軌道エレベーター派

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (4)

2012-02-09 01:05:29 | 軌道エレベーター学会

IV章 処分計画の改良・応用例




 ここまでの一連のシミュレーションは、特定の型の軌道エレベーターを1基のみ運用するという、もっとも簡便な方法を試算したものである。いわば単線で1両編成の電車を使ってすべての荷物を運ぼうとしているようなもの。だが言うまでもなく、軌道エレベーターは一度建造すれば、構造上際限なく拡張が可能なものであり、投棄を続けている間にもエレベーターを拡大や増設できるほか、技術発展により輸送能力は向上していくはずである。エレベーターが大型化すれば電磁気推進を導入できる可能性もあり、大幅なコストダウンも期待できる。本章では、基本型の軌道エレベーターに若干の改良を加えて効率を上げた上で試算をした結果を示し、最後に東日本大震災で生じる廃棄物の処理やいくつかの発展構想にも触れる。

1.クルーザーを改良した場合の廃棄スケジュールと費用
 

 前章で述べたように、クルーザー同士がケーブルの途中で交差できる仕組みにすることは技術上容易にできると思われる。これだけで処分年数は半減するほか、実際にはケーブルの太さを増したり、複数備えるなどすればさらに縮まる。
 とくに本稿では、ケーブルの太さを1.5倍にし、クルーザー自体に放射線遮断構造を持たせ、キャスクとしての機能を併せ持つようにすることを提案する(高度4万6700kmでキャニスターだけを放出する)。仮に、ここまで述べたクルーザーの荷重能力500tのうち、半分をキャスクとして改造するために犠牲にしたとしても、残る250tを直接キャニスターを搭載するペイロードに充てられれば625本が収納でき、全廃スケジュールは大幅に短縮できる上、使い捨てだったキャスクは一定数そろえればあとは使い回しができ、費用も安くなる。
 このようにクルーザーをキャスク化し、交差も可能となった場合は、全廃にかかる年数は次の通り。

 

 この後もエレベーターが増設されれば期間はさらに2分の1、3分の1に縮まっていく。つまり軌道エレベーターによる投棄をいったん稼働させれば、その後の発展により放射性廃棄物全廃までの時間は縮まっていくことが期待できる。
 さらに軌道エレベーターは、宇宙空間における太陽光発電の電力を地上に供給するシステムとしての活用も提唱されており、(60) 軌道エレベーター建造によって、放射性廃棄物の投棄とともに、核エネルギー依存からの脱却も促進され、放射性廃棄物の発生が頭打ちになっていく可能性が開けるのではないか。
 本稿はこうした展開を視野に入れ、軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分とエネルギー転換を並行して進め、地球上から放射性廃棄物を減少させ、やがてゼロにしていくことを提案する。
 なお、軌道エレベーターによる投棄を、放射性廃棄物に限定する必要がないのは言うまでもない。化学物質などついても同様のやり方で処分は可能である。

 なお前章で、投棄された廃棄物の行く末については、本稿では考察を除外したが、ほかの技術との兼ね合わせにより可能になりうる案をいくつか提示しておく。

 ● まとまった量の廃棄物を、自推機能を持つコンテナ等に入れ、軌道調整をしながら太陽に落とす。
 ● 廃棄物にソーラーセイルなどを付け、既存の理論にもとづいた全長の軌道エレベーターから放出し、足りない速度を太陽風などを利用して補いながら加速させ、太陽系外へ脱出させる。
 ● 静止軌道、月、内惑星などを最終処分地とする。
 ● 任意の太陽周回軌道を「最終処分軌道」とし、廃棄物をこの軌道上に載せて人工の惑星とし、半永久的に周回させておく。
 ● 軌道エレベーターの静止軌道から外側の部分を、昇降機の加速機構などを利用したマスドライバーとして活用し、太陽系外や太陽への投棄に必要な速度を得る。
──など。今後の技術発展や新しい理論の登場などにより、構想を拡大し深める機会はあるはずなので、さらに検証を深めていきたい。


