ゲストハウス・プリ / Guest House Puli

日月潭、廬山温泉、合歓山(登山)等へ向かう拠点になる町≪埔里≫で生活する日本人オーナーの個人日記。

精英野溪溫泉(野湯)へ行って来ました。

2021年11月29日 | 日記

【廬山部落入口】
秘境的な場所にある精英野溪溫泉へスクーターで行って来ました。
日本統治時代には、『富士溫泉』と呼ばれていたそうです。
川の底から高熱の温泉が湧き出しているので、河原を掘って石等で囲ってから、温泉水(高熱)と川の水で温度調整します。
こちらでの入浴は、正直 ’ 温泉マニア向け ’ と言っても過言ではなく、私の様な素人にはかなりハードルが高いです(苦笑)。
今回訪れた時は、ちょうど前日雨が降ったばかりの増水で、ほとんど流されてしまっていて入浴は厳しい状況でした。
(今回の私の目的は、入浴ではなく状況把握です。PS:私の宿に時々問い合わせがあるので。)


【廬山温泉を眼下に望む】
目的の精英野溪溫泉は、廬山温泉を超えて更に廬山部落の奥地にあります。




今、ちょうど柿が美味しい時期ですね。



途中通過した烏龍茶の畑。標高もけっこうありそうです。
目的の精英野溪溫泉は、上記写真の山間奥です。まだちょっと距離がありますね。



ここから一揆に下にある川まで下ります。




精英野溪溫泉に到着です。

泉質
飲用・沐浴 可。水溫58-98℃,pH6-9

この日も河原ではオフロードバイク軍団がキャンプをしていました。

ここまで、私の様なスクーターで来る人は、ほとんどいませんね。



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樹齢1600年の神木

2021年11月20日 | 名所案内

【楠木(くすのき) 場所:南投縣草屯】
この辺りでは’神木’とされている樹齢が1600年を超える巨木です。
場所は埔里の隣町(距離は50キロぐらい離れていますが)の山の上になります。



この辺りはお茶農家が多いエリアです。


けっこう辺鄙な場所なので、ここへ来るまでに綺麗な景色をたくさn見る事ができます。


カブトムシたちが幹をかじった形跡。
夏場はけっこうこの辺りにもカブトムシがいる様です。


この巨木は枝が不自然な方向へ伸びていますが、保護する為に周囲を囲っています。
奥に私の赤いバイクが見えるので、大きさを実感してください。


人間は100年生きれば凄い長寿ですが、生存1600年に比べたら赤ちゃんレベル。
偉大さを感じます。




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武陵農場へ日帰りで行って来ました。

2021年11月17日 | 日記

【途中通過した標高3000m付近(合歓山)】
本日は朝6時に出発です。
目的は、南投縣梨山から更に20数キロ程進んだ場所にある『武陵農場』の紅葉です。
埔里からスクーターで順調に行けば4時間程で行ける場所ですが、本日は行きだけでも4回も道路工事に遭遇してしまい
その都度通行止め(15分~30分)結局『武陵農場』まで5時間もかかってしまいました。


今回のルートは【埔里】⇒【合歓山】⇒【大禹嶺】⇒【梨山】⇒【武陵農場】 ※戻りも同じルートです。
≪興味のある人は、地図で見て下さいね。≫


標高が二千を超えると植物も珍しい種類がありますね。



【大禹嶺】⇒【梨山】 このエリアが比較的紅葉が多かったです。
(日本の紅葉に比べると、ちょっと寂しい様な気もしますね)


【武陵農場】に到着しました。



広大な何十キロにも渡る敷地で、大自然(山の一部分)をそのまま囲って国家公園にした様な場所です。
とりあえず、自分の交通手段がないと広すぎるので移動する事が難しいと思いました。
因みに、敷地内には宿泊施設、滝、それにいくつもの登山道なんかもあります。





台湾ではなかなか気候が合わない銀杏も何本か植えられていました。









ここまで行き着くまでは曇り空だったのですが、園内では天候に恵まれました。日ごろの行いの成果でしょうか。




久しぶりに長距離を走ったので少し疲れましたが、充実した時間を過ごせました。


コロナ禍後、日本からのお客さんが戻り出したら【スクーター・ツアー(日帰りや1泊程度の)】を事前告知でも行おうかなと考えています。
月に一回程度で、早めに行き先を予告。それに合わせて来てもらう。バイクに乗れない人は誰かの後部座席手配とか。


私の宿の常連の方たちはご存知ですが、私が出動する時は客人で時間が合う人がいれば同行してもらっても構いません。
けっこうそれが目的で来られている方も多い様な気もしますが....。
(まあそんな感じなので、ちょっと色々考えさせて下さい。もちろん最優先は、安全第一で!)




