軌道エレベーター派

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軌道エレベーターによる放射性廃棄物の処分(再改訂版) (1)

2012-02-09 01:20:12 | 軌道エレベーター学会

I章 軌道エレベーターの可能性




 軌道エレベーターとは、静止衛星軌道(高度約3万5800km)から上下にケーブルを伸ばして昇降機を取り付け、地上と宇宙を結ぶエレベーターとして使用する、これまでにない輸送機関である。地上から天へと伸びる塔のようなものを想像していただきたい。
かつては突飛な夢物語として受け止められていたが、理論的には十分実現可能なものであり、近年のナノテクノロジーの発達によって、技術的に手の届く域に到達しつつある。
 本稿は、この軌道エレベーターの多様な利用可能性のうち、人体に有害な影響を与える廃棄物、中でも高レベル放射性廃棄物を宇宙空間(具体的には太陽系外と太陽表面)へ投棄する手段を検証し、人類が抱える放射性廃棄物の処分問題の解決を促進しようと提案するものである。
Ⅰ章ではまず、馴染みのない方にもご理解いただけるよう、軌道エレベーターの基本原理と研究の現状について説明する。ただし本題はこれを使用した放射性廃棄物の投棄にあるため、説明は概略にとどめる。


1.軌道エレベーターの基本原理
「宇宙エレベーター」と呼ばれることもある軌道エレベーター。科学に関心を持つ人なら、軌道エレベーターをご存じの方は少なくないであろうが、簡単に説明すると次のようになる。
地球を周回する人工衛星は、地球の引力と、公転による遠心力が一致しているため、高度を維持して周回し続けている。このうち赤道上の高度約3万5800kmを周回する人工衛星は公転周期が地球の自転と同期しており、地上に対し天の一点に静止しているように位置するため、「静止衛星」などと呼ばれる。
 この静止衛星から、地上へ向けてケーブルを垂らしたと想定する。ケーブルを垂下した分、衛星の地球に向いている側(公転軌道の内側)の方がやや重くなり、このままでは徐々に重力に引かれて落下してしまう。そこで、地球の反対側(同外側)にもケーブルを伸ばしてバランスをとれば、衛星は静止軌道の高度を維持できる。
次に、内側のケーブルをさらに伸ばす。また重さが偏るので再び外側も伸ばす。これを繰り返していくと、内側へ伸ばしたケーブルはやがて地上に到達し、地上と宇宙を結ぶ長大な1本の紐になる。
 このケーブルに昇降機を取り付け、人や物資を輸送できるようにしたものが軌道エレベーターである。原理はいたってシンプルであり、厳密に言えば、その実体は静止軌道上に重心を持つ、超縦長の人工衛星である。

 米国のスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発(1986年)や、「コロンビア」の空中分解(2003年)、中国での長征ロケット墜落事故(1996年)などに見られるように、現在の宇宙開発の主役であるロケットには墜落や爆発の危険が伴うが、軌道エレベーターにはその危険がない。また、スペースシャトルの固体燃料ブースターが打ち上げのたびに塩化水素や窒素酸化物などの有害物質を100t以上排出するのに対し、大気汚染の心配もない。
 軌道エレベーターは、人が地上と宇宙との間を往復したり、物資を輸送したりする上で理想的な手段である。後に詳述するが、大規模化すれば宇宙への輸送コストは限りなくゼロに近くなる。その実現可能性は手に届くところまで達しようとおり、「明らかに解決不能という課題はない」。(2) 宇宙進出を進める人類にとって、将来不可欠の輸送手段である。


2. 軌道エレベーター研究史
 軌道エレベーターの概念自体は19世紀にまでさかのぼる。1895年、ロシアのコンスタンティン・ツィオルコフスキーは、当時完成したばかりのエッフェル塔をヒントに、地球の赤道上から宇宙へ届く塔のアイデアを紹介した。(3) 軌道エレベーターのアイデアの原点として知られている。
 このアイデアでは、地上から宇宙へ建てていく建造物を想定していたが、1960年、同じくロシア(当時はソ連)のユーリ・アルツターノフが、静止軌道上から吊り下げた形の軌道エレベーターを、「プラウダ」紙に掲載したという。(4)
 一方西側では、その可能性を唱える研究者もいたが、(5) 1979年にアーサー・C.クラークがSF小説「楽園の泉」(6) で取り上げたことが、一般へ普及する大きな契機となった。

 これ以降、軌道エレベーターは科学者やSFファンの間で知られていくようになったが、技術上の課題、とりわけ静止軌道から地上へ吊り下ろせる強度を持つケーブル素材がないために、SFの世界の夢物語にとどまっていた。
 軌道エレベーターの素材には、静止軌道から吊り下げても断裂しないだけの強度が必要という命題がある。およそ62GPa(=ギガパスカル。1Paは1㎡あたり1Nの力が作用する単位で、1Gpaはこの10億倍)、(7) 現存する最強度レベルの高力鋼合金のさらに30倍程度の引っ張り強度が求められ、そうした物質は存在していなかった。そこへ1991年、日本・NEC基礎研究所の飯島澄男(現名城大教授)がカーボンナノチューブ(CNT)を発見した。CNTの引っ張り強度は2001年時点の理論値が45Gpa。(8) 実際には60~100Gpaに達するとみられている。(9)

