G・ド・ネルヴァル、『東方の旅』

 大切に積んでいた…。『東方の旅』の感想を少しばかり。

 “ヨーロッパにいるとアフリカを夢見るように、アフリカではインドを夢見る。理想はつねに、現在の地平のかなたに光り輝くのだ。” 252頁(上巻) 
 
 素晴らしい読み応えだった。19世紀の神秘主義と幻想の詩人ネルヴァルが、〈文明の母オリエント〉をゆるゆるとめざす。カイロ、ベイルート、コンスタンチンノープル…(嗚呼)。旅人を静かに促していく東方への憧れは、いったい如何なる泉から涌き続けているのだろう…と、一つの謎を抱きつつ読み耽った。日記とも書簡とも呼びあぐねる、稀代の紀行文学。美しい幻想と下世話の入り混じる、雅俗混淆の作風も楽しかった。
 どこまでも流離っていきそうな詩人の旅に、地中海からアジアの岸へと寄せる波に、すっかり身を委ねていたけれど、終わってしまえば全てが夢の話のようでもあり…。

 「ある友への序章」では、ウィーンに向けて出発しそこからドナウ河を下る旅の始まり(オリエントの先駆け)が、手紙の体裁で記されている。どこまで真面目なのかわからない…というかちょっと顰蹙な行きずりの恋の話があったりして(ウィーンの恋)、まさかこの先もこの調子なのだろうかと危ぶんだ。生憎なことに本章から姿を見せる現地の女性たちは遍く、ヴェールと布きれで顔も身も包み込んでいる。曰く、“むしろ想像力をかきたててくれる”ということらしい。ほう。
 やがて詩人は、始めの地カイロに身を落ち着け長く滞在する為に、家を借りることにする。それが思わぬ事態を招き、勝手もわからぬ当地で花嫁探しをする羽目に陥ってしまう…。ここでは“花嫁探し”の主題は、本人の意図するところではなく、止むに止まれぬ事情に流されて始まったという印象しか受けない。でもそれが意外と後を曳く展開となり、面白い読みどころになっていく。詩人にとっての理想の女は、結局見付かるのか。望みは叶うのか…。

 エジプトから逃れてきたドルーズ族の神の話、「カリフ・ハーキムの物語」はとても面白く興味深い内容だった。あと、イギリス嫌いの言葉が散見するのがちょっと可笑しかった。
 再読となった「朝の女王と精霊の王ソリマンの物語」は、単独で読んでも好きな作品だったが、旅の間のどの時点に挿入されてくるのかを知らなかったので、ここでしたか…と唸った。まだ旅は終わっていないのに、ひたひたと寄せてくる余韻の気配に胸が甘苦しくなるような、そんなところに入っているのだもの。
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