軌道エレベーター派

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STARS-EC 今後のミッションの考察

2021-08-05 09:23:25 | 研究レビュー
 時事情報として「ニュース」でも紹介していますが、STARS-ECは三つのキューブサットが分離し、両端部の間にテザーが展開され、そのテザー上を中央部が走行するという設計になっています。今回の報告は、テザーを伸ばし、その後巻き取りが確認されたというものです。
 これを軌道エレベーター実現につながる快挙のように書いている記事も見受けられますが、あまり軌道エレベーターについて理解していない人が書いたのではないかと思います。
 開発者側もあくまでデブリ回収の方に役立つ成果とみなしているようで、軌道エレベーターにかかわる点においては、テザーの回収自体は今後の参考値以上の意味はないでしょう。


 さて、STARS-ECのというか軌道エレベーター実験衛星の本来のミッションは、テザーを伸ばしきるまでの挙動や衛星システム全体の姿勢、その後のクライマー稼働による影響の方であって軌道エレベーター史において価値のあるのはむしろこれからが本領だといえます。ですので今回は、STARS-ECの今後の課題などを簡単に考察したいと思います。ただし多くが過去に触れたSTAR-Cとかぶるため、詳説はそちらに任せて今回は概説にとどめます。

 まずテザーを伸ばすプロセスの課題である、姿勢の安定とコリオリについて。すなわちテザーを伸ばすと、位置エネルギーと運動エネルギーの交換により、テザーの先端が軌道上の進行方向と反対方向へ運動しようとします。

、この解消もさることながら、衛星システム全体が軌道上で自転している可能性があるため、それを安定させて、上下=すなわち地上と宇宙の方向へきちんとテザーを伸ばせるかも一つのハードルとなりえます。
 この点は、同様の機構を持つSTARS-Cの解説でほとんど説明済みなので、そちらをご参照ください。STARS-ECにおいても、テザー展開の段階ではまったく同様の課題を抱えることになります。
 
 現実に軌道エレベーター建造する、という段階であれば、衛星軌道上からテザーを上下方向に伸ばし続けると、やがて上下の先端には、遠心力と重力加速度がそれぞれかかるようになるため、コリオリの力に抗しする力となりえます。しかし実際にはキロメートル単位で伸ばして、やっと数mm/s^2というスケールのため、今回の実験には当てはまりません。
 このため上下にテザー展開ができるかどうかは、STARS-ECにとっては大きなハードルとなります。

 その後、首尾よく完全なテザー展開を終え、かつ安定した姿勢を保てたと仮定して、その間をクライマーに相当する中央部が上下運動を行うと、それによりコリオリが生じます。
 具体的にはクライマーが上昇すれば、クライマーが軌道上の進行方向とは逆の方向にテザーを引っ張り、下降すればその逆の現象が起きると予想されます。



 ただし今回の実験のスケールではコリオリ力もきわめて小さく、現実問題としては影響も小さいと予想され、何らかのパラメータが獲得できたとしても微小な値にあると思われます。しかし、軌道エレベーターという巨大な構造物には、これをそのままマクロ化した状況が生じうることから、軌道エレベーター特有の課題の、貴重な実証データになるかも知れません。

 また、今回は小型衛星の小規模な実験であり、静止軌道エレベーターのようにテザーの下端が地上に固定されているわけではありません。STARS-ECのシステム全体に比してクライマーの質量が大きいため、クライマーが上昇すれば、その反作用で衛星システム全体を押し下げ、下降すれば押し上げることになるでしょう。



 各キューブサットの質量を同じと仮定すると、実際には昇る、または下る力の1/3くらいが相殺されるのではないかと考えます。たとえていうと、あたなが梯子を3段昇るたびに、梯子全体が1段下に下がってきて、もたついてしまうわけです。あるいは下りエスカレーターを昇ろうとする感じをイメージしてもらうとわかりやすいかも知れません。
 今回の実験で観測されるであろう挙動のうち、最も顕著なものになり、したがって衛星システム全体の姿勢に影響を与える値のうちで、最大のものになると考えられます。
 これは静止軌道エレベーターの場合であれば、現実の運用にはあまり関係ないのですが、軌道エレベーターのモデルの中には地上に接しないものもあり、その場合は軌道や姿勢の維持に大きな影響を与える要素となります。

 今回は、こうした挙動のデータ取得が、軌道エレベーター史上における意義と言えるでしょう。得られるパラメータはいわば初期値で、将来の実現に活用されるかは疑問であはありますが、軌道派としては、最大の貢献は実験の継続性であろうととらえています。
 ちょっと実験してはそこで終わり、というケースが繰り返される中、STARSプロジェクトは、軌道上での実証実験を果敢に行い続けている、世界的にも貴重な取り組みです。将来の実現につながる、有効なデータ回収を祈るばかりです。
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