J・G・バラード、『結晶世界』

 ひき込まれた…!
 時折はっと胸を衝くほど異様に美しい文章にぶつかる。これでもかと溢れるおびただしい結晶のイメージが、色彩の氾濫が、そんな文章によって更に眩しく綺羅の光を纏う。誘うように、不気味に。 

 『結晶世界』、J・G・バラードを読みました。


〔 水晶のような樹が輝く洞窟の中の像のようにたれさがり、頭上の葉が宝石の枠をなして、溶けあい、プリズムの格子となり、そのあいまから陽光が何百もの虹を作って照りつけ、鳥も鰐も、ひすいや石英を彫って作った紋章の動物のようにグロテスクな姿勢に凍りついている、この森の驚異。 〕 106頁

 冒頭からぬったりと、不穏で不安な気配が絡むようにつきまとう。元同僚夫婦に会うために船旅を続けてきた主人公サンダーズ博士をまず出迎えたのは、重苦しく黒ずんだマタール河の河口の陰気な眺めだった。曇っているわけでもないのに、黒く見える水のうねり。船客である神父が口にしたベックリンの『死者の島』のイメージが、一瞬私の脳裏をよぎる。息苦しくなる導入だが、すっかり捕り込まれてしまった。

 友人夫妻の身を案じるサンダーズと、船旅で同室した素性の知れない男ベントレス(後に建築家とわかる)に、港町で知り合ったフランス人女性ジャーナリストのルイーズ。各々の事情や思惑を秘めた彼らは、信じ難い変容を遂げつつあるという出入り禁止の地域へと向う…。
 やがて彼らが足を踏み入れたのは、文字通りに全てが水晶化していく世界だった。水晶化とも、宝石化とも…。人さえも例外ではなく、結晶におおわれていく世界。死と不死性の、あり得ない共存がそこにある。 
 燦然とふりそそぐダイアモンドの光、春分の日の明暗。黒と白の対比を見せながら、水晶化を逃れて彷徨う人々。瀕死の女をめぐり、狂気にとり憑かれたようにガラスの中で争い続ける男たち。宝石で口がふさがった水晶の鰐がうろつく、さんざめくプリズムの森林。乱反射する光と幻想に縁どられた、タナトスの世界…。

 物語の核にあるものは、とてもシンプルなことだという気がした。 
 あまりにも美しく禍々しく結晶化していく終末世界の光景を目の前にして、どうしようもなく魂の根底を揺さぶられてしまう人たちがいる。ひとたび魅了された彼らは、その心の中の“春分の暗い側”に半ば陶然と傾いたまま、二度と元に戻ることを望まない。望めない、望みようがない。デカダンスの囚われ人たちは、引き延ばされた時間の中を永遠に彷徨うことになるのかも知れない。不死性という贈り物を胸に抱いたまま。 
 そしてその一方には、そんな風に結晶世界に魅せられていく病んだ(おそらく)感性を、心のあり様を、決して理解できない凡庸で健全な人たちがいる。その、対比。身も蓋もなく、黒か白。

 ひとたび、光り輝くガラスの森のこの世ならぬ美しさを目にしてしまったら、残りの世界がどんなにか、薄らぼんやり色褪せた光景にしか映らないことだろう。それは無理もない…と、私も思った。よく考えてみれば酷くグロテスクなことなのに、それでも。
 水晶化に侵されていく世界にもう一つ、癩病の存在をかぶせてくるところが何とも凄まじかった。

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