アヴラム・デイヴィッドスン、『エステルハージ博士の事件簿』

 もっと読みたい…!
 『エステルハージ博士の事件簿』の感想を少しばかり。

 隅々まで大好きだった一冊。
 からりとした可笑しみが其処彼処に散りばめられていて、それがことごとく勘所にはまる…といった按配で、堪らない作品だった。何て言ったってもう、目次を見ているだけですら楽しくなってしまう程だ。眠れる童女だの告げ口頭だの神聖伏魔伝ときた…! そしてペダンティックではありつつも、どこか飄然とした作風がとても好ましかった。そも、バルカン半島にいきなり架空の国(スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国)をどん!と持ってきてしまう大胆さ(と言うか何と言うか…)に、思わずにんまりしてしまう。
 タイトルに“事件簿”とあるからにはエステルハージ博士なる人物(秀でた額と開いた鉢、灰色の目に真っ直ぐな鼻!)が探偵役を兼ねる話なのかな…?と思いきや、ちょっと馬鹿馬鹿しいような怪事件やら滅法面白い奇譚幻想譚…ばかり。じゃあ“法学博士、哲学博士、医学博士、文学博士のほかにもまだ博士号を持つ”エンゲルベルト・エステルハージの役割は…?と言うと、これが面白い。見ていないようでしっかり見落とさず、涼しい顔でこそっと仕組む。そうね、ちょっとした調整役とでも言っておきましょうか。心憎い立ち回りなのである。

 とりわけ私が好きだった「神聖伏魔伝」は、何やら得体の知れない新興の宗派の出現に恟々とする文化相ウラデック伯爵が、エステルハージに相談を持ち込んだがはてさて…?という話。ポポシキ=グルジウという村の農民の奇癖が可笑しくって、大いに笑った。
 大いに笑ったと言えば「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンバートン・スミス卿」も。これは、流行らないホテルに住みついたイギリス人魔術師とエステルハージが親交を深めていく…という話で、魔術師の元には色んな客が様々な頼みごとをもって訪れる(…でも、魔術師がいったい何を成し得ているのかいまいちわからない・うぷぷ)。そこにもう一つ、在留外国人局三等補佐ルペスカスの苦心の行く末…という裏側の話があって、これが最後には魔術師の話とちゃんと結び付くのだが、これもすっごく可笑しかった。
 下手物を愛好する警視総監ロバッツとエステルハージが、見世物“眠れる童女”を見る為に連れだって出かける。落としどころがなかなか怪奇な「眠れる童女、ポリー・チャームズ」。真珠漁の話にローレライや水の精オンディーヌが絡む幻想譚と見せかけて、意外な真相の「真珠の擬母」。…などなど、どれも本当に面白かった。スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国の設定が、まず素晴らしいからだと思う。それはもう。

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