あを雲の涯

「 二、二六事件て何や 」
親友・長野が問う
「 世直しや 」
私はそう答えた

憲兵報告・公判狀況 30 『 論告求刑・判決、山口一太郎以下三名 』

2020年09月17日 12時00分58秒 | 反駁 2 西田税と北一輝、蹶起した人達 (公判狀況憲兵報告)

   
山口一太郎             新井勲              柳下良二
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第六回公判狀況

二 ・二六事件公判狀況ニ關スル件
第一公判廷 )
七月十六日午前九時、被告山口一太郎、新井勲、柳下良二ノ三名入廷、
同九時五分 石本裁判長ヨリ開廷ヲ宣シ、
本日ハ論告求刑ヲ爲シタル後最後ノ陳述ヲナサシメ、
然ル後、后日改メテ判決ヲ与ヘル旨ノ説明ヲ加ヘ、
檢察官ヲ促セバ、三名起立ノ儘、大様左ノ如き論告求刑ヲ爲シタリ。
論告
諸言トシテ所謂二 ・二六事件ハ公訴事實ニ於テ述ベタルガ如ク 其犯行極メテ重大ニシテ、
上宸襟ヲ悩マシ奉リ、去ル五月五日ノ開院式ニ際シテハ有難キ御勅語ヲ賜リ、
國民等シク恐懼措ク能ハザル処ナリ。
本事件ノ重大性ニ鑑ミ軍ニ於テハ緊急勅令ヲ以テ東京軍法會議ヲ特設シテ
事件ノ眞相ヲ闡明ニシ、公平無私ナル處斷ヲ下シ、
以テ事犯ヲ抜本塞源的ニ芟除シ、再ビ斯ル重大不祥事件ヲ斷ジテ惹起セシメザラントスルニアリ
( 香田以下謀議決定ヨリ蹶起後迄ノ概要省略ス )
次イデ犯罪事實ニ及ビ、
被告柳下良二ハ機關銃分隊十六ケ分隊ヲ編成装備シテ各々中隊配属ヲ命ゼラレ、
其ノ行動ヲ敢テ爲シ、叛亂行爲ヲ利シ、

被告新井勲ハ所属歩兵第三聯隊第十中隊長代理トシテ
戒嚴部隊ニ編入サレ所命ノ位置ヲ警戒中ナリシガ、獨斷ニテ守地ヲ離レ、
部下將士ヲ引卒シテ靖國神社ニ參拝シ、之ノ行動ヲ以テ戒嚴司令部ニ對シ
反省を促サシメントシタル行爲ハ辱職じょくしょくノ罪ニシテ、

被告山口一太郎ハ夙つとニ靑年將校ト交リ、維新運動ニ没頭シアリ、
二月中旬頃都合ニ依リト稱シテ週番司令ヲ交代シテ彼等ニ便宜ヲ与ヘ、
二十四日夜ハ週番司令室ヲ謀議ノ爲ニ貸与有利ナラシメ、
行動隊蹶起後ハ小藤大佐ノ副官タル地位ヲ利用シテ二十六日陸相ニ對シテ三項目ノ要求ヲ爲シ、
或ハ軍事參議官ト屢々行動將校トノ會合ニハ斡旋ノ勞ヲトリ 有利トナスガ如クナシ、
其他師團長、聯隊長 等上司ニ對シテノ意見具申ノ際ハ
行動將校ヲ單位トナシテ自己ノ行動ヲトリタルハ公訴事實ニ於テモ明ナル処ナル叛亂罪ナリ。

以上ノ如ク犯罪事實ニ於テハ明瞭ナルモ、之ガ意思ノ有無ニ就テ檢討スルニ、
柳下ハ察知シ得ルコトヲ得タルニモ不拘、性温順退嬰的タル爲 之ヲ拒絶スルコト能ハズ、
週番司令ノ命ナリトシテ之ニ服從シ、且、國家革新ニ就イテハ何等ノ識見ヲ有セズト雖モ、
同志靑年將校ヨリ二、三回直接行動ノ話モ窺知シアリタル程度ニシテ、
此点憫諒びんりょうスベキ諸情多々アリ。

