如何
愈々今晩ト解リマシタノデ 古賀中佐ニ會ツテ打明ケヨウカト思ツテ室迄這入ツタガ、止メマシタ。
( 玆デ靑年將校と阻止策トノ板挟ミノ苦衷ヲ訴ヘタリ )
ソシテ夜ハ栗原中尉ノ面會者ヲ點檢シタル処、
磯部、村中(和服姿)、中橋ガ來マシタ。
丹生、林ガ出ルコトハ全然シリマセンデシタ。
其処デ夜十時半、二回 聯隊内ヲ巡回シ、最後ノ手段ヲ考ヘマシタ。
即チ、
1、聯隊内ヲ血ヲ以テ染メ、之ヲ阻止スルコト、
2、黙ツテ送リ出シテ後カラ之ヲ鎭定スルコト ( 上部工作ヲ含ム )
ヲ 考ヘテ、
第二案ヲ執ルベク思案シテ寝ニ就キマシタ。
ト 陳述シ、
此間 彈薬ノ拂出シ、二十六日午前三時ノ出動部隊モ見逃シテ總てを諦メ、
天明ヲ待ツテ 午前四時過ギ殘留部隊ノ非常呼集ヲ爲シタリ
ト 述ベ、
山口一太郎ノ事實審理ハ本日ヲ以テ終了シ、
次回ハ明十一日午前九時ヨリ開廷スル旨ヲ告ゲ、
午後五時閉廷を宣セリ。  了

二・二六事件秘録(二) から