山口一太郎
第一回訊問調書
陸軍歩兵大尉 山口一太郎
当三十七年
右者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月六日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコトヒダリノ如シ
氏名、年令、所属部隊、官等、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ山口一太郎
年令ハ三十七年
所属部隊ハ歩兵第一聯隊中隊長
族称ハ士族
本籍地ハ静岡県駿東郡金岡村大字東澤田
出生地ハ神奈川県三浦郡浦賀町大字大津
住所ハ東京市淀橋區百人町二丁目二〇二
職業ハ軍人
位記、勲章、記章、年金、恩給等を有セザルヤ
従六位、勲五等
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二 ・二六事件
二十六日非常呼集後ノ狀況ヲ述ベヨ
一、私ハ二十六日 午前六時三十分頃、
聯隊長小藤大佐ノ命令ニヨリ同官ニ随行シテ、
六本木、溜池ヲ經テ車外ニ赤旗を出シツツ、・・・＜ 註 1＞
嚴重ナル警戒線ヲ通過シ、首相官邸ニ行キマシタ。
其処デ栗原中尉、林少尉、池田少尉、中橋中尉等ニ會ヒ、岡田首相ヲシトメタ旨聞キマシタ。
斯時聯隊長ハ、首相以外ノモノハ誰々ヲヤツタカ、隊ノ損害ハアッタカトオ尋ネニナリマシタ。
一、當時將兵士気頗ル旺盛デ有リマシタ。
林少尉ハ早ク武器ヲ手入レシタイカラ、手入用材料ヲ貰ヒタイト言ツテ居リマシタ。
先ヲ急グ爲大シタ話モセズ、案内ノタメ下士官 ( 或ハ兵 ) ヲツケテ貰ヒ、陸相官邸ニ向ヒマシタ。
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＜ 註 1＞
・・・その内、林少尉か栗原中尉より聯隊長宛に電話がありました。
電話の内容は三宅坂一帯に兵力が集結し居ると云ふ事でした。
私は聯隊長の話が濟んでから、電話を受取り相手を確めました処、
林少尉であることが判りました。
其時、林少尉には後で聯絡に行くかも知らんが、僕を射つかと訊ねました処、
林少尉はこちらの將校に面會に來たと云へば射たないと言ひましたが、
其れでも危險でありますから、歩一部隊の処より入りたいと傳へました処、
溜池方面より首相官邸に來れば、歩一部隊であるとの返事でした。
それでも危險と思ひ、用心の為に自動車の車外に赤旗を立てて行くから、
兵に傳へて置いて呉れと語りました。
・・・山口一太郎 憲兵聴取書 昭和11年3月4日
一、陸相官邸前ニハ、竹嶌中尉等ガ居リマシタガ餘リ雑沓ハ有リマセンデシタ。
玄關前ニハ石原大佐ガ立ツテ居ラレマシタ。
官邸内ニ入リ富士山ノ額ノアル室ニ這入リマスト、
中央ノ卓子ニ額ニ面シテ陸相閣下ガ、マタ其ノ左ニ次官閣下ガ着席サレ、
豫備陸軍少將齋藤瀏閣下ガ、
大聲ニテ非常ナ見幕デ手ヲ振リ、意見ヲ述ベテ居リマシタ。
其ノ要旨ハ、
コノ際從來ノ如キ因循姑息ノ処置ニシテハ駄目、
コノ日本デ如此不詳事件ハコレデ終ラナケレバナラヌ、
迅速徹底的ナ處置ヲ要スル、
彼等ノ手段ハ同意デハナイガ、
國内改造ヲスルト云フ靑年將校ノ氣分ニハ全然同意、
大臣ノ所見如何。
之ニ對シ大臣ハ、
君ハ如何ニシテ來タカト問ハレマシタラ、
