ら族の歳時記

「道が分かれていても人は幸せになる道を選ぶ能力がある。」
能力を信じ、心の安らぎの場を求めて、一歩一歩。

おおぼけでの活動結果

2008-05-04 23:33:54 | 身体のこと
耳鼻科でもらった薬は眠気がでるとは
きいていたけれど眠い。
日に日に眠気が増していくような感じ。
腎排出なのか、体に蓄積されているような感じ。

夕食後に飲む薬。
しかし、飲んだからと眠くなるわけではなく、
目覚めが悪い。
起きても動けない。
無理して動くと気持ち悪いのなんのって。
血圧が低いんじゃないだろうかという
ふらつきつき。
実際は低くはないけれど。

とにかく、一日横になっていたい気分。

無理して車を洗ったら、濡らし方が甘かったらしく
キズキズになってしまった。
ショック。
思考回路も、体も眠っていたからな。。
(だれか修復法教えてください)

あー。貴重な休みが寝て過ぎていく。
社会復帰はできるか。。。。。

今日の一句
副作用 うごけぬくらい 眠気あり
 親から見れば なまけてみえる
          ら族 
コメント (2)
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患者会

2008-05-03 22:50:40 | 身体のこと
県および病院の患者会の入会の季節がやってきた。
病院の役員はほどんど変わったためか
今年は全腎協ができた理由の解説まで
入会の案内に書かれていた。
新しい患者さんにただ「入会してください」
といってもなぜ入らなくてはいけないんだろうと思う。
「仕事が忙しいから参加できない」という人もある。
参加できなくても金銭的援助はできる。
会費をおさめることが金銭的援助になるのだ。

私が透析に入った頃はだれもがこういう説明ができて、
今よりも回避が高かったけれど、
ほぼ100%の入会率だった。
そういうことを説明できる幹事さんも少なくなって、
「入会するとメリットあるんですか?」と聞かれ
全腎協ができた理由も説明しないで
「入らないなんて罰があたる」
という感情論で押さえようとしていた
幹事さんが以前いたっけ。



透析が終わった後、幹事さんに偶然遭遇したので
会費を渡す。
それを見ていた人が、
「みんなはいっているの?」ということをいう。
なんでもまわりが入っていないから入るのをやめたという。
あの丁寧な説明文があってもそういう人はいるのだ。

幹事さんと一緒になって説明する。
全腎協をつくったことで透析が無料になったこと。
このままでは夜間透析の上乗せ金がなくなり
スタッフの夜勤手当がだせなくなり、
夜間透析がなくなってしまう可能性が大であること。
また、透析に自己負担が始まる可能性があること。
透析患者30万人に4人の家族がいると想定して
120万人の力は大きい。
120万人の力があれは政府にものが言える。
そのためには組織が必要でありお金が必要であること。
懇親会に参加するだけが参加ではないことを説明した。

この人はわかってくれてほかの人にも勧めてくれるという。

よくわかった幹事さんや患者さんが近くにいないと
「活動に参加できないから不要」と思う人がでてくる。
勉強会・懇親会だけが参加ではありません。
入会の案内を配る前に、幹事会で
どうして全腎協ができたかについて復習をして
うまく説明ができない幹事さんは
会長さん等に説明をお願いするなどの
事前準備が必要かもしれない。
昔にようにだれもが同じ知識をもっていないから
入会率は下がるのだ。

今年はみんなが危機感をもって100%入会が
果たせるといいなと思う。


今日の一句
 未来のため あの手この手で 勧誘する 
   今年の幹事は ちょっとちがう
             ら族


コメント (4)
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初夏の季節

2008-05-02 23:36:37 | 身体のこと
耳鼻科に行く。
もらった薬がおわったことと
鼻づまりがひどくなって
まだまだ通う必要があると思ったから。

「(血液検査は)スギしか出ていないのに、
アレルギーが出ている。
薬、もう少し強くしておくね」

なんかマイナーはものに反応している模様。


そんな中、母のゴミ捨てに付き合う。
以前のような粗大ゴミの日がなくなり
粗大ゴミは市のクリーンセンターまで
もちこまなくてはならない。
昔の人のお嫁入り道具って箪笥だけじゃないのね。
お布団とか座布団ももってきたのね。
それを捨てるという。
確かにお布団はすごく重たいし丈が短い。
長身な最近の若い人が使うには足が出てしまう。
座布団もなぜかペチャンコの割に重い。

