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一泊二日の金門島観光でお世話になったお宿は、島の南西部にある珠山集落の「慢漫民宿(Piano Piano B&B)」という小さな民宿です。某大手宿泊予約サイトから予約しました。こちらの民宿は金門島で多く見られる伝統的な建築様式「閩南建築」の古い建物を、現代的なニーズに合うようなスタイルの宿にリノベーションしたものです。集落の美観を護るためか、宿の看板は立っておらず、軒先に立つイーゼルに掲げられた小さなボードだけが宿としての存在を示す唯一の目印です。
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国共内戦以来長い年月にわたって最前線だった金門島は、厳しい軍政が敷かれたため開発行為が及ぶことなく、台湾の人間ですら自由に入境することができなかったのですが、その閉鎖性が却って昔ながらの街並みを残す結果となり、島内には台湾や大陸から消えてしまったような昔ながらの姿を残す古民家集落が点在しています。とりわけ今回泊まった珠山集落は美しさが際立っており、中央の池を囲むように伝統建築の民家や民宿が軒を連ねています。集落としての歴史は650年前まで遡り、明の時代に大陸から渡ってきた薛氏が開いたのが端緒なんだとか。
私は伝統建築に関して全くの門外漢なのですが、この集落に建つ建築物の屋根には2種類に分かれており、両端が反り上がっているものもあれば、水平を保ちつつ妻面で丸みを帯びているものもあります。当然ながら何らかの意味があるのかと思われますが、私の泊まったお宿の屋根は後者でした。中央の池は生活用水の確保としての意味はもちろん、風水的にも重要であり、この池には複数の沢が流れ込んでいることから、「聚水生財」(水を集めて財を生む)として縁起が良いんだそうです。
この集落の特徴として特筆すべき点は、古い建物がそのまま残っていることはもちろんのこと、広告看板や商店のサイン類、電柱や電線など、他の風致地区では嫌でも視界に入ってきてしまう現代的なものが一切無いのです。電線はすべて地中化していますし、集落内で営業する民宿の看板も必要最低限に留めています。民宿に関しては、国家公園が伝統家屋を民宿へ改修するために必要な費用を全額負担し、工事完成後に一般公募で運営管理者を選定して、宿泊業収入を国家公園と運営管理者で分けるというスキームを採用したんだそうです。つまり、行政と民間がタッグを組んで、現在の素晴らしい風致が生み出されているんですね。
金門島に限らず、近年の台湾観光業界のアイディアや施策には、目を見張るものがあります。日本の観光関係者は是非金門島へ視察に出かけるべきです。視察名目で公費を浪費し遊び呆け、夜の街に繰り出してお姉ちゃん相手に鼻の下を伸ばしている場合ではありません。
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建物は石材と赤レンガを積み上げてつくられており、各家屋とも材質がほぼ共通なので、集落全体が統一した美しさを生み出しています。風水の関係で気の通り道という意味なのか、いくつもの出入口があり、その周りを彩る装飾が実にカラフルで美しく、彫刻的な装飾のみならず、故事を描いたと思しき絵画まで施されており、非常に繊細です。扉の左右や欄間などに記されている言葉は、きっと縁起の良い語句なのでしょうね。
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お宿の建物は四合院のようなロの字をしており、玄関ホールを通り抜けて中庭を抜けた向かい側には応接室があり、宿泊客が自由に歓談できる空間となっていました。コントラストの鮮やかな色使いは伝統様式に則っていますが、その室内に置かれたファブリックは極めて現代的。明清時代の文化と現代のセンスが見事に融合しています。
チェックインした際に対応してくださったお宿のおばさまは、大変上品で物腰が柔らかく、英語が話せたので手続きもスムーズ。微笑みを絶やさず接して下さいました。
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梁や欄間などに施された透かし彫りの彫刻や、春夏秋冬を描いた襖絵など、宿の内部の細部に至るまで施された細工も実に秀麗。宿全体が美術館のようです。観ていて飽きることがありません。鮮やかな瑠璃色とベンガラ色の対比も素晴らしいですね。
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さて今回私が泊まった客室へ。観音開きの扉には貼られている「和気致達」とは「穏やかな気持ちでいれば自ずと幸せになる」という意味であり、寛ぐ空間に相応しい良い言葉です。オレンジ色に塗装された室内は、伝統的な外観とは打って変わって、若いカップルが喜びそうなレトロと現代感覚をミックスさせたようなインテリアです。綺麗に清掃されている室内には天蓋付きのベッドがひとつ設置され、エアコンやWifiが完備されてます。
