もふもふランド♪

たくさんのわんこと もふもふしてます。
    by ぷーどる♂ & ぷーどる♀

魂の色 ⑨

2011-07-30 11:41:46 | らんちゃん
そういうわけで、ランちゃんは旅立ちました。

その後、私と奥さんはランちゃんの思い出話などをあれこれ話し合いました。

楽しい思い出、幸せな時間。

いかにあの子がおりこうで、賢くて、優しくて、美しくて、

そして得がたい時間を私たちに与えてくれていたか。

いかにたくさんの素敵なものを、あのこがくれたか。

すると当然話の流れは、「あの時もっとこうしていれば…」とか

反対に、「あの時こうしてしまったから…」とか

そのようなものになってゆき。

お互い口数が減り、ふさぎこみ、また泣いてしまい…

ですが、考えを凝らすほどにある思いがよぎりました。


「今のこの悩みや悔いは、今の私の気持であって、らんの気持ではないぞ?!」

そう、問題はあのこが我々との暮らしをどう感じていたか。

どう考えても、あのまま収容所でボロ雑巾のような状態で処分されているよりは、

我が家に来て、こうして今まで暮らせてきたことは、断然幸せであったはず!

なのに、悔やむ言葉を吐けば、困るのはあのこ自身!

「私は幸せだと思ったのに、お母さんたちは違うの?わたしの頑張りが足らなかったの?」

そう思うかもしれない。

それはちがう!

そう、あのこは幸せだったはず!

たとえ、最期は嫌な病院通いをしていたとしても、

大好きなお母さんの腕に抱かれて最期までいれたもの!

ん?

まてよ、あのこにしてみれば、「抱っこしてもらえた」だが、こちらにすれば「抱っこできた」だな…

皮膚病の事もあり、普段はなかなか抱っこできなかったから、

でも、今回はそんなことも無視して、思いっきり抱っこすることが出来た…

これは私たちにとっては大きなご褒美だったのではないか!

そういえば、お正月もそうだった。

看病しなければいけないので、どこにも行かず家で過ごしたわけですが。

それがすごく静かで、暖かで、緩やかで、思いもしないほど充実した休日になっていました。

結果としてですが、あの子のおかげで、そのようなことを知ることが出来たのです。

気ぜわしい私に、気づかせようと気を使ってくれたのかな?


まてよ、そういえば、あのこが逝った日は日曜日。

唯一学校が休みで、朝の時間に余裕のある日。

しかも、私たちの店の開店時間に間に合うような時間丁度まで頑張って、

一番長く時間を共にできるようにしていてくれた。

そして、ああ!今日の最期の別れは定休日の火曜日。

日月と、充分お別れの言葉をかけることが出来たではないか!

まてよまてよ!そう考え出すと、

年末年始の店のお休みの時期に体調を崩したからこそ、一緒にいてれる時間が充分取れたではないか!?

普段の営業日ならこうはいかない、絶対にあとで我々は大きく後悔しているはず!

ああああ!

なんと、思いかえすと、すべてが一番スムーズに行くように流れているような気がしてきました!

そして、今奥さんが気づきました。

「あのこが収容されていた時の処分予定日は7月14日やなかったっけ?」

「え?それがどうし…」

ああ!ランが逝ったのは1月の14日だ!

偶然といえば偶然それまでなんですが…

そして奥さんがこう言いました。

「ランは今与えられた役目を終えて、みんなのところに行くの。」

そうか、そうか…

ランは我々に多くの事柄を伝え、たくさんのものを与えるために半年の命をつないできてくれたのか。

それは楽しかった時間でもあり、幸せだったときでもあり、

そしてまた、逝った後、我々があれこれ悩んだ事柄も、

今後必ず再びあるであろう葛藤に対するアドバイスであり宿題であったのだろう。

そういうすべてを全部ひっくるめて、ランは私たちに贈り物として与えてくれたのだろう。




今実は、私はこの文章を書きながら、鼻水をたらしながら泣いております。

犬を飼うことは、その死に目に会うことでもあり、その辛さは、尋常ではありません。

ですので、その辛いのがいやだから犬を飼わないという方もたくさんおられます。

無論、それを否定はしませんが。

その辛さよりも、もっともっと大きな、そして素敵な贈り物を、

そういう贈り物をあの子たちがくれるのだということを、

辛さの裏側には、必ずその辛さよりも大きな喜びがあったということを、

どうか皆さんにも分かっていただきたい。


私たちは、本当に、本当に素敵な贈り物をもらいました。

私たちの一生の自慢であり、他の誰にもあげません。

ずっと、ずっと、ずっと大切にどこまでも持ってゆきます。


【追記】

以上の話は、ランに限った話ではなく。

いままでの子すべての場合もそう感じました。

そしてこれは、我が家が特殊なのではなく、

犬と、いや、猫、ハムスター、フェレット、

その他のすべての動物と幸せに暮らしておられたどこの御家庭でも起こっていることだとも。

子犬だから老犬だから、一緒にいた期間が長かったから短かったから、

そういうものは関係なしに、

こちらが愛情を注げば、あの子達は応えてくれます。

ですので、そういう気持ちさえお持ちならば、

あなたも、あなたも、どなたでも、

あなたの大切な子から、大きな大きな贈り物をもらえることは間違いないと断言できます。


AEROSMITH  「You see me crying」

私が泣いていても
そこでそっと見ていて欲しい
私の愛は終わりなくいつまでもメリーゴランドのように続くから
あなたから決して離れない



【続く】

すみません後一回だけ続きます。

【おまけ】
ついでのしょうもない話。
http://hisuaki.blog31.fc2.com/blog-entry-1866.html
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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
泣けました。 (ままりん)
2011-07-30 21:32:58
(。uωu)<こんばんゎ

