千早 零式勧請戦闘姫 2040 

24『森に踏み込む・3・辺境伯は見た』
逆鱗の由来を考えていると、森の東の方で閃光が走って大小の爆裂音が轟いた。
ピシ
何かの破片を叩き落とす。いや、手に持った独鈷が勝手に動いて叩き落したのだ。
独鈷のお蔭……それ以上は考えずに辺境伯は逆鱗の縁に身を伏せた。
「何かが戦っている、戻った方がいいか……ウワ!」
ズガ! ドシュ! ズガガガガ!
破片が頭を掠め地面や木々に突き刺さっていく。戻るどころではない。
ドババババ! ズチャ!
逆鱗の向こう、木々が爆ぜたかと思うと、漆黒のゴリラが転がり込んできた!
ゴリラは、すぐに身を立て直し、爆ぜて穴の開いた森を睨み据える。
ゾワワワワ
ゴリラが身震いすると漆黒の背中に垂れていた何かが二本、闘志を漲らせて立ち上がった。
――羽根……いや、耳? こいつ、兎なのか!?――
中腰に立ち上がった姿は筋骨たくましく、キングコングを思わせる逆三角形の上半身にスケール感の合わないウサギの首が載っている。
シュババババ ホワワン
ウサギが穿ったトンネルを突き抜けて光をまとった何かが現れた。
ゾワワワワ
その瞬間、逆鱗は学校の校庭ほどの大きさに広がって、逆鱗の外側は闇になった。
光をまとった者は巫女のようなナリをしているが、千早(巫女が舞う時に着る上着)も緋袴も何事か力を孕んで戦いでいる。天冠も挿(かざし)も電気を帯びたように震え輝き、その右手には古墳の副葬品のごとき両刃の剣を持している。
そしてなによりも、その巫女は、ゴリラウサギと背丈を競って地上より三尺余りに浮いている。
人ではあるまい……辺境伯は思った。
ガオーーー!! シャキーーン!!
ゴリラウサギは吠え猛り、巫女は脇構えの剣に電光を走らせた。
――まるでダンジョンだ――
子どもの頃に夢中になったRPGを思い出し、思わず両手をコントローラーを持つ構えにしてしまう辺境伯。
グオーー! シャキ! ドッ! シャキキーーン! ドドッ! シュキーーン!
三合打ち合うが、思った通りらちが明かない。
シャキキーーン! ドドッ! シュキーーン! グオーー! シャキ!
辺境伯は生きた心地も無く、独鈷を頭上に構え真言を唱えるばかリ。
オンアビラウンケンソワカ オンアビラウンケンソワカ
カチ カチカチカチ
独鈷が結界を張って、土石やなにかの破片をはじき返す。
並の老人なら、頭を抱えて震えるばかリであっただろうが、辺境伯と綽名される武内館長は独鈷を盾としながら、その様子を窺う。
幼児の頃に見た古いアニメを思った。
スサノオという少年がヤマタノオロチをやっつけてクシナダヒメを助けるアニメだ。オロチをやっつけるためには天翔けるアメノフチコマが必要で、そのフチコマは「瞬き一つもせずにわたしの動きを見定められるなら手伝ってやろう」と言って空を駆けた。そしてスサノオは言われた通り瞬きの一つもせずにその様を目に焼き付け、見事フチコマに跨ってオロチを退治した。
ジャキキーーーーーーーーーン!!!
雷が落ちたような光と轟音がしたかと思うと、ゴリウサギは漆黒の中心を断ち切られ、二つに断ち切られた体は、ほんの一秒ほど静止したあと、無数のポリゴンが結合を失ったように消滅してしまった。
ホ
小さな溜息をつくと、巫女はその輝きを減じ、剣は普通の剣鈴に戻っていった。
その時、辺境伯は巫女と目が合ってしまった!
「その方、妾の姿が見えておるのか?」
「いや、その……」
「いまの黒ウサギ……フフ、その方はゴリウサギと名付けたか」
心を読まれて、辺境伯は心臓が停まるかと思った。
「その、これはつまり……」
「よい、その方も、この事態を憂いてのことであろう。辺境伯の二つ名も床しいぞ。いずれまた会うこともあるかもしれぬが、構えて他言は無用である。よいな」
「は、はい」
「では、さらばじゃ」
シュイン
巫女が掻き消えると、校庭ほどに広がったダンジョンは元の逆鱗、いや、30坪の宅地に戻ってしまった。
☆・主な登場人物
- 八乙女千早 浦安八幡神社の侍女
- 八乙女挿(かざし) 千早の姉
- 八乙女介麻呂 千早の祖父
- 神産巣日神 カミムスビノカミ
- 天宇受賣命 ウズメ 千早に宿る神々のまとめ役
- 来栖貞治(くるすじょーじ) 千早の幼なじみ 九尾教会牧師の息子
- 天野明里 日本で最年少の九尾市市長
- 天野太郎 明里の兄
- 田中 農協の営業マン
- 先生たち 宮本(図書館司書)
- 千早を取り巻く人たち 武内(民俗資料館館長)
- 神々たち スクナヒコナ タヂカラオ
- 妖たち 道三(金波)
- 敵の妖 小鬼 黒ウサギ(ゴリウサギ)