もふもふランド♪

たくさんのわんこと もふもふしてます。
    by ぷーどる♂ & ぷーどる♀

命のはなし

2009-02-19 14:19:35 | 雑談
今朝のこと…

いつものようにイヌの散歩に行くと、顔見知りの犬仲間の奥さんからこんな話を聞きました。

その奥さんは犬の保護などもなさっておられるかたわら、
自宅で近所の野良猫に餌を与えて、そして捕獲し自費にて避妊手術をされておられます。
ですが、実は本来ネコは苦手だったそうで…
それが今のようになったのには次のようなわけがあったそうです。

ある日のこと、駅前で子猫を壁に向かって投げつけて遊んでいる少学生を見かけたそうです。
あわてて駆け寄ると、子猫は眼球も飛び出て瀕死の状態。
そこでその子猫を連れ急いで獣医さんに。
幸い命を取り留めたその子猫は、今ではそこのお宅で大切に室内飼育されております。

以来、近所にいる野良猫なども気になって、
できる範囲での世話をと考え今のようなことをなさっておられるとのこと。

この話をお伺いして思いました。
「命」をオモチャのごとく扱う子供もいれば、
どんな「命」でも大切にしてくれる人もいる。

前述のように、神様にでもならない限り、「命」を作り出すことはできないけれども、
「命」を守ることならばできるはず。
でもまた、「命」をもてあそぶ「怪物」にもなってしまうことができる。

「命」というものを考える時、虫も、小動物も、人間も等しく価値があるかどうかでよく論議されますが、
そういう論議はナンセンスで意味がないと思います。
理屈で片付けようとすると、絶対屁理屈で反論するものがいるから、
論点がずれて、小さな論争が湧き上がります。

私はもっとこの問題はシンプルでいいと思います。
つまり一言で、

「自分で責任を取れない(元に戻せない)ことにはするな。」

誰に迷惑をかけるとか、倫理上うんぬんとかは置いといて、、

理由なくその命を奪った後、もう一度その命を元に戻せるのか?
戻せなかったらば、お前も同じように失う覚悟があるか?

大げさに感じるかもしれませんが、実際誰一人としてつぶしたアリンコを元には戻せない。



これは以前読んだ話。
小さな子供が蝶々の羽をむしっているので注意したら、

「僕が捕まえてんから、僕のんや!なんであかんの?」

といわれたそうな。
で、注意した人は命の尊さを一生懸命説明したが、子供はいまいち理解しなかったとのこと。

私は読んでて、そりゃそうだと感じました。
こういう話は理屈じゃないんだから。

「あかんもんはあかんのや!」

そう言って手をつねったるくらいで丁度いい。

誰もがそう考えれば…

誰も責任を取れないのが「命」なのだから、
おのおのがお互いの命を大切にしなければいけないことになる。
でもそれはつまり、自分の「命」も誰かが大切にしていてくれているということで、
自分の「命」も、自分だけのものではないということになる。

だとすると無責任なことはできないし、
困った時に誰かに相談するのは、恥ずかしいことではなく、
また相談相手にとっても全然迷惑ではないことも理解できるはず。


最近多いいやな事件の背景にも、「命」(特に他者の命)を軽んじる風潮がはっきり見える。
これはきっと、最初のボタンの掛け違えが原因だと思う。

「あかんことはあかん!」

頭より先に手を出すこともこういう問題には必要だと思います。
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ぷーどる♀の…嬉しいこと

2009-02-15 14:30:01 | ぷ♀の日記
昨日(14日)、都内の読売新聞で、ランちゃんがお世話になった、
「日本動物生命尊重の会」さんが紹介されたそうです。

 日本動物生命尊重の会さんは、1993年に設立。
04年に都動物愛護相談センターから指定を受け、
保健所で処分の対象となった犬や猫を保護し、
新しい飼い主に引き渡すなどの活動をされています。
今回、動物愛護への貢献者に贈る動物愛護賞を
授賞されることとなった会の代表の方は
「思いがけないことでありがたい」と話しておられるということです。

これも、代表の方、獣医さん、トリマーさん、スタッフの方々、
そして預かりをしておられる方々、皆さんが、
日々、頑張ってこられた結果でしょう。
本当に有り難いことです。