 CNT発見を機に軌道エレベーターの機運は高まり、議論が加速されて、現在までに多様で具体的な建造計画が提案されている。2002~04年と2008年に米国(10) で開催された国際会議(11) では様々なプランが議論され、今年も開催される予定である。 このほか軌道エレべーターのケーブルを昇降するクライマーの技術発展のため、クライマーの競技コンテストも毎年開催されている。(12)
 2008年6月現在、CNTは安定量産が実現しておらず、このほかにもクリアすべき課題は残されているが、(13) 米国には建造を目的に運営されている民間企業もあり、(14) 研究者によっては10~20年後に建造可能という見方もある。(15)
 最低限必要な建造費は、現在の技術水準から最短で軌道エレベーターを建造する総合的シミュレーションを行ったエドワーズらのプランでは、100億ドル程度で可能だと試算している。(16)
 このほか、非同期軌道型のエレベーターやスカイフック、(17) オービタルリングシステム(18) など、半世紀以上にわたる研究で様々な軌道エレベーターが考案され、原理や構造は多様化している。中には既存の素材で十分建造可能な小型エレベーターのアイデアもあり、理論的には十分に成熟し、その現実味は年々増している。


3. 軌道エレベーターの利用価値
 研究者や構想によって様々だが、軌道エレベーターの輸送コストがロケットに比べて安くつくのは言うまでもない。
 さらに、ケーブルを拡張していき、巨大な筒状まで成長させることに成功すれば、一層のコストダウンが可能となる。それは軌道エレベーターの発展構想として、電磁気推進による昇降システムを採用することによる。いわゆるリニアモーターカーを上下運動に利用すると思えばいい。これにより、静止軌道まで上昇するには電力が必要だが、地上に降りてくるには重力による自由落下で済む。そしてこの時、下りエレベーターの位置エネルギーを利用して発電を行い、上りエレベーターの電力供給に回す(現代の電車にこの仕組みは備わっている)。つまり上り電車の運賃の大半を、下り電車が支払ってくれる(この上下関係は静止軌道の外側では逆になる)。ここまで実現すれば、輸送コストは1kgあたり10ドル、スペースシャトルの1700分の1になるという試算がある。(19)
 軌道エレベーターの実現で、ロケットに依存していた宇宙開発は大きな飛躍が可能になる。宇宙船は打ち上げる必要はなくなり、低重力あるいは無重力の宇宙空間で建造すればよく、大型化もできる。
 また、訓練を受けた宇宙飛行士でない私たちでも、おそらくは高齢者や車椅子の人でさえ、宇宙を訪れる機会が得られることも期待されている。逆に、宇宙空間からの資源の移入も可能になるかも知れない。軌道エレベーターは実に多様な可能性を持っている。

 そして本稿とのかかわりで最も重要なのは、軌道エレベーターが、物体を地球の重力圏外へ脱出させる遠心投射機として利用できることにある。
 末端にカウンター質量(静止軌道より内側のケーブルの重みとのバランスをとるために、外側に設置する重し)を取り付けることで短くするなど、軌道エレベーターの全長は構想により様々だが、概して5~10万km以上に達する。
 地表から放り投げた物体が地球の重力圏を脱する速度、いわゆる第2宇宙速度=1Gにおける地球重力圏からの脱出速度は秒速11.2km。この行為を軌道エレベーターが持つ角運動量を利用して行う場合、一定の高さ以上の所で軌道エレベーターに固定していた物体を放出すると、その物体はもう地球には戻ってこなくなる。地表から離れるほど重力は小さくなり、それに伴い脱出に必要な速度も小さくなる結果、この高度は約4万6700kmになるという。(20) これ以上の高度であれば、軌道エレベーターから放出した物体は地球の重力を振り切って飛んで行き、二度と戻ってくることはない。
 このアイデアは軌道エレベーターの活用案として、月や火星への飛行計画などとして提案されている。軌道エレベーターの遠心投射機能を利用すれば、宇宙船は地球の自転エネルギーをもらって加速するので、月や火星まで、何もせず、事実上コストゼロで送ることができる。旧ブッシュ政権は月や火星の有人探査計画の推進を打ち出したあげく結局実現していないが、(21) 軌道エレベーターを造れば、ロケットを使わず、大幅にコストダウンをしてこの計画が実現可能になる。

 本稿は軌道エレベーターのこの機能を利用し、エレベーターで宇宙空間まで放射性廃棄物を持ち上げた後放出し、処分することを提案する。これにより、現在地球上で根本的に無害にする方法がない放射性廃棄物を消し去ることを目指す。
 軌道エレベーターに関する研究成果は多岐に渡るが、本稿のテーマはこの使用法に重点を置いているため、軌道エレベーター自体についての説明はこの程度の基礎的範囲にとどめて先に進みたい。II章では、放射性廃棄物の現状について説明する。

II章に続く)
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