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素食(菜食主義)レストランがたくさんあります。

2021年11月15日 | 日記

私の住んでいる町は、台湾でも特に宗教色が強い場所です。
多くの宗教団体の本部(総本山等)が埔里にあります。
埔里の地形は、中心の町が山に囲まれていて上空から見ると(近所の虎頭山の上からでも見れる)、蓮の花の様な形をしています。
それと、有名な地下水(台湾全土に出荷されている)のおかげで、一年中新鮮な美味しい野菜が食べられます。
ベジタリアンの人たち(特に仏教徒)にとっては、非常に住みやすい場所なんでしょうね。


肉類は使えないので、豆腐や豆、シイタケ等で’代用肉’としています。


粽(チマキ)まであります。もちろん中身は肉以外の食材です。


おかず、ちょっと取り過ぎました。ご飯は、五穀米を選びました。
個人経営のビュッフェ式のお店ですが、美味しいので時々通っています。


埔里にはたくさんの素食(菜食主義)レストランがあって、私の宿の近所には’素食街(菜食主義の集まった通り)’もあります。


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久しぶりにGYMに行きました。

2021年11月05日 | 日記

本日は、約6ヶ月ぶりにGYMで運動をして来ました。
コロナ禍の関係で、5月13日からずっと行く事ができませんでした。
数ヶ月前から、≪マスク随時着用、シャワー無し、滞在1時間以内可≫を条件に運動する事が認められていて、一度運動に来ましたが、
マスクを付けたままのランニングマシーンは’返って危険(呼吸困難)’と悟り、その後今日までGYMでの運動をしていませんでした。
今月11月からは、施設内のシャワーも使える様になり、苦しい時はマスクを外しても良いとの新ルールができたので早速行って来ました。



一応、一通りのウエイトトレーニング機材は揃っています。



※奥に見える『バスケットのシュートゲームは、無料ですが私はやった事がありません。

私の目的は、上記この二つ(ランニングマシーンと自転車マシーン)です。
自宅に100キロまで増やせるバーベルセットがあるので、’ 今の自分に必要なのは苦しみながら走る事(持久力維持)’ 。


元々近所に素晴らしいランニングコースもあるので、GYMに参加しなくても良いかな?とも考えましたが、
この町では知り合いが多いので、朝ランニング中に知り合いと遇う旅に、一々挨拶が面倒臭そう.....。

で、1人で集中できるランニングマシーンがあるこちらのGYMに参加した次第です。
ランニングマシーンの素晴らしいところは、【初めに設定したプログラムが終わるまで苦しくても休めない。】
たぶん外を適当にランニングしていたら、知り合いと遇ったり、疲れたら覚悟の弱い私は立ち止まって休んでしまうでしょう。

週に一回だけ行っているGYMでのランニングマシーンは、今の自分にとって最高の運動です。
費用は、私の場合は回数券を購入しているので、一回の利用(時間制限無し)につき70元ぐらい(280円ぐらい)です。


【本日の昼ご飯 / ' 筋トレメシ ' です。】

鶏肉とブロッコリーの親子丼(隠し味にモズクをたくさん入れています。)
鶏肉はもちろん、カリフラワーとかブロッコリーと言えば、 ビタミンB1とビタミンB6、ビタミンCが豊富。
野菜の中ではタンパク質が多くて、男性ホルモンのテストステロンも多く含まれていますね。


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今日は山をブラブラして来ました。

2021年11月03日 | 日記

【霧社を抜けて萬大方向へ】
今日は午前中の時間を利用して、久しぶりに山の空気を吸いに出動して来ました。
昨日は一日中家のペンキ塗りをしたいたので、ちょうど良い息抜きです。
本当は廬山温泉も考えたのですが、まだコロナ禍の影響で入浴できません。
台北の温泉は全面解除されているのに、私のエリアではもう少し時間がかかりそうですね。


