マルセル・ブリヨン、『幻影の城館』

 戻りたくなくなる世界。甘露のような作品で、とてもよかった。『幻影の城館』の感想を少しばかり。

 夢から夢へ――。霧の向こうに姿をあらわす、そこは〈幻影の城館〉。
 あこがれて伸ばした指先から、するりすり抜け逃げていく靄の中。幻の蝶がよすがに残した鱗粉の煌めきだけが、手のひらに貼り付いていつまでも光っているみたいな、そんな。神秘に包まれた美しい庭園と、その林苑を彷徨う麗しいけれどもどこか虚ろな城館の住人たち。心惹かれてやまない世界がすぐそこにあるのに、どこまでも追えばどこまでも逃げていってしまいそうなつれなさが、何とも甘く切ない読み心地だった。儚い幻に、儚いと知りつつ魅入られていくのだ。

 城壁に沿って歩いていたら城門に行き当たり、おとなしく叩いたのに扉がずれて動いた。と、随分と無造作な感じで〈わたし〉は城内に入ってしまうのだが、なかなか城館には行かないところが面白く興味深かった。農場で働いている母娘の家に身を寄せた主人公は、まずは林苑の縁辺の彫像と出会い、それから日を置いてさらに林苑の奥へと踏み入り、城館の人々にも近付いてみる…と言った按配で、ぐるりから少しずつ少しずつ城館へ近付いて行くのである。ゆるやかないざないに応じるが如く。
 城館の住人たちの綾なす物語に〈わたし〉の入り込む隙間はなく、彼は単なる部外者であり客人に過ぎないのだけれど、星空の下で魔法のような音楽を聴いたり胸を躍らせて城館をさ迷ったり、仮装の祭りに出かけていったり…と、〈わたし〉は〈幻影の城館〉を堪能する。たとえそこにある翳りに気が付いていても、花火の偽りを知っていても、美しい情景から目が離せない。呑み干し倦むまでは。
 先日読んだ『砂の都』にもあった〈品物〉についての独特な考え方が、やっぱりとても好きだった。あと、庭園監督の「人間が木々に自分の悩みを感染させ、つらい思いをうつしている」という言葉とか、なるほど…と感じるものがあった。美しい幻想の物語を隅々まで楽しみつつ、底を流れる豊かな思惟に浸かってしばし憩う。〈わたし〉のイニシエーションの旅、私には安息の一冊でもあった。
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8月30日(月)のつぶやき

06:45 from web
おはようございます。黒烏龍茶なう。晴天。
17:22 from web
見逃したトップランナーの再放送を観た。松井冬子さん。話がわかりやすくて力強くてみなぎるものがあって、すごくすごく面白かった。作品にコンセプトがあるとか、全然知らなかったなぁ。シャンで男勝りで芸術家…。うーん、格好いいひとだった。
17:29 from web
今日は一日中眠くて眠くて(Pね)、眠気覚ましに自分の太ももを、ばっしばっしと叩きながら無理くり本を読んでいたので、何だかぐったり。
17:46 from web (Re: @tariko_
@tariko_ そうそう原動力のような「怒り」、なるほど…と思いました。私は彼女の絵をあまり知らなかったので、どちらかと言えば内にこもった怨念?というイメージだったですが、実はもっと攻撃的で突きつけるような作風なのですね。そういうことを知ると、俄然観る目が変わってくるような。
17:57 from web
尾崎翠の全集、実は上巻しか持っていない。何だかね、当時(かれこれ10年以上前よ)下巻の収録内容を見てここまではいいかな…と思っちゃったわけだ。それでさっき、「琉璃玉の耳輪」と読んでみようかと思って取り出したら、下巻だって…!わお! 主だった小説作品は上巻に収まってるのに!のに!
17:58 from web
えー、映画の台本だったのかぁ…。くん。
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