数日前に一度捨てに行って、
手続きが簡単なことを知った母はまた行くのだという。
で。。付き合う。
(母の車で母の運転で。
私がついていかなくてもいいではないか。
とも思う


しかし、このクリーンセンター。
郊外の山の中にある。
それまでに田んぼありの畑もありの道。
数日前は暑くて窓を閉めてクーラーをかけて行った。
今回は涼しかったので窓を開けていった。
すると
鼻はどんづまりになり、
副鼻腔がいたくなった。

何に当たったかは当然不明のアレルギー。
もう苦しいのなんのって。

本当にアレルギーの薬が強くなったかあやしい。
まだまだもっと激しいせき込むようなアレルギーが
でそうな予感。
憂鬱な初夏の季節。


今日の一句
長期休暇 紫外線強くて 外出できず
  花粉症もあれば 寝て過ごすだけ
               ら族
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疲れたという言葉

2008-05-01 23:10:20 | 身体のこと
透析したあと、
その感想はさまざまだと思う。
ら族のように「仮眠の場、テレビの時間」と
割り切っている人間には
「あー終わった。釈放」としか思わないだろう。
会社での緊張とか肉体労働と比べれば
はるかに楽
 以前、午後2時ごろから透析をして
その後、遊びに行ったことがあるし、
透析を終えてから2時間ほど受験勉強をしたこともある。
だから、近年において「疲れた」は無縁なのである。

しかし、基礎体力のない人とか
不整脈がある人、無理な除水をしている人は
透析することはすごく体に負荷をかけることだと思う。
だから疲れたという感想をあったもいいと思う。
実際、「スタッフ呼ぼうか」と声をかけるくらい
疲れ果てた人をみることがある。
人それぞれの感想があってもいいと思う。


ある日、患者さんから透析後、
「疲れた」
と声をかけられた。
私は、にこっと笑って返した。
私としては疲れたって感覚なかったから。
でも、その時はそれですんだ。

しかし、別な人から
「疲れた。疲れたよね?
と声をかけられた。
明らかに同意を求められたと思う。
私は、
「いいえ」と本音を答えた。
その人は、
「なんで疲れないの?変。
それは透析時間がちがうからなの?」

とおっしゃる。

なんでそんなことを気にするのか。
それも私より透析歴の長い人が。

私の状態を知りたいだけなら
「そうなんだ」と返してくれてばいいのに。

会社では
同じお菓子を食べても趣向の問題で
感想がちがうことがある。
「わー。おいしい
「私、ぱさパさしているから苦手
「そうなんだ」
その後、どんどん話は別方面に発展してく。
こんな感じで、話を流してくれてばいいのに。

それと同じ状況だと思った。


確かに会社で同じ仕事をしていて
「疲れたね」と言い合うことはある。
それにより連帯感を高めることはある。

しかし、透析においては、
基礎体力も違う、年齢も違う。
ダイアライザーの大きさも血流量も違う。
すべて同じ条件の患者って同じ病院では
ほとんどいない。
だから疲れ具合もちがう。
なんでそれを気にするのかわからない。


もっともそれを
「そうですね」と相槌うてなかった
私の方が大人げないかもしれないけれど。
それからその人ときまずくなったのは言うまでもない。

会話は自然に生まれるもので、共通の接点を
無理に見出すものではないと私は思う。
私って自己中なのかな。。。。


今日の一句
 疲れたの たった一言で 気まずくなる
   普段のノリは ここでは危険
              ら族

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