2. 福島第一原発の廃炉で生じる廃棄物処分の一例
 最後に、ここまで説明してきた方法を応用して、東日本大震災で生じる放射性物質の一部について、軌道エレベーターで処分した場合の結果を示して本稿をまとめたい。
 この震災の放射性廃棄物の処分については、処分する範囲を決めて線引きするのにかなり逡巡し、「どの範囲まで軌道エレベーターが面倒を見るべきか?」という思案の末、放射能汚染の原因となっている福島第一原発そのものの処分を最優先すべきと考えた。
 これまで述べてきたように、2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、福島県大熊町と双葉町にまたがる福島第一原子力発電所の施設が大破、原子炉は炉心溶融(メルトダウン)を起こし、今もなお注水による冷却や停止のための作業が続けられている。東京電力は「工程表」を示すなどして「冷温停止」を目指しているが(政府は「冷温停止"状態"」と発表したが、「冷温停止」したわけではない)、6基ある原子炉のうち少なくとも1~4号機の廃炉は不可避とみられており、大量の放射性廃棄物が生じることになる。軌道エレベーターは、このような問題の解決にも役立つはずである。
 福島第一原発2号機を例にとると、通常の手順でこれを解体した場合、低レベル放射性廃棄物が計約9,200tの放射性廃棄物が生じるという。(61) これを基に算出した4基分の廃炉に伴い生じる放射性廃棄物に、各原子炉の稼働年数に応じた核燃料をすべて廃棄すると想定して算出した高レベル放射性廃棄物を加算して、(62) 前節で述べた改良型の軌道エレベーターで処分すると、およそ6年かかるという結果になった。
 なお、原子炉建屋への注水によって生じ生じた汚染水(2011年11月18日時点で約17万t)(63) を軌道エレベーターで処分する場合については、すべて液体であることもあり、輸送方法を次のように若干変更して試算した。(1)キャスクとして改造したクルーザーを水槽にして、タンカー型の輸送船から汚染水を直接注入して輸送 (2)宇宙空間で汚染水は氷になる(3)この氷を型抜きするように、そのまま放出(水は凍ると不純物を吐きだすが、水自体が放射線源化しているため、まとめて捨てる必要がある)。
 上記の方法で処分する汚染水のほか、このほか周辺部材などを加えるなどして、いくつかのケース別に試算を行うと下の表の通りになる。

 

 通常の解体作業では処分する必要のない廃棄物や汚染水まで加えると。現実の処分量は、途方もないものになり、費用は天文学的な額になる。この規模の軌道エレベーターが1基や2基あっても追い付くものではなく、仮に軌道エレベーターがあったとしても、何もかも解決するという都合の良いものではないことは認めざるをえない。
 さらに、甚大な被害を受けた東北3県では大量の瓦礫が生じ、さらに原発事故による瓦礫が放射能汚染するという懸念が問題を一層深刻化させている。原発から直接生じた瓦礫や廃棄物のみならず、大量の瓦礫の行き場の問題はほとんど解決していない。瓦礫の受け入れを表明した自治体もあるが、放射線を心配して反対する市民は少なくないという。
 現実問題として、原発事故由来の瓦礫であることが明白であり、最初から区別して取り扱われているようなケースでない限り、こうした大量の瓦礫から放射性物質のみを取り出して別個に処分することなど不可能と言ってよい。少数の自治体レベルの廃棄物(たとえば千葉県柏市には放射線量が高く処分できない焼却灰が11月末現在でドラム缶756本分あるという(65))であれば、軌道エレベーターによるほんの数回の往復で全廃できるケースもあるが、対象廃棄物の種類と地域を広げれば際限がなく、とても追いつくものでないのも事実である。東日本大震災で深刻な被害を受けた東北3県の瓦礫の量は、今年6月時点の推計で約2260万t(岩手県約440万t、宮城県約1,590万t、福島県約230万t)に上る。 (66) これを、前節で説明した改良型の軌道エレベーター1基だけで処分すれば、膨大な年月がかかってしまう。
 ここまで迂遠な作業になってしまう以上、軌道エレベーターが検討に値するのか否かは、本稿を読んで下さる方々の判断に委ねるしかない。しかしそれでもなお、軌道エレベーターによって高レベル放射性廃棄物だけでも宇宙に投棄できるのであれば、少しずつであってもその分だけは根本的な解決が可能となる。その手段を得られるという1点だけでも、軌道エレベーターの実現を目指す意義はあるのではないか。