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天蓋付きベッドではクッションとともに、こんなぬいぐるみが仲良く肩を寄せあっていました。決してここはラブホテルではありません。伝統家屋を活用した純然たる民宿です。でも台湾からの若いカップルが小旅行として利用するのでしょうね。尿酸値とコレステロール値の高さを医者に指摘されている私のような中年太りのオッサンが一人で泊まるには、いささか不釣り合いかもしれませんが、でも部屋の雰囲気が良く居心地が素晴らしかったので、むしろこのぬいぐるみですら、心の底から可愛く見えてきます。
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天井の高いお部屋なのでロフトがあり、そこにもベッドが敷かれていました。ロフトにもエアコンが取り付けられていました。天蓋付きのベッドよりロフトのベッドの方がはるかに広いので、天蓋の方はあくまでイチャイチャするためのもので、実際に「寝る」のはこっちなのかな。オイラは一人旅だから関係ないけどさ…。
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鏡台にはお茶のセットが用意されていました。2双備え付けられているサンダルの色から察するに、やっぱりカップルで利用することを前提にしているのかも。棚に並べられたぬいぐるみなんて、まさに女の子を意識していますね。一時期台湾や香港などアジア圏で流行った我が日本生まれの「たれぱんだ」は棚の最上段を陣取っていました。
室内にテレビは無いのですが、そのかわりぬいぐるみ達の下にミニコンポが置かれており、私が室内にいる時は、ジャズを流すFM局にチューニングして、一晩中音楽を聞いていました。こうした昔ながらの家屋に泊まるときは、テレビでなくラジオの方が似合います。
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伝統家屋で過ごしていることを実感してもらうためか、部屋の扉は昔ながらの木板の観音開きですし、その扉を閉じる際には閂(かんぬき)をはめ込んで、南京錠で施錠します。電子ロックはマスター側の操作一つで開いちゃいますけど、閂だったら物理的に外側から開けられませんから、意外にも伝統的なシステムの方が堅牢なのかもしれませんね。
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伝統建築のお宿ですが、水回りはとても綺麗で極めて現代的です。シャワールームにはちゃんとパーテーションがありますので、台湾の田舎の宿でありがちな、シャワーを浴びたらトイレまでビショビショになっちゃうようなことはありません。シャワーの水圧も良好。しかもトイレはウォシュレット付きです。古い建物だからといって、使い勝手を我慢する必要は無く、快適に過ごせるんですね。素晴らしい!
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B&Bスタイルの民宿ですから、夕食は出ませんが、朝食は提供されます。宿のおばさまが笑顔で「早安」(おはよう)とご挨拶。晴れた日は屋外でいただけるのでしょうけど、この日は小雨がそぼ降るあいにくの天気でしたので、集落の景色が眺められる屋内でいただきました。内容としては純然たる中華式であり、豆漿、鶏のミンチ入りのお粥、揚げパンの3点。お粥はおかわり可能なので、2杯いただきました。食後には甘みの強い台湾バナナが出されたのですが、そのお皿にはジャスミンの白い花が添えられ、朝の食卓にさわやかな香りをもたらしていました。
静寂に包まれた珠山集落は、時間の流れがとてもゆったりしており、まるで水墨画のような幻想的な情景に溶け込めたひと時は、わずか一泊したなのに、その数倍もの時間を過ごしたかのような寛ぎと安らぎを得られました。周囲には商店や飲食店が無いため、買い物や夕食などは金城などで済ませておく必要がありますが、その程度の不便さを許容してでも滞在する価値が、この地区にはあるように思います。古きものを大切にしながら、きちんと現代的ニーズにも応えるという、伝統伝承と現代文化のベストミックスに出会えました。本当に素敵な時間でした。金門島の古い集落にはこのような古民家の民宿がたくさんありますので、他のお宿ではどのような空気感に出会えるのか、是非体感してみたいところです。
慢漫民宿
金門県金城鎮珠山75号
0988-182-832
ホームページ
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