イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

人大杉

2008-08-09 16:21:22 | スポーツ

北京五輪開会式とかけまして」

オカマに相槌を求める、とときます」

北京五輪開会式とかけて、オカマに相槌を求めるととく、そのココロは?」

なぁゲイ…なげい…なげぇ~~~~!

いや本当に長ぇー。昨夜は当地は涼しかったので、900過ぎ、2008人の打楽器ドンドコで発光イルミネーションのカウントダウン→花火ドカーンまで見届けたところで、「生きて観る最後のオリンピックになるかもしれないから」と言う高齢組家族(←98年長野辺りから夏冬問わずオリンピックのたびに同じ発言あり)をおいて、最寄り駅近くの串焼屋さんで打ち合わせかたがた生ジョッキと焼酎サワー数杯飲んで、いい加減出来上がってから帰宅したら、まだやってた(昏)。

子供の頃、親や親戚に映画館に連れて行ってもらって、2本観て出てきたら外が薄暗くなっているのが不思議な気がしたものです。現実の時間とは違った軸の、“映画”という世界の中に、いままで自分は居たんだなあと思えた。

しかしね、シラフで出かけるときにやってたのと同じイベントが、出来上がって帰ってきたらまだ延々続いてるってのはどんなもんでしょう。さすが四千年の国、時間がゆっくり流れているということなのか。

肝心の点灯の頃には、高齢家族ほとんど寝てた、て言うより意識朦朧でしたね。2500回ってたもの。スタンド観戦の各国VIPも、自国の選手団入場前はかなり舟漕いでたんじゃないかな。暑かったらしいし。放送席ゲストの谷村新司さんも最後までよくもったな。蒸し暑いのは特に頭皮にこたえるよ。途中休憩して録音コメントでつないでたりして。

福田首相も、日本選手団入場のとき抜かれてたけどちょっとダルそうで、スックと起立!って感じじゃなかった。「…総理!ソーリ!あと3つで日本ですよ!」なんて突っつかれて起こされてたかも。

大掛かりな、派手ハデな演出も、立て続けの休みなしだとかえって退屈なもの。

多少でも印象に残ったことといえば、選手宣誓と審判宣誓のとき、五輪旗を隣で支えていた赤ジャージの男性が俳優の中丸新将さんそっくりだったことと、大詰めの聖火場内リレーで中国歴代金メダリストの何番目かに登場したアトランタ大会体操の“横分け王子”李小双選手が、太って短髪で三波豊和さんみたいになってたことぐらい。やっぱり中国人が金メダルなんか獲ると国家の英雄扱いで生活よくなるから、特に男はみんな太るね。最終点灯者として3階席のさらに上まで吊られた(しかし、中国ってどうしてああやって何でもかんでも宙吊りにしたがるんでしょう。雑技団感覚?)ロス大会3冠の体操の人なんか、ギリシャ発の聖火ロード映像パノラマ上をランニング風に点灯ポイントまで進むパフォのために、相当トレーニングもしたんでしょうけど、あまりに宙吊り向きじゃない、居酒屋の親父みたいな体格なので、「あぁロープの強度が…」って手に汗握りましたよ。

とにかく人、人、人。月河はOPカウントダウンの2008人打楽器しかリアルタイムで観ていませんが、同じ背格好、同じ髪型の男ばかりが集まってるだけでじゅうぶん不気味でした。人間をパズルの1ピースとして扱う“マスゲーム”的なものを大人数、広面積、多色数、複雑な図柄変遷にすればするほど壮観度、豪華度が高まると信じて疑わない、これぞ“ザ・全体主義”。

花火あんだけ投入したら、北京市内、普通の火事か地味な爆破テロが23件あっても誰も通報しないね。数々の宙吊りパフォも含めて、リハーサルの段階で少なめに見積もって100人は死傷者出て隠蔽されてると見ました。総合演出・張芸謀(チャン・イーモウ)監督。映画次作撮るエネルギーは残っているだろうか。

朝のニュースでも再放送されていましたが、ショータイム部分どうこうより、いちばん直球で不快だったのが途上国・メジャー国を問わず、入場行進時選手が手に手にデジカメやムービーを持ってスタンドやフィールドを撮りながら歩いていたこと。アレ、禁じるルールって無いのか。禁じたらどうかという思想も無いのか。あんたら、“観られて”るんだよ、世界から。応援“されて”るんだよ。自分が“観客”になって撮影“して”どうすんの。国の威信やらを抜きに「個人として、いちアスリートとして、オリンピック(に参加すること)を楽しむ」という感覚も結構なことなのかもしれませんが、それなら観客がフェンスを越え選手の列にわらわらと飛び込んで我彼撮り合っても可ってことになる。

主体と客体の間のボーダーの消失は、先輩と後輩、雇用者と被用者、統治者と被統治者のボーダー消失より、関係が表向き対等なだけに厄介です。92年バルセロナの開会式ではカール・ルイス選手が後続国の入場待ちの間フィールドで携帯電話をかけていたところをカメラで抜かれ「マナーが悪い」「スター選手気取りで天狗になっている」「スパイ行為と疑われても仕方がない」とバッシングを受けたこともありました。笑顔でスタンドに手を振ろうが投げキスしようが、隊列を離れてカメラ目線でピースサインしようが、16年前は“選手は客体、観られるもの”という意識が彼我ともにまだあったのです。

誰も言わないから、あるいは皆言ってるかもしれないから書きますが、もうやめちゃったらどうかオリンピック。柔道だって陸上だって、毎年世界一決める大会あるんだし。4年に一度の国家的経済効果を捨てがたいなら、“自国の民族の優秀性と文化伝承を表現するアトラクションだけのイベント”でも企画して各国回り持ちして、てんでに踊るなり歌うなり宙吊りなりすれば。もういいよ。さっさと終わらないかなオリンピック。

コメント
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