別の地域でも、やはり、頑張っておられる方々が おられます。
多くの方々のおかげで、環境省も
収容動物の再飼養を勧める方針を打ち出してくださいました。
少しずつではあるけれど、嬉しい変化です。
 
動物達は人間次第で、幸にも不幸にもなる。。
もの言わぬ動物達の生命にまで、心を配ることができる人が増えたなら、
少しは人界も住み易くなるのではないだろうか。。
「カタカナの墓碑銘」に、
「動物の福祉は人間の福祉につながっている」
とありますが、本当にその通りだと思います。

…特別な活動をしていなくても、日々の生活の中、
出会った動物や人に心を配ることができる人。。
…平凡なようでも、飼っている動物に毎日、
たっぷりな愛情を注ぎ続けている人。。
  そんな人達に、感謝しています。ありがとう






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ぷーどる♀の独り言

2009-02-07 17:50:18 | ぷ♀の日記
手を合わせる日…




「ぼくがすて犬になった日」・「ただのいぬ」
最近取り寄せた本と 以前から持っている本。
「もし、それが自分だったら?」
そう想像することは、
全ての命を いたわる気持ちになれること 
だと思う。
それを想像できない者は、動物達(人も含む)に
むごいことをする。


「イヌココロ」
これは、モッピーさんが紹介しておられた本。
どうしようもなく心が落ち込むこともあるけれど、
そんな時に支えてくれる本。大切な一冊。
 こんなにも、真っ直ぐな犬達に、自分はどう向き合っていけば
いいだろう。
犬達が幸せでいる為に、自分はどうあるべきだろうか。
犬達は、こちらが彼らに向ける心以上に、
こちらに心を向けてくれている。
そんな彼らにできるだけのことをしたいと思う。

…いつか自分の命が尽きた時、亡き犬達に会えるだろうか?
もし会えるならば、その時、
自分の心が曇っていたなら、犬達はどう思うだろう。

 心は時に悲しみに覆われ、怒りに支配されることもあるが、
できる限り、心を曇らせずにいたいと思う。


「It’sと呼ばれた子」
この本は、
実の母からの壮絶な虐待を生き抜いた人の実話だが、
ただの「虐待された話」ではなく、
「満ち足りた人生を送れるように」
という筆者からの力強いメッセージを受け取れる本。
「今日、誰かを憎んだら、明日はさらに憎しみが増す。
さらに次の日、その次の日と進むうちに、
そもそも嫌悪していたはずの対象に振りまわされて、
人生をすっかり浪費することになってしまう。」(抜粋)
胸にくすぶる敵意を捨て去り、実り多い人生を送ってほしいという筆者。
 
この筆者のような心をもっていれば、
曇りなき心を持った存在の前に立った時、
恥ずかしくないだろうと思う。



犬達へ…





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真夜中に大騒ぎ!

2009-02-05 12:21:11 | ぷー
昨日の事です。
深夜お土産を片手に帰宅すると部屋には娘の姿のみ。
そこで「お~い。」と声をかけると…

「きゃぁ~!」

と階段から奥さんの叫び声。
ま、いつもの大げさな騒ぎ方だと思って無視しようとしていたら、

「ぷー!ああ!ぷー!私が!私が~!」


かなり取り乱した声が続いて聞こえてくるではないですか!

そこであわてて駆け寄ると、

口の周りから真っ赤な血を滴らせ、
そこからだらりとした何かをぶら下げたぷーの姿と、泣き崩れる奥さんの姿。

どうしたのか尋ねても、

「舌が!ああ!ぷーの舌が!
 私が、ななのウンチを取りに行こううとして…
 ぷーはなんでほんまに!
 ああ~!ああ~!」

と取り乱し全く要領を得ません。

そこで私は、
「落ち着け!大丈夫やから落ち着け!」
と奥さんを落ち着かせようとしながら、いきつけの獣医さんに電話をかけようとしました。
しかしそうはいっても、私も血を見て気が動転し、
電話番号を探しながら、うろうろと同じ場所を、同じように探し続けるだけ。
その間も、横では奥さんが相変わらず声を上げて泣き崩れております。
で、私も相変わらず「落ち着け!大丈夫や!」といいながら相変わらず電話番号を探しているだけ。
で、頭の中で(落ち着け!落ち着くんや!)と何度も繰り返していたら…

「電話番号ならお母さんの携帯に入ってるやん。」

と、娘の冷静な声。

その声で落ち着いた私は獣医さんに連絡。
電話先では、明らかに今まで寝ておられたような声で、

「どうぞ今からおいでください。」

とありがたいお言葉!
こんな真夜中でも快く診察してくださる先生で助かった!