【藍腹鷳(日本名:サンケイ)もこの道上で時々遭遇します。】

いつもは猿ぐらいには遭遇しますが、本日は見当たらず。


巨大なバッタに遭遇。

バッタ以外に、ちょっと驚いたのが、クマゼミがまだかなり鳴いていました。
もう11月なのに.....。温暖化の影響でしょうかね。





バスも一応通っています。
※奥萬大国家公園へ向かう南投客運バスは、紅葉の季節限定です。




発電所の敷地内には、日本人たちが残していった住居が改装・保存されています。



キャベツ畑。この辺りはほとんど原住民の方たちの居住エリアです。





濁水渓に沿って、いくつかの原住民居住エリアが点在しています。





武界部落にも立ち寄って埔里に戻りました。
全行程で4時間ほど。綺麗な空気を吸えました。



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霧社事件の末裔(セデック族)が住む『川中島部落』へ行って来ました。

2021年10月22日 | 日記

【清流部落 仁愛鄉互助村】

日本統治時代には’川中島’と呼ばれていた部落です。
ここのお米、最高に美味しいです!


【霧社事件】
1930年、当時仁愛郷の霧社エリアには11個所の社(村)があり、霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオを中心とした6つの社の300人ほどが抗日蜂起、霧社各地の駐在所(警察署)や公学校の運動会を襲撃した。
結果日本人132人と和装の台湾人2人が惨殺された。
最終的に、日本側は大砲や機関銃、航空機などの兵器を投入し蜂起軍を制圧した。

【第二の霧社事件】
1931年(昭和6年)4月25日:蜂起に与した後に投降した霧社セデック族生存者(保護蕃と呼ばれた)をタウツア社(日本側の原住民)が襲撃し、216人が殺され、生存者は298人となった。
5月6日:【第二の霧社事件】で最終的に生存したセデック族の人たちは282人。彼らは北港渓中流域の川中島(現在の清流部落)と呼ばれる地域に強制移住させられました。

川中島に移住させられた保護蕃の人たちは、マラリアや疫病に苦しめられ、移住から1年で住民は210人まで減り、2年後には人口が3分の2まで減ったという。ただしその後は近隣の他部落との交流も始まり持ち直した。

【清流橋 川中島の入口にある大きな橋】



橋を渡ると’川中島’の文字が。ここから清流部落が始まります。


私も十年以上通っていますが、だんだん人口が少なくなっている様に感じます。


ちょっと散策してみました。


霧社事件の記念館です。主に写真が多いのですが、当時使われていた衣装や農具、ライフルなんかまで展示されています。


公所(役所)の壁にも霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオが描かれています。
やはり今でもヒーロー的な存在なんですね。



清流部落の一番大きな通り。この辺りに住居が集中しています。



【友人が営む お土産屋?】


馬告。山椒とはちょっと味が違うのですが、とにかく強烈な香辛料です。(私は苦手)。

本日も私の為にたくさんの食材を準備してくれましたが、この後に山に入るので(荷物になるので)いただきませんでした。



清流部落の中心は比較的人も住んでいますが、少し離れると ’ 完全な山 ’ です。






川中島部落。凄く良い所ですよ。

埔里からはバスも出ているので、コロナ禍が終わったら是非遊びにいらして下さいね。






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八掛山の茶農園を見に行って来ました。

2021年10月07日 | 日記

【八掛山 烏龍茶の農園】
本日は、朝から日帰りで出動してきました。



【集集から鹿谷へ向かう途中に渡る橋】

山へ入る前なので、この辺りまでは天気が良かったです。


今回のルートは以下の通りです。
日月潭⇒集集⇒鹿谷郷⇒渓頭杉林渓八掛山⇒(戻りは、山道を直接下って集集経由⇒131号線で埔里へ)



本日はとにかく’霧まみれ’でした。
太陽が出ていても霧がでると一面暗くなりますね。

【妖怪村 渓頭




本日は平日の関係か、ほとんど観光客がいませんでした。
今では有名な観光地になっていて、週末はたくさんの人でにぎわっています。
宿泊施設も充実しているので、山の雰囲気を楽しみたいなら1泊で行くのも良いかもしれませんね。