3. おわりに
 筆者の専攻は国際法だが、科学が好きで、中でも軌道エレベーターに関心を持ち、公私で長年その動向を追ってきた。いまだに荒唐無稽と笑う人が多い軌道エレベーターだが、正しい思考力の持ち主ならば、これが絵空事でないどころか、その発想は先人の豊かな想像力と、地に足を付けた科学技術の賜物であることが理解できるだろう。
 宇宙開発や宇宙旅行はもちろん、やがて必ず枯渇する地球上の資源の代替資源獲得、そして何よりも、新たな人類のフロンティア開拓の手段として、軌道エレベーターが人類の未来に必要不可欠なハードウェアだと確信している。テクノロジーは発達する方向にしか進まない。必ず建造可能な時代が来る。
 本稿はふだん軌道エレベーターのトピックに触れる機会がなく、それでいて様々な社会問題を深刻に懸念している人々にも関心を持っていただけるよう、活用案の一つとして環境問題に挑戦し、中でも数ある環境問題のうち、筆者自身が強い関心を持っている核の問題を取り上げた。そして2011年3月11日に発生した東日本大震災と、続く福島第一原発事故により大量の放射性物質が発生した。この処分は今なお解決のめどが立たず、私たち日本人の前に深刻な問題として立ちはだかっている。
 震災後、東北を3回訪れた。復興が進んでいる地域もあるが、現地は今も困難の中にあり、とりわけ沿岸地域の惨状は見るに堪えない。そして原発事故に苦しむ人々の声は切実である。終わりの見えない苦境がいかに人を苛むことか。さらに問題は東北だけでなく、筆者の住む地域でも焼却灰から高い放射線量が検出されているほか、各地でホットスポットが見つかっており、除染作業で生じた土砂なども多くが仮置きされ続けている。このような時に、軌道エレベーターがあればと思わずにはいられない。
 放射性廃棄物に限らず、私たちの世代は今だけの豊かさを追い求め、数多くの問題と向きあわずに先送りにしてきた結果、将来の世代にあまりにも多くの負の遺産を残してしまっている。そうした負の遺産を少しでも少なくし、未来をより豊かにできる手段の一つが、軌道エレベーターなのではないか。私たちの世代では実現には至らないかも知れないが、早く取り組めば、それだけ実現も早まる。軌道エレベーターは、将来の世代に私たちが胸を張って残せる財産となるだろう。
 軌道エレベーターは今なお理論上の存在でしかないが、今の社会が抱える諸問題、とりわけ放射性廃棄物の問題を前にして、たとえ空想を持ち込むなと言われようとも、その価値を世に問いたいという気持ちで、3年前の論文に追加と修整を加えて本稿をまとめた。皮肉にも身近となってしまったこの問題について、将来の解決手段を模索する意味でいま一度、軌道エレベーターの存在価値を多くの人に知っていただきたい。
 個人で私的に集められる限りの情報で構成したため、細部に至らない点もあり、また検証を全原発使用国に広げたり、護衛費や低レベル廃棄物の処分などまで及ばせることが不可能だったが、決して遠くない将来、より詳細なデータを基に、本稿の構想を正確に検証してくれる人が現れるだろう。本稿が、軌道エレベーターの有用性を人々が理解し、放射性廃棄物の全廃と豊かな未来を実現する一助となることを願う。 2012年1月

 (脚注・参考文献へ)
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