軌道エレベーター派

伝統ある「軌道エレベーター」の名の復権を目指すサイト(記事、画像の転載は出典を明記してください)

震災、復活の日

2011-09-11 10:16:07 | その他の雑記
 先日の「軌道エレベーターが登場するお話」で、私が好きな小松左京作品として『復活の日』を挙げましたが、神田三省堂書店の追悼フェアで見た記事によると、この作品、東日本大震災を機に注目されているんだそうです。『日本沈没』は当然だと思っていましたが、確かに地震が大きくかかわる内容だったと思い出し、何十年かぶりに読み直してみました。

 1960年代の末、強力な致死性病原体により、人類社会は滅亡します。残されたのは、南極にいる1万人足らずのみ。なぜそのような事態になったのかは、本書を読む楽しみとして控えますが、未曾有の混乱の中、人々が死に絶えていきます。
 各国の政治経済は機能麻痺し、暴動が続発。世界中が死屍累々となり、米国では被害妄想のキレた軍人が「この隙に共産勢力が攻めてくる」とのたまい、ARS(核ミサイルの自動報復システム)を起動させる。結局はその敵も味方も分け隔てなく死に絶えていく…前半はこうしたパニックを描き、世界が崩壊していく様が描かれます。
 この病原体は摂氏-10度より下の環境と海面下では増殖を停止するため、南極は病禍から隔離されます。南極を除く地球上から人類が消え去り、「地球はふたたび人類発生以前の──というよりは、数万年前と同じ、静寂にかえった」というくだりは、すごい表現力だなあと改めて感心しました。
 
 地震が関係してくるのは後半からで、南極で生き延びた人々は、文明の灯を絶やすまいと細々と営みを続け、数年が経って生活も軌道に乗り始めてきます。そんな中、越冬隊員で地震学者の主人公・吉住利夫は、近く北米大陸で巨大地震が発生することを予測し、この地震と上述のARSが、新たな危機を南極の人々にもたらします。
 巨大地震をARSが核攻撃と誤認し、自動的に東側諸国へ向けて核を発射する。そしてその攻撃はソ連版ARSを発動させ、ソ連のミサイルの標的には南極が含まれている。地震発生前に、誰かが汚染された外界へ赴き、ARSを止めなくてはならない。こうした展開の末に迎える壮大なクライマックスは、ぜひ読んで確かめてください。

 平成生まれの若い人たちはピンとこないかも知れませんが、かつて、全面核戦争の恐怖が現実に世界を覆っていた時代がありました。キューバ危機の時などはその一歩手前まで行ったそうです(この時は私も生まれる前でしたが)。『復活の日』は、当時の世界情勢を巧みに取り込み、SF・サスペンスとしても、人間ドラマとしても秀逸な物語を展開させた、まぎれもない傑作です。
 滅びゆく人類の絶望的なあがきと、生き延びた人々の苦闘。無人の世界で稼働し続ける大量殺戮のシステムに、生き残った人々が翻弄されるという不条理と、人間の愚かしさへの怒り。生きて戻れないことを覚悟で南極を後にする人々の想い。私たちが執着していた多くの価値や対立が、取るに足らないものでしかなかったことを、世界が失われて初めて気づく皮肉。。。なるほど、震災とそれに続く津波で幾多の命が失われ、今も原発に脅かされている日本の状況は、ある意味この物語のテーマに投影できるのかも知れません。
 
 読み直して改めて実感しましたが、「これこそがSFだ」と言える、私にとってのベスト作品の一つです。今となっては、「日本人はこれを読まなきゃいけないんじゃないだろうか?」とさえ思えます。映画版は話が単純化され、ややケレン味が濃くなってはいますが、実に大きなスケールで映像化していて、こちらも十分に楽しめます。物語中盤で、作戦航海中だったために生き延びた原子力潜水艦が仲間に加わり、南極から外界へ出ていく貴重な足になるのですが、その登場シーンなどは映画版の方が面白いです。

 東日本大震災から半年が経ちました。これまでに被災地を訪れたこともありますが、沿岸地域の再生は遼遠の限りで心痛みます。被災地の方々に、本当の復活の日が訪れることを祈るばかりです。

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