この辺りは’杉林渓’と呼ばれているエリアで広い範囲に渡って杉林が広がっています。


【八掛山】

山の中腹は竹林が広がっていて、標高の高いエリアは広範囲に渡って烏龍茶の農園が広がっています。






この後、眼下に広がる道をひたすら突き進んで帰りました。



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パッションフルーツ畑へ行って来ました。

2021年10月04日 | 日記

天気が良かったので、ドライブがてらに風景を見にスクーターで出動してきました。
この辺りは、台湾全土の90%のパッションフルーツを栽培されていると言われています。
場所は埔里の町から十数キロ離れた場所で、大坪頂と言うエリアです。
≪スクーターなら二十分ぐらいで行けます。≫










ナナフシも見る事ができました。


埔里の住民はパッションフルーツをいつも食べているので、一つ食べるのにほとんど時間を必要としません。
(ご近所さんがくれるので、お金を出して食べる事もほとんどありません。)
ナイフや包丁等は一切使わずに、10個ぐらいなら5分ぐらいで食べ終わります。
私なら手に取った状態から食べ終わって殻を捨てるまでに要する時間は一つ20秒ほどです。
興味のある人には’技’を伝授しますよ。



この辺りは、早朝’霧’が出ると凄く独特の雰囲気に包まれます。
スクーターをレンタルできる人には、お勧めの場所ですよ。
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この時期限定の鍬形蟲を探して。

2021年10月02日 | 日記

武界付近の山中を散策中。
標高は千ちょっとだと思います。

毎年この時期(秋口)にしか出て来ないクワガタ虫がいます。
このクワガタ虫は、面白い事にほとんど樹に登る事がなく、昼間に地面を歩き回ります。
昨年は車に轢かれた死骸をたくさん見る事ができましたが、結局生きている個体を見る事ができませんでした。
昨日はリベンジを兼ねて近所の山へ行って来ました。
探しているクワガタ虫の名前は、【ドロマルバネクワガタ 中文名/泥圓翅鍬形蟲】です。



昨年は、長期で私の宿に滞在してくれていた盟友のN氏に付き合っていただいて何度もこのクワガタ探しをしました。
今年はコロナ禍の関係もあってか、虫関連の客人も台湾に来れないので1人で出動です。



けっこうな山奥へ入ったので、山歩き中に誰とも遇う事がありませんでした。
途中崖から岩が落ちて来たり、動物の気配がしたりしたので、今回はちょっと怖い思いもしました。
でも、人間がいない分、自然の雰囲気に触れられて気持ちが良かったです。






『ドロマルバネクワガタ』数匹発見!   でも又しても、’死骸’だらけ.........。




今回も生きたマルバネクワガタに遭遇できませんでした。
来週にも再チャレンジに出動する予定です。
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木鱉果

2021年09月27日 | 名所案内

【木鱉果】
別名ナンバンキカラスウリ、モクベツシ(木鼈子)。

【木鱉果】の ’’ の意味は、亀のスッポンを意味しています。
この果物の名前の由来は、この木鱉果の種がスッポンの様な形をしているからです。


本当に、スッポンの赤ちゃんみたいな形をしていますね。
果肉には豊富な栄養素が含まれていますが、この種(たね)には毒性があるので食べられません。
※種は硬いので食べる人はいないと思いますが。




畑の様子です。
蔓植物で確かに苦瓜に近いですね。花はけっこう大きいです。


最近では、私の住んでいる町でも道端の露店でも時々見かける様になりました。
私の個人的な感想ですが、味は「美味しくない」です。
どちらかと言うと、蔓性植物で ’ 苦瓜 ’ に近いかもしれませんね。

日本名は、上記に書いた様に ’ カラスウリ ’ の一種です。
元々、日本にもあるこの ’ カラスウリ ’ と言う名前の由来は、マズイから鴉(カラス)ぐらいしか食べない事から来ているらしいですよ。
確かに私も以前千葉の田舎(親戚宅)に行った時に、散歩中にカラス瓜を見つけて「あれ、食べられるの?」と聞いたら
「あれは毒じゃないけど、不味くて食べられない」と教えてもらった事を覚えています。

ただ、この【木鱉果】は、栄養価を豊富に含んでいるので、海外ではカプセルに入ったサプリメントやミックスジュースとして販売されています。
台湾でも最近では現打果汁(その場でミキサーでジュースにしてくれる)等で販売しているのを見かけます。






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台湾の友好国パラグアイの『輸入牛肉』をGet!!

