スティーヴ・エリクソン、『彷徨う日々』

 スティーヴ・エリクソンの処女作、『彷徨う日々』を読んだ。

 胸を締めつける。美しいのと同じくらいに寂しくて哀しくて忘れがたい情景の数々が、まるで本当にその場所に立っていたみたいに眼裏に残って疼くような読後感だった。たとえば冒頭にあらわれる、まだ幼かったヒロイン・ローレンの目に映っていた、氷と星と猫の目がきらめくカンザスの青い野原。その野原をおおう青い葉を揺らす風のイメージは、その後の物語を読み進めていく間にも何度も何度も呼び起された。たとえば、ひかれ合う二人が初めて結ばれる、砂嵐の夜の月明かりだけが照らしていた砂丘の眺めも、幻想的でありその先の何かを暗示するようでもあり…素敵だった。
 時空を超えて見えない糸が張りめぐらされているように、登場人物たちや彼らをとり巻く事象が繋がり合っていく展開と、そこに焙りだされていく模様にはただただ魅了されていた。正反対の方向へと走る二つの電車がすれ違うほんの一瞬、それぞれの車窓から投げられた眼差しが一瞬絡むような、そんな刹那過ぎる邂逅の場面も印象的である。でも、結局のところそんな風に誰かと誰かが繋がり合っていても、そしてそれをまた別の誰かが確認できたとしても、それでもやっぱり確かな絆など何一つ残されないの…?と、そんな問いに胸が苦しくなるのだった。

 何と言うかあまりうまく言えないが、たぶん人生の早い段階で(ひょっとしたら生まれてくるときから?)あまりにも致命的な失くし物をしてしまった男女が、もう一度それを思い出して取り戻そうとしてもがきあがいて求め合って疲れ果ててしまう…というのが、むき出しにされた人の生の姿そのものなのか。そうしていつしか本来の目的を見失ってしまっても、それでも心は失われた何かを狂おしく追い求め続ける…その道程こそが人生そのものなのか。そういうことを感じさせる、切ない人ばかりが彷徨う世界だなぁ…という印象を受けるのだ、エリクソンの作品には。それでいて残されるものは、決して虚しさではないのだが。
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