そこで、急いでプーを連れて行くことにしましたが、
出血が気になるので、自転車の二人乗りで行くことにしました。
(警察に見つかっても事情を説明したらいい!)
そこで奥さんに服を着て用意をするように言いましたが、相変わらず。

「ななの、ななのウンチをかたずけなあかん…」

と全く行動不能!
一人でかかえて運転できないから、抱いたまま駆け足で行こうかと考えていると。

「うちが抱いていくわ。」

とパジャマ姿の娘が言い出し、さっさと服を着替え、
プーを奥さんから受け取り、毛布で包み抱きかかえてくれました。

そして、奥さんは床に滴るプーの血を雑巾で拭き始めましたが、
やはりかなり取り乱しておりました。

その後、無事獣医さんにつくと、既に先生が白衣に着替えて待っていてくださいました。
そして、傷口を見ると…

「もう血も止まっているし、大丈夫でしょう。」

(・∀・)「え?」

「前歯ですね、ここをぶつけて歯茎をかんでしまったための出血ですね。」

(・∀・)「え・・?」

「舌はどうもなっていませんよ、きれいなもんです。
 しばらくは多少痛んで食べにくいかもしれませんが、まず大丈夫でしょう。」

(・∀・)「・・・あ、そうですか・・」

ではあのだらりと口の脇から垂れ下がっていたものは?

(・∀・)「あ!」

実はどうも、ぷーの口の周りの毛に血が飛び散り、
それが一塊の肉塊のように見えたのを、
奥さんが千切れた舌だと見誤り、私もそうだと思い込み大騒ぎになってしまったのでした。

(=^^=)ゞ

当のぷーはというと、もう落ち着いて傷口をペロリペロリと舐めておりました。

よく確かめもせず勘違いをした私達は、
深夜に寝ていた先生をたたき起こしちゃっただけだったのですよ。
おまけに、
「治療はしておりませんので、診察費は受け取れません。」
とおっしゃるので、
「いやぜひ!そうでないと次回が連絡しづらいです!」
といいましたが、
「私も愛犬をなくしていますから、お気持ちが分かります。またいつでもどうぞ。」
と、頑として受け取ってくださいませんでした。

そこで、何度もお詫びをいって病院を後にしました。

(*^人^*) 「本当にありがとうございました!」

帰り道、ほっとして娘といろいろ話をしました。
そして…

「今頃お母さんどうしてるやろな?」
「多分、いつまでも何か言いながら床拭いてるで。」
「早く帰って無事やて教えたらなな。」
「そうやな。」

そういいながら家に戻り、事の次第を伝えると、
やっと安心したのか、奥さんの顔が真っ赤になり次第に崩れていきました。

落ち着いてから話を聞くと、やはり思ったとおり、
「ぷーは舌がなくなって、食べられなくなって死ぬんや…」
といいながら、床を掃除していたそうです。

で、気がつけば深夜1時。

みんなで私の買ってきたお土産を飲み干し。
寝床に着きました。


そして布団の中で思いました。

「ああ、冷静な娘と、親切な先生がおって良かった…」

どうもこういうとき、私達夫婦はうろたえて役立たずになってしまうようです。

(=^^=)ゞ


追伸

当のぷーさんは今日はもういつもどおりで、
散歩の途中にいつも立ち寄るおばあさんのお宅で、ジャーキーを美味しそうに食べておりました。

ほっ・・

画像は、ドッグショーでエクセレント賞をもらった往年の美しいプーの姿。



今日の写真はまだ血がついているのでかんにん!
(*^人^*)


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