2021年09月26日 | 日記

久しぶりに台湾の友好国パラグアイの『輸入牛肉』をGetしました。
台湾で一般に流通している牛肉は、アメリカ産とオーストラリア・ニュージーランドの輸入品ばかりです。
今回の購入は、1.5kg!



’ PRODUCT OF PARAGUAY ’ と言う印字がありますね。


解凍後。脂も適当に乗っていて肉質が凄く良いですね。
(前回購入したのとほとんど同じ感じなので、間違い無いでしょう。)




私が大好きな’カレー’.....。今回も上々の出来です。
ご覧の通り、一度に作る量が多いので、一度作ると4~5食はカレーの日々が続きます。


≪追記≫
’南米産牛肉’の紹介を以前NHKの番組で見た事があります。
確かアルゼンチン産牛肉の紹介でしたが、番組中でインタビューに答えていた人たちが皆さん口を揃えて
『アルゼンチン産牛肉は、世界一美味い!』と言っていた事を覚えています。
パラグアイは、同じ南米でも比較的アルゼンチンに近い場所。
パラグアイ産で、これだけ美味しいのだから、アルゼンチン産はもっと美味しいのかもしれない。
いつか本物のアルゼンチン産牛肉も食べてみたいです。




現時点での台湾と国交のある国は、計15か国。
この中でも台湾と特に関係の良いとされている国がパラグアイ共和国(Republic of Paraguay)です。
通称パラグアイは2020年時点で、南米で唯一台湾と正式な外交関係のある国家であり、
同時に中国(中華人民共和国)を承認していない世界でも数少ない国のうちの一つである。
すばらしい!!                  「ウィキペディアより引用」


オラシオ・カルテス大統領(パラグアイ) と 蔡英文大統領 / 台北市にて.




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『人止關』⇒『廬山部落』

2021年09月24日 | 日記

【霧社へ向かう途中に通過する 人止關 】

「漢人止步」と呼ばれていたこの辺り(埔里の町から十数キロ地点)は、清朝時代、霧社の原住民(当時タイヤル族⇒後にセデック族に名称変更)の人たちの生活圏でした。
町に住む漢人たちも山の開墾に訪れていて、よく原住民の人たちと衝突・揉め事を起こしていました。
そのため、清朝政府が特別にこの場所を「人止關」と定め、漢人の侵入を禁止しました。
後に、漢人と原住民の間にも交易が始まり、この「人止關」の役割も’関所’的な役割に変わって行きました。


【人止關:車を停車して休憩できる場所も設置されていて、この辺りの歴史を写真等でも紹介しています。】


昔の人たちは、凄い場所で生活していたんですね。私には無理.......。


【霧社/碧湖:この湖の奥地には、昆虫の宝庫の奥萬大があります。】





昨日は、霧社から廬山方面へ進みました。
本来の目的は温泉浴でしたが、コロナ禍でどこも休業中........残念。
仕方なく、山道のツーリングに変更です。


【雲龍橋】



橋の上からの景色は素晴らしいです。
以前『霧社事件』が起きた時にはセデック族酋長のモナ・ルダオが追走から逃れる為に、
この雲龍橋(当時は縄で出来ていたらしい)を渡った後にナタで切り落として逃げたそうです。



廬山(温泉エリアではなく、山エリア)へ入ると『柿』の栽培が行われていました。
私はこの辺りの柿が大好きなので、今年はけっこう期待できそうですね。



私も何度か訪れていますが、この茶畑の谷間の下には渓流が流れていて’野湯(精英温泉)’が湧き出しています。




この種のカナブンをたくさん見る事ができました。
今年はクワガタムシをあまり見る事ができませんでしたね。ちょっと残念。




廬山部落に到着です。
農家さんしか住んでいない様な場所で、殆ど人に会う事もありませんでした。
天気もだんだん涼しくなって来て、昨日も気持ちの良い時間を過ごせました。