出所不明ノ電話デ來マシタト答ヘラレマシタ。
一、其後、村中元大尉等ガ交々大臣ニ意見ヲ述ベタ様で有リマスガ、人名内容等ハ記憶ガアリマセン。
ソノ時、君ハドウ思フカト大臣カラ訊ネラレタノデ、
私ハ御宸襟ヲ悩シオソレオオイコトナドヲ述ベタ後、
問題解決ハ只一ツ、
行動軍ガ、義軍カ、叛亂軍デアルカヲ明カニスルコトガ要點デス、
大臣ハ上奏シテ、大御心ヲ拝受スベキデアル、
而シテ之ガ處置ニ就テハ、
一、市民ヲ傷ケザルコト、
二、皇軍相撃タザルコト、
三、對外關係モアリ、速ヤカニ解決スルコト、
ノ三件ヲ具申シマシタ。
速ヤカニ解決スルトハ如何
速ヤカニ解決スルトハ、今日中ニ組閣セネバナラヌト云フ意味デアリマス。
其後ノ狀況ヲ述ベヨ
一、其後、眞崎大將ガオ出デニナリマシタ。
當時、相次イデ室ニ這入ラレタノハ、山下少將、石原大佐、眞崎大將、満井中佐等デアリマス。
秘書官ラシキ人ガ出這入リシテ居リマシタ。
石原大佐ハ私ガ官邸ニ行キマシタトキ、玄關ニ 「 シヨンボリ 」 立ツテオラレマシタカラ、
私ガ蹶起將校ニ勧メテ入室セシメマシタ。
眞崎閣下ガオ出ニナツタ時ハ、蹶起將校ハ一齊敬意ヲ表シ、何トナク嬉シソウナ顔ヲシテオリマシタ。
早速齋藤少將ガ前記ノ様ナコトヲ申立テラレマシタラ、
眞崎大將ハ 「 ソーダ 」 ト 申サレマシタ。
一、ソレカラ蹶起將校ガ、一人宛 眞崎大將ノ下ニ敬意ヲ表シテ參リマシタ。
後、大臣ト眞崎大將トガ、何カ低イ聲デ御話シニナツテオリマシタガ、
何ノ話シガアツタノカ聞エマセンデシタ。
一、午前九時頃、
私ハ非常ニ心苦シク心配ニナツテ來マシタ。
ソレハ行動隊ト、陸軍省、參謀本部出勤者トノ衝突デアリマス。
私ハ次官閣下ニ此ノ衝突ヲ避ケル爲、早ク命令ヲオ出シニナル様、意見具申ヲシマシタ。
次官閣下ハ陸軍省職員ニハ命令ガ出セルガ、參謀本部ハ致シ方ガナイト申サレマシタ。
一、間モナク玄關デ小競リ合ヒガ始マツタト言フ注進ガアリ、
大急ギデ山下閣下ヲ促シ玄關ニ來テ頂イタ時ハ、一將校ガ拳銃デ撃タレタ後デアリマシタ。
( 後デ撃タレタ人ハ、片倉少佐ト聞キマシタ。撃ツタ人ハ磯部ダト云フ噂ヲ後日聞キマシタ。)
一、私ハ之ハ大變ナ事ダト思ヒ、百方努力シテ氣狂ノ如ク驅回リ、
漸ク陸軍省ノ某大尉 ( 陸軍省ノ宿直ナラン ) ヨリ謄冩版ヲ手ニ入レ、
命令ヲ自ラ原紙ニシタタメ印刷サセ配布シマシタ。
命令
陸軍省職員ハ、速ヤカニ偕行社ニ集合後命令ヲ俟ツ可シ。
次官 ( 起案者 次官 )
命令
參謀本部職員ハ、速ヤカニ軍人會館ニ集合シ後命ヲ俟ツベシ。
次長
( 起案者 石原大佐 )
以上記憶ニヨル。
前記命令ハ次官、及 石原大佐ノ閲ヲ受ケタ後、自動車ヲ以テ第一線ノ歩哨ニ配ラセ、
來タ人ニ手渡シスル如ク處置サセ ( 行動隊將校ニ奨メテ )、
更ニ憲兵ニ渡シ、小競合ガ起ツナラ、直ニ之ヲ待ツテ飛ンデ行ク様ニ言ヒマシタ。
一、印刷部數ハ二百部位ト思ヒマスガ、詳シイ事ハ當時印刷ニ當ツタ屬官ノ人ニ就キオ調ベヲ願ヒマス。
一、コレ等ノ處置ハ勿論 私ノ權限デハ有リマセンガ、
突然ノ場合ノ處置トシテ、次官ノオ許シヲ得テヤツタモノデアリマス。
尚、時刻ハ分リマセンガ、
私ハ次官閣下ニ外國通信ヲ止メナケレバナラヌト思ヒ、其ノ手段方法等ヲ具申シマシタ。
一、ケーブル通信ノ中止
二、各無線電信局ヨリ雑音放送デアリマス。
