ジュンパ・ラヒリ、『見知らぬ場所』

 ひたひたと静かな波が、何度も寄せてはひいていく。波につられて去来するさまざまな思いたちを、慰めるように優しくゆすりながら…。静かな波音に全身を澄ませて、潮のような哀しみを聴きとるような心地にさせてくれるラヒリの作品が、やっぱり私は好きだーと、改めて思った。

 『見知らぬ場所』、ジュンパ・ラヒリを読みました。
 

 力尽くで押し付けられるものを何も感じない、それでいて気付けばじわじわと浸透してくる物語たち。しみじみと、じわりと、ほろほろと、深い場所まで沁み通っていく。ジュンパ・ラヒリに紡がれた言葉たちは、いつもそんな風に入り込んでくる。懐かしいさびしさと、泣きたくなるような愛しさを連れてくる。
 そう、だから。家族を描いた小説が時として苦手な私でも、手に取らずにはいられない。一つ一つの作品を読み進んでいくと、ひりひりと痛む古傷をなだめている気分になったり、遠く儚くなった思い出を静かに抱きしめている心地になれるから。  

 どの作品も素晴らしい読み応えだった。
 そんな中で「地獄/天国」は、面白さ3分に痛さ7分だったかなぁ。味気ない生活を送っていた主婦が夫以外の男性に恋心を抱き、でも貞淑なベンガルの女性だから本人には何の自覚もなく…という部分は面白く冷静に読めたと思う。でも、その女性の娘である“私”が、“母の力”にしめつけられつつ一方で自分の母親のことを哀れだと思うようになるあたりは、やっぱり身につまされるというかね…。それでまたラストが辛かった。ほんのしばらく、周りがしん…と無音になっていく辛さの中に、最後の2行がコトリと胸に落ちた。
 家族を描いた作品ばかりではなかったけれど、「見知らぬ場所」の父と娘とか、「よいところだけ」の姉と弟とか…(もう何も言えないー)。いつか家族の全てを、受け入れられる日なんて来るのだろうか…? 離れ離れになって、少しずつ途切れて、それでも最後まで断ち切れない絆。もっとしがらみから自由になって、坦々と生きていくことは出来ないのかな…。ただひたひたと静かな波が、砂の模様もかき消すように。

 とても好きだったのは、「ヘーマとカウシク」の連作。出会いと別れと再会と、二人それぞれの時を追った連作になっているところが素敵だった。

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