新井ニ就イテハ叛亂部隊ニ對シテハ利スル目的ナク、
其ノ行動ニ於テモ大ナル影響ヲ与ヘザルモノト雖、意思ノ點ニ於テハ充分ニシテ、
自ラ命ヲ待ツコトナク守地ヲ離レタリ。
猶、被告ハ嘗テ菅波大尉 ( 當時中尉 ) ヨリ國家革新運動ニ對スル啓蒙ヲ受ケアリタルガ、
其ノ後、直接行動ヲ絶對ニ否認スルニ至レリ。

山口ハ意思ノ點ニ於テハ絶對的タル場合ハ直接行動モ亦已ムヲ得ズトシテ
所謂別格タルノ地位ニアリテ何等問疑ノ餘地ナシト斷ジ、

續イテ犯罪事實ノ證明ニ就イテ按ズルニ、
被告等ノ行爲ノ證明ヲ憲兵ノ訊問調書、證人訊問調書 ( 各關係者ノ分ヲ省略 )、
當法廷ノ供述竝ニ豫審訊問調書、各證據品ヲ綜合スレバ明ナリ。
之ヲ法律ノ適用ヨリスレバ、
柳下良二ニ對シテハ陸軍刑法第三十條ニ該當シ、
新井勲ハ陸軍刑法第四十三條第二項ニ該當シ、
山口一太郎ハ陸軍刑法第三十條ニ該當スル犯罪ナリ、
ト論及シ、
此間ニ於テ叛亂罪、叛亂ヲ利スル罪、
司令官故ナク守地ヲ離レタル罪ニ就テ詳細ニ説明ヲ加ヘ、
本犯ニ對スル檢察官ノ求刑ハ全檢察官ノ意見ヲ總合シ、
或ハ全行動將校ノ量刑ヲ檢討シテ充分審査ノ結果決定シタルモノナリト
懇切ニ之等被告ヲ諭シ戒シムルガ如キ論告ヲ爲シタル後、
無期    山口一太郎
禁錮八年    新井勲
同    柳下良二
ヲ求刑、午前九時四十五分終了セリ。

