水村美苗さん、『母の遺産 新聞小説』

 『母の遺産 新聞小説』の感想を少しばかり。

 “老いて狂う前から狂っていた母であった。” 85頁

 素晴らしい読み応えだった。“身につまされる”という言葉でも、まだ生易しいと思えてくる。自分の中で蓋をしておきたい、だらだらと疼き続けていたところを抉られる。…そんな、容赦のない真摯な作品だった。尋常でない母とその娘、老いと病…そして死。取り返しのつかないまでに損なわれたと感じる、人生への悔い。これでもかこれでもかと、のしかかってくる。
 けれど様々な紆余曲折を経て、物語が最後にたどり着いたのは、とても清々しい場所だった。そこで一頻りあふれ出た涙は、まるで何かが少しずつ私から剥がれ落ちていくみたいだった。抉られた痕が慰撫されるようで、優しくて、許されていて、魂が打震える。読んでよかった…と心から思った。
 
 物語は、母親の通夜に長電話をする姉妹の会話から始まる。解放感の昂奮も醒めやらず、話題は母の遺産である。しかしそれにしても、母親を失くしたばかりの娘に、“五十代で解放されるなんて滅相もないラッキーなこと”だと、しみじみ言わしめるほどの母娘の過去とはいったい…。
 そうして次の章からは、主人公の美津紀や姉の奈津紀、その母ノリコサン、祖母の「お宮さん」…と、三代に渡る女たちの物語が、行きつ戻りつしながら詳らかにされていくことになる。常軌を逸した母親を看取る、悪夢のような日々。若い女との夫の浮気を知り、自分を不幸だと思うことに抵抗のなくなっていった美津紀だが、あの母は何故あのような母だったのか…とあらためて考え始めるところから、物語は一層深みと凄みを増していく。
 かつて芸者だった祖母が「お宮さん」と呼ばれるようになった経緯や、業の深い母親が姉妹の父親である夫にした酷い仕打ち…などの過去が語られる傍ら、美津紀自身の話も進行していくので、各々の筋が縦糸となり横糸となり綾なす模様も見事だった。

 読み終えて、再びこのタイトルに向き合うと、込みあげてくるものがある。ああ、母の遺産。ああ、新聞小説…。断ち切ることの叶わない連なり。

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4月4日(水)のつぶやき

16:52 from 読書メーター
【母の遺産―新聞小説/水村 美苗】を読んだ本に追加 →book.akahoshitakuya.com/b/4120043479 #bookmeter
17:46 from 読書メーター
【クリス・ボルディック選 ゴシック短編小説集】を読んでる本に追加 →book.akahoshitakuya.com/b/4861102987 #bookmeter

19:09 from web (Re: @kyatzbee
@kyatzbee わあ、「私小説 」とても懐かしいです。実は「母の遺産」を読みながら、しきりと思い出していました。読み返したばかりでしたら、きっと色々とつながって感慨がわいてくるでしょうね…。「本格小説」は昔読み返したけれど、あのラストを知っていて読むのも深いです(笑)。

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