箱根七湯の一つに含まれる底倉温泉は、室町時代から既に温泉の存在が知られていたらしく、江戸期には数軒の温泉旅館が営まれていたほど長い歴史を有しているのですが、戦後はめっきり鄙びてしまい、10年ほど前までは知る人ぞ知るマイナーな存在となっていました。しかしながら2005年に巨大な日帰り入浴専門施設「てのゆ」が開業すると、俄然観光客が集まるようになり、ソコクラという地名は知らなくても「てのゆ」なら行ったことがあるよ、という方なら相当いらっしゃるかと思います。今回はそんな底倉で、マイナーな頃から日帰り入浴施設として営業を続けている「函嶺」に注目してみます。
こちらの施設には、私が温泉巡りに興味を持ち始めた9年ほど前に一度だけ訪れたことがあるのですが、それ以来となる久しぶりの再訪です。
下り坂のアプローチの先には大正時代の瀟洒な洋館が建っていますが、この建物は元々「函嶺医院」という病院だったんだそうです。かつて西洋医学は現在と比べ物にならないほど尊ばれていた明治や大正期において、当時建てられた洋館が病院であった例は全国的にとても多く見られますね。病院名の函嶺とは言わずもがな箱根山のことですが、現在の施設名はこの病院名に由来しているんですね。
レトロ感たっぷりの玄関を入って右手にある帳場にて、淡々と対応するおばさまに料金を支払います。お風呂は館内にありませんので、受付を済ませたら一旦洋館を出て、建物の裏側のスロープを下って、離れのお風呂へと向かいます。
赤い布が掛けられた2つの腰掛けを挟んで、竹林に抱かれた2つのお風呂があるはず…あれ? 手前側のお風呂は閉鎖されているぞ。一旦帳場に戻って受付のおばさまにお話を伺うと、私が以前訪れた時には、腰掛けを挟んだ手前側が男湯、奥側が女湯として分かれていたのですが、手前側の浴室は現在閉鎖されており、かつて女湯だったお風呂を貸し切りにして営業を続けているんだそうです。
参考までに、上画像はかつて男湯として使われていた手前側の浴室の様子です。蛇骨川の谷を見下ろす高台の上に位置し、青々とした竹林に囲まれており、箱根塔ノ沢・福住楼の内湯を彷彿とさせる美しい円形の露天風呂がありました。清々しい竹林に囲まれた静かなロケーションと、円形の露天風呂に湛えられた澄んだお湯のクオリティに、まだ温泉めぐりのひよっこであった当時の私は感動を覚え、箱根の温泉を見直すきっかけになりました。
今回もてっきりこの美しいお風呂に入れるのかと思いきや、残念ながらしっかり閉鎖されており、隙間からちょっと内部を覗いてみたら、円形のお風呂は廃墟のような姿と化していました。
現在お風呂は一つしかないため、1組1時間の時間制限を設けて貸切利用となっています。たとえ私のように一人利用であっても貸し切り可能です。脱衣室には棚と籠があるばかりで至って質素。地方だったら200~300円クラスの共同浴場並みですが、複数人で利用しても窮屈に感じないほどの空間は確保されています。
お風呂は露天のみで、全体的に屋根掛けされていますが、喧騒と無縁の静かな環境で、周囲の青々とした竹林が美しく、余計な目隠しなども無く開放的です。竹林を吹き抜けるそよ風がとっても爽快でした。
洗い場にはカランが3つあり、うち1つはシャワー付きで、左側のカランにはホースが接続されていますから、浴槽の加水用となっているようです。カランから出てくるお湯はおそらく源泉かと思われ、お湯に直接触ると火傷しそうになるほど熱いので、温度には要注意。
浴槽の傍らでは桶や腰掛けが整然と積まれていました。
裏庭には鯉が泳ぐ小さな池があり、その畔では焼き物のふくろうがこちらを見つめていました。
浴槽はいわゆる岩風呂で、おおよそ4人サイズ。縁に並ぶ石の表面には、長年にわたる温泉成分の付着によって、薄っすらと白く覆われています。また、底面に敷き詰められた石材は美しい群青色を放って輝いており、その魅惑的な色合いについ見とれてしまいました。
お湯は無色透明でほぼ無味無臭ですが、湯口にて僅かに塩気や石膏甘味が感じられます。源泉温度が高いために加水されているそうですが、加温循環消毒は無い完全放流式の湯使いとなっており、掛け流しゆえに入浴中は高い鮮度感が得られました。
古式ゆかしき底倉のお湯は上品で清らか。心地よいツルスベ浴感も楽しめます。私が箱根を見直すきっかけとなった「函嶺」は、以前より営業規模が縮小されて貸切専門となってしまいましたが、静寂な環境と品の良いお風呂はいまだ健在であり、掛け流されている底倉の湯のクオリティにも、改めて納得することができました。
再見!
底倉温泉(温泉村第106号)
ナトリウム-塩化物温泉 67.6℃ pH7.2 蒸発残留物994mg/kg 成分総計1051mg/kg(※)
Na+:277mg, Ca++:26.0mg,
Cl-:403mg, SO4--:59.4mg, HCO3-:118mg,
H2SiO3:131mg,
(※)分析表の数値を全て合計すると1068mg/kgとなる。1051mg.kgは溶存物質総量の数値
加水あり(源泉温度が高いため)
加温循環消毒なし
箱根登山鉄道・宮ノ下駅より徒歩10分(750m)、小田原駅もしくは箱根湯本駅などから箱根登山バスの桃源台線で「木賀温泉入口」停留所すぐ
神奈川県足柄下郡箱根町底倉558 地図
0460-82-2017
9:00~18:00
700円(休憩込みで1500円)
シャンプー類あり
私の好み:★★+0.5