ずっと気になっていて 今までの記事に何度もコメントしようと思ってはやめての繰り返し
でした(笑)

そしてこの記事を読んでしっかりと私も泣けました。

この子達が旅立つ時 本当に辛く悲しく どうしようもない気持ちでいっぱいになります。
おっしゃる通り、私もそれ以上に私達に倖せを与えてくれる、無償の愛を私達に与えてくれる。

この子達に私は本当に感謝します。

そしてこれからも この子達の旅立ちの時には私は、どれだけ涙を流すかしれません。ただ私がみんなを見送って ここから旅立った時、あちらの国でこの子達に再会出来るのを今から楽しみで仕方ありません。

本当にランちゃんは倖せだったに違いないのです。
返信する
ままりんさんヘ (ぷ♂)
2011-07-31 11:11:55
こんにちは。
いつもどうもありがとうございます。
さて、こればかりは、避けることの出来ない話で、
そしていつまでも慣れることなど出来ない話ですね。
特に、想いが深かれば深いほどに、
その辛さもまた深く大きく。
だから、「別れがつらいからもう二度と飼わない。」と言う方もおられますね。
それでも、考えれば、そのように想われることなく、
まるでモノのように処分されている子達が山のようにいるんですよね。
そのことを思えば…
すべての子を助けることは、正直不可能なんですが、
だからこそ、関わった子たちぐらいは、何とか幸せだたっと思えるようにしてあげたいと思います。
そういうわけで、私何度辛い別れを経験しても、
やはりそれでも、可能な限り犬たちと暮らし続けると思います。
なんてったって、数え切れないほどの、幸せや元気をもらえるますもんね。
このような幸せを知っている私たちは、
知らない人たちよりも、数倍、本当に幸せだと思っています。

だから、やっぱり・・
(*^人^*) 「ランちゃんありがとう。」
返信する
Unknown (モッピ~)
2011-07-31 17:46:13
涙で 顔がグチャグチャになってしまった
モップが心配して顔を舐めてくれました
しょっぱかったかな?

ワンは自分の逝く時をちゃんと分かってるって聞いたことがあります タイミングをみて自分のするべきことをやり終えた時に
逝くって。。。。
可愛がってた子だと なかなかすんなりそう考えるのは難しいけど でも犬生を全うしたんですねランちゃん
最後は抱っこされてお星様になった
こんな幸せなことはないと思います
一人ぼっちで逝くのと大好きな人に抱っこされて逝くの
ランちゃんは ツライことも沢山あったと思いますが 最期は幸せだったと思いますよ

あああ、、、、、顔がグチャグチャで散歩に行けませんよ~
どうしましょ
返信する
愛を知ってこそ魂は成長する (エコちゃんの母)
2011-08-01 01:27:07
私は皆に こうお願いしています。
「生ある者は いつか必ず死を迎えます。
 その時に<ありがとう>と言えるよう
 一日一日を大切にしてください。」
特に愛する者を見送った時に
「もっと ああすれば良かった。」
なんて 後悔するな、というほうが無理だけど
その後悔も含めて
  「ありがとう」
と 言えるよう暮らしてほしいです。
「無理」と言うならば 
特に動物は 飼ってほしくないです。
プードルさん家の子になれた動物たちの魂は
きっと幸せ色に輝き続けることと思います。
そしてプードルさんご一家も!
返信する
モッピ~さんへ (ぷ♂)
2011-08-01 12:48:32
こんにちは。
グチャグチャにさせてすみませんでした。
でも優しいもっぷ王子のチュウのおかげで、無事お散歩行けました?
さて、
そうですか、ワンたちはそれをきちんと知っているのですか?
なるほど…
だから、自分の頑張りどころも知っていて、
一生懸命頑張るのでしょうか?
それは無論自分のためでもあるでしょうが、
なんとなく、私たちのために頑張ってくれているように思えてなりません。
犬はかなり特殊な生き物で、他の動物と違い、
同族よりも人間と一緒にいるのを好み、
その付き合い方も馬鹿正直。
だから、そういう最後の瞬間まで、こちらに気を使っていてくれているように感じてしまいます。
それゆえに、とてもいとおしいし、絶対裏切りたくありません。
ランちゃん含め、先代のワンたちも、今いる子たちも、
間違いなく私たちの宝物で、どの子といっしょにいた一時も最高の時間でありました。
だから、今も相変わらず最高の瞬間なんですよね。
モッピ~さんも♪

いつもありがとうございます。(*^人^*)
返信する
エコちゃん母さんへ (ぷ♂)
2011-08-01 13:14:07
こんにちは。
いつもぷ♀がお世話になっております。
(*^人^*)

さて、この話本当におっしゃるとおりで、
「もう死に目に会いたくないから生き物飼いません。」
そういう人が多いのですよ。
でも、そういうせりふを聞くたびに、
じゃ、あなたにとってペットとは何?
ただ単に楽しませてくれるだけの存在?
と思ってしまうのです。
誰だって、愛したペットとの別れがつらいのは当たり前だけど、
ペットが天寿を全うできたのならば、
それより大きな何かが、喜びとしてそこにあるはずじゃないの?
自分自身だけではなく、ペット側の気持ちとしても。
確かに残された方に辛さはあっても、
きちんと送り出された側が幸福を感じてくれれば、
それはそれでOKなのでは?
あの子達が感じてくれた「幸せの時間」があれば、
残されたこちらの辛さなど、我慢できるし、すべきことであろうと…

とはいえ…
頭でそう考えれても、
実際あの辛さはかなりのものですから、
やはり、二度と飼いたくないという人の気持ちも分からんではないのです。

だから、あまり強くは言えないんですよね。
(=^^=)ゞ

いつもありがとうございます。
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