一、午前十時過、
大臣ハ宮中ニ向ケ出發サレ、
其以前ニ眞崎大將ハ、俺ハ別ノ処ニ行クト出カケラレタ様デアリマス。
私ハ行動隊ノ將校約十名、及 石原大佐、山下少將、小藤大佐等ト共ニ
引キ締マツタ氣持チデ、同ジ室デ大臣ノオ歸リヲ待チマシタ。
大臣ノオ歸リガナイノデ、侍從武官ニ對シ、
秘書官室ヨリ在室ノ將校ガ電話デ、大臣ガ何時歸レルカト問合セマシタラ、
十一時半拝謁
引續キ 軍事參議官會議ガ行ワレル模様ニツキ、見當ガツカヌ ト返事ガアリマシタ。
給養ハ一點非ノ打チ処ノナイ様ニセヨト云ハレテオリマシタノデ、
採暖用薪炭ヲ送ツテ貰フ様、經理室ニ頼ミ、聯隊長ニ從ヒ師團ニ報告ニ行キマシタ。
聯隊長ハ一先ヅ歸ロウト云ハレ、私ハ聯隊長ト共ニ正午頃、陸相官邸ヲ出發シマシタ。
出發當時陸相官邸内デハ、行動將校ト上級將校トガオ互ニ膝ヲ交ヘテ話合フ程、
和カナ空氣デアリマシタ。
聯隊ニ立寄リ、皆ノ人ニ狀況ヲ説明シ、
且ツ林少尉ノ申出デタル兵器手入材料ヲ送ツテ貰フ様ニ、
兵器委員浅見中佐ニ傳ヘマシタガ斷ワラレマシタ。
給養ハ一點非ノ打チ処ノナイ様ニセヨト云ハレテオリマシタノデ、
採暖用炭ヲ送ツテ貰フ様、經理室ニ頼ミ、聯隊長ニ從ヒ師團長ニ報告ニ行キマシタ。
一、師團長、參謀長、旅團長等ガ居ラルゝ処デ、聯隊長ガ報告サレ、私モ傍デ捕捉シマシタ。
主ニ若イモノノ氣分ヲ表現シタ。
其後 師團長命令ヲ受ケニ行キマシタ。
ソノ時ノ命令ハ、一師戰警第一號デアリマス。
要旨は、
第一師管ニ警備下令アリ。
中略
歩兵第三聯隊長ハ、本朝來行動セル部隊ヲ合セ指揮シ、警備ニ任ズ可シ。
但シ、歩一部隊ハ、適時歩三部隊ト交替セシム可シ。
警司ノ注意。
尚、コノ後デ
「 行動隊ヲ敵トミルコトナク、友軍ト見做シテ、トモニ一致協力、治安維持ニ任ズ可キデアる。
尚軍事參議官モ行動將校ト個々面接シ説得シツツアリ 」
ト言フ注意ヲ附ケ加ヘラレマシタ。
命令を受領後、陸軍大臣告示ヲ受領シマシタ。
私ハアノイキリ立ツタ狀況ニ於テ、行動部隊ノ交替殆ンド不可能ダロウト感ジマシタノデ、
其旨師團長或ハ參謀長又ハ聯隊長デアッタカモシレマセン、ニ具申シマシタ処、
ヨク確カメテ來イト云フコトデアリマシタ。
尚、コノ命令ト共ニ、
陸軍大臣告示ノ印刷セルモノ數通ヲ受領シマシタ。
一、蹶起ノ趣旨ニ就テハ、天聽ニ達セルアリ。
二、諸子ノ行動ハ、國體顯現ノ至情ニ基クモノト認ム。
三、國體ノ眞姿顯現ノ現況 ( 弊風ニヲ含ム ) ニ就テハ恐懼ニ堪ヘズ。
四、各軍事參議官モ、一致シテ右ノ趣旨ニヨリ邁進スルコトを申合セタリ。
五、之以外ハ一ツニ大御心ニ俟ツ。
私ハ聯隊長ノオ供ヲシテ再ビ聯隊ニ引返シ、
經理室ニ行ツタリ、兵器委員ニ會ツタリ、本部事務室ニ行ツタリ、種々ナ事ヲシタ後、
聯隊長殿カラ、早ク行動隊ノ意嚮ヲ見テ來イト促サレ、單身陸相官邸ニ向ヒマシタ。
時刻ハ午後三時か四時頃ト記憶シマスガ、確實デハアリマセン。
・・・以上
・・・次頁 山口一太郎大尉の四日間 2 「 軍事参議官と会見 」 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
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大臣告示原文 ・・・リンク → 大臣告示
山口一太郎
第三回訊問調書