引續キ山口ヨリ最後ノ陳述竝ニ個人弁論ヲ爲サシメタルガ、
山口
最早靑年將校ノ處刑モ終了シタル今日、
私ノ刑量ノ輕重ニ就テハ申上グルコトハアリマセンガ、
一生獄舎ニ生活スルモノトシテ、
後輩ノ爲又ハ靑年將校ト交ルモノノ爲ニ
私ノ如き轍ヲ踏マザル如ク、一言申上ゲマス。
所謂別格ト稱スル役ハ
靑年將校ノウチニ交リテ其ノ直接行動ノ畫策ヲ禎知シテ
之ヲ未然ニ防止スルニ在ルコト勿論デアリマスガ、
三年以上モ交ルト其処ニ緊密ナル友情關係ガ結バレ、
最後迄疵庇ニテ通シタイト云フ観念ガ先ニナリテ其去就ヲ誤ルコト明デアリマス。
射タレテ西田税ノ如クナルカ、
飛込ンデ私ノ様ニナルカノ 二道ノ重大危驗性ヲ持ツテ居リマス故、
充分ゴ注意ニナル様御傳ヘ下サイ。
次ニ、拘禁中ニ對空用放射器ノ原理、構造ヲ考究シタル手記ガ原稿用紙ニ約百枚程アリマスカラ、
之ヲ各關係所官廳ニ御届ケ下サイ。
現在使用シテ居ル陸軍對空放射モ私ノ案出シタモノデアリマスガ、
大ナル矛盾ヲ發見シマシタノデ、其ノ儘製造スルト陸軍ノ莫大ナル損失トナリマスカラ、
至急御届ケニナル様御取計リ下サイ。
ト陳ベ、
次デ、新井
私ノ精神ヲ全ク誤解シテ居ルコトヲ殘念ニ思ヒマス。
其當時ノ狀況ヲ御判斷願ヒマス。
大臣告示、戒作命令、師團命令、後日ニ於テ出所不明ノ奉勅命令ヲ受命シテハ
如何ナル判斷ヲ下スベキデアツタデアリマセウカ。
私ハ行動隊ヲ賊軍ト思考スルコトハドウシテモ出來マセンデシタ。
皇軍ト信ジテ居タシ、
猶、謀略ニ依ル僞装命令、告示ナリトスル附言モ何ニモアリマセンデシタノデ、
カカル行動ヲ執ルニ至リ、且、聯、大隊長モ致方ナシトシテ之ヲ認メテ居タデハアリマセンカ。
猶、檢察官殿ハ命令云々ト申サレマスガ、
軍隊ノ統帥命令ハ 「 戰闘綱領 」 ニモアルガ如ク、
上司ノ意圖ヲ案ジテ行フ場合、
時ノ狀況如何ニ於テハ何等刑法上ノ處分ヲ受クルベキモノデハアリマセン。
之ヲ形式上ヨリ見ルナラバ、師團長、戒嚴司令官、陸軍大臣ハ不敬罪、叛亂罪、
叛亂ヲ利スル罪トナルデハアリマセンカ。
私ノ量定ニ就テハ認メラレマセン。
ト檢察官ニ毒附キタルモ、裁判長、法務官ニ押サエラレテ引下リ、

次デ、柳下良二
量刑ニ就テハ申上グルコトハアリマセンガ、私ノ精神ヲ御察シ下サイ。
其他ノ點ハ當公判廷ニ於テ陳述シタル通リデ、何モ申上グルコトハアリマセン。

ト各被告ノ陳述ヲ終リ、
午前十時三十三分 石本裁判長ハ次回判決ナルモ、
追テ期日ヲ通知スル旨ヲ告ゲ、閉廷ヲ宣シタリ。
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< 註 > 判決は、次の鈴木五郎以下三名の判決と同日に行われている。

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七月二十九日 午前九時三十分
被告山口一太郎、新井勲、柳下良二ノ三名 出廷後、
直ニ石本裁判長以下着席、開廷ヲ宣シ、判決ヲ爲スベキ旨ヲ述ベタル後、
石本裁判長ハ判決理由ヲ冒頭ニ讀上ゲタルモ其内容ハ曾テ當公判廷ニ於テ各被告ノ陳述
竝ニ公訴事實ト概ネ同様ナルモノナリ ( 此分省略 )
次イデ、證據ノ認定ニ就イテハ、各被告ノ當公判廷ニ於ケル供述、
各關係者ノ證人訊問調書 竝ニ叛亂事件元將校等ノ豫審調書各關係部分ニ基キテ明ナル旨ヲ述ベ、
擬律ニ就テハ
被告山口一太郎ハ陸軍刑法第第三十條 竝ニ第二十九條ニ該當シ、
新井勲ハ同法第四十三條第二項ニ該當シ、
柳下良二ハ同法第三十條 竝 第二十七條ニ該當スルモノナリ、
ト論告シ、主文ハ、
( 叛亂罪 )  山口一太郎    無期禁錮  ( 求刑無期禁錮 )
(辱職じょくしょく罪 )  新井勲    禁錮六年  ( 求刑禁固八年 )
( 叛幇助 )  柳下良二    禁錮四年  ( 求刑禁固八年 )
ニ處スル旨ヲ言渡シ、
午前十時十分閉廷ヲ宣セリ。

憲兵報告・公判状況 22 『 論告求刑』 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 三 ) から


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