右ノ者ニ對スル叛亂被告事件ニ就キ、昭和十一年三月八日、
本所憲兵分隊ニ於テ、訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
大臣告示ガ出タト云フコトヲ聞イタノハ何時カ
二十六日午後一時頃、
第一師團司令部ニ於テ、命令下達後 次ノ如ク言ハレマシタ。
ソレハ、
「 何レ刷ツタモノハ渡スガ、警備司令部ノ意圖デアルガ、
今後各隊ノ行動ニ當ツテハ、本朝來行動シタ部隊ヲ敵ト見ルコトナク、
友軍ト見做シテ、夫レゾレ帝都ノ治安維持ニ任ズ可シ 」
ト云フコトデアル。
其時命令受領者トシテ集マツテ居タ者ハ、歩一ハ平野少尉デ、其他欠席者ナシ、
ト人員ヲ點檢シテ居リマシタカラ、
參會者ハ、師團司令部各部、旅團司令部、各團隊。
ソレカラ、階上デ小藤大佐ニ出會フト、聯隊長ハ之レヲ持ツテ居ルカト言ハレマシタ。
其レハ大臣告示數十枚ヲ出サレマシタノデ、私ハ數通ヲ頂イテ、
後刻 午後三時カ四時頃 陸相官邸ニ於テ靑年將校ニ渡シマシタ。
ソレカラ二十六日夜半、全軍事參議官ト靑年將校トノ會見ノ時、
ソノ席デ私ガ、大臣告示ガ出テ居ルガ、アノ方針デ小藤部隊トシテハヤツテ居リマス、
アレデヨイノデアリマセウト問ヒマシタラ、各軍事參議官ハ一言モ答ヘズ
「 ウナヅイテ 」 見セマシタ。
其処デ私ハ之ヲ正覺ナモノト信ジテ居リマシタ処ガ、
此會見後私ガ秘書官室ニ行クト、山下少將ガ毛筆デ何カ書イテ居ラレタノデ、
私ハソレハ何デスカカト云フト、
少將ハ、大臣告示ヲ見タイト云フカラ俺ハ今持ツテ行ク処ダト言ハレタノデ、
私ハ此処ニ原文ガアリマスト申シマスト、
イヤ少シ違フノダト申サレ、已然トシテ自分デ書イテ、
其レヲ持ツテ、軍事參議官ノ集ツテイル室ヘ入ツタコトガアリマス。
二十七日朝、山下閣下カラ君ハ小藤大佐ノ副官役ヲシテイルダロウト尋ネラレ、
ソウデスト答エルト、
注意シテ置クガ、警備司令部ヨリコウユウ事ヲ言フテ來テ居ル、
即チ街路デ行動隊ノ一兵士ガ、其兄サンラシキモノト手ヲ握リ、
將校ノ命令ヲ聞イテ叛徒ニナツテ仕舞ツタ、今ニ銃殺サレルノダロウト泣イテ居タト云フ事ガアル、
ヨク趣旨ヲ徹底サセテヤラヌト、兵ガ可愛想ダゾト申サレマシタ。
其処デ私ハ香田大尉 (?) ニ其旨ヲ傳ヘ、
大臣告示ヲ刷リマシテ良ク兵ニ迄徹底サセタナラヨカロウト告ゲ、
其印刷ハ官邸ノ將校ニ依頼シ印刷シ ( 約百部 )、
折カラ官邸ニ於テ三軍事參議官トノ會見ノ爲メ集ツテ居タ靑年將校ニ手渡シ、
之ヲ徹底セシムルコトヲ取計ツタト記憶シテ居リマス。
尚二十七日午後九時、鐵相官邸ニ於テ命令受領者ガ集マツタ時、
私ハ其下達後細カイ注意ヲ述ベタウチデ、大臣告示ノ徹底ヲモ注意シテ置キマシタ。
其等ノ事ハ小藤大佐ノ許可ヲ得テヤツタ事デアルカ
許可ハ得テオリマセン。
君ノ言フ連隊長カラ貰ツタ大臣告示ハ之カ
( 此時、證第五號ヲ示ス )
ソウデアリマス。
其他申立ツルコトハナキヤ
アリマセン。
山口一太郎
右録取シ讀聞ケタル所、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月八日
於 本所憲兵分隊
陸軍司法警察官 陸軍憲兵大尉 大谷敬二郎
二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