≪おまけ≫

ここのところ、私の宿に訪れる客人はバイクのお客さんが多いです。
この人も一週間ほどかけての台湾一周バイク旅行だそうです。










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『武界壩(堰き止湖)』と『日本人村の跡』。

2021年09月05日 | 名所案内

【武界水庫】
台湾最大の河川、濁水渓を堰き止めてこちらの水庫が作られています。
こちらの『水』は、水力発電や日月潭の水源にも利用されています。




水庫にある『壩』と呼ばれる水を溜めておく巨大な(堤防)は、日本統治時代の1919年(大正8年)~鹿島建設によって建造されました。
現在でも、ここから12kmほど離れた日月潭へ送水されていて、水力発電にも利用されている重要な水源です。
現在の所有は、台灣電力公司(発電会社)になっています。


始建時間: 1919 年
位置: 南投縣仁愛鄉武界
坝体积: 105,740立方公尺
壩頂寬度: 6.06米(20英尺)
始建: 1919年
所有者: 台灣電力公司

ちょっと’裏話’ですが、二十年ぐらい前の陳水扁政権の時にこのダム湖システムを台湾人の手で新たに造り直そうと画策した事がありました。
設計や準備に取り掛かったのは良かったのですが(かなりの資材を既に受注)、予想以上に工事の難易度を極め、結局は頓挫⇒計画白紙撤回。
その時に、台湾全土に昔の日本の技術レベルの高さを思い知らせました。当時私もテレビニュースで見ていて凄いなあと思いました。



以下、『日本人村の跡』

現在では川底に沈んでしまっていますが、以前はこちらに日本人村がありました。
武界壩工事の鹿島建設関係の人たちが多く住んでいたそうですが、度重なる川の増水氾濫と川幅拡張等もあって
4~5回も村ごと引越しを余儀なくしたそうです。
現在では、更に上流になる萬豊部落と言う場所で落ち着いています。



当時、日本人村には大きな’吊橋’があったそうですが、現在確認できるのは『地面から突き出している ’ 吊橋の橋桁のみ ' 』です。
以前日本統治時代に、日本人村で警察官をされていた山根さんの話では、この突き出ている橋桁の数十メートル地中に日本人村が埋まっているとの事です。




山根さんが当時の警察官上司(日本人)から命令されて作った記録書にある『当時の日本人村の地図』。
興味のある方はじっくりとご覧ください。
≪山根さんが製作した記録書は私と片倉氏が一部保管しています。≫

神社、派出所、学校、吊橋、も地図上で確認できますね。

私も日本人として、感慨深いものを感じます。

【故山根さん(当時92歳)と 】

日本時代の警察官って感じですね。懐かしいです。

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昨日は原住民布農族の人たちの部落、『法治村』へ行って来ました。

2021年09月04日 | 日記

【埔里と武界を結ぶ1キロ近くあると思われるトンネル。】この山を越えると布農族が住む原住民部落へ行く事ができます。

このトンネルは山を完全に貫いてできています。完成までが凄く大変だったと聞いた事があります。
地形の関係もあって、トンネルの入口付近と出口付近の外気の温度が全く違います。
片方の入口が太陽に照らされていても、出口付近が大雨だったりします。面白い場所です。
原住民の人たちの話しによると、完成する前は部落から埔里市内まで一週間ぐらいかけて ’ 険しい山道 ’ を歩いていたそうです。
現在でもその ’ 険しい山道 ’ は、旧道として存在していて一応道にはアスファルトがかけられていますが、とにかく急な坂道が続きます。
もちろん自然が豊かな道なので、動物や虫たちがたくさん棲息していて私は個人的には時々この旧道を選んで進んでいます。



トンネルを抜けると、目的地の『法治村』が眼下に広がります。



道端にはいろいろな原住民アートが施されています。


以前はこの場所に大きなゲートがありましたが、たぶん大雨や台風の関係で取り外したと思われます。
私も何度か大雨の時に虫探しに来た事がありますが、危険極まりない!状態でした。 良い子はマネをしない様に。



法治村。上記写真の場所は、一応最も大きな道路(メインの道)。
濁水渓に沿ったこのエリアでは最も大きな原住民部落で、住民が600人にも満たない布農族の人たちが住んでいます。



日本統治時代の診療所跡。
日本から派遣された公医(芹田騎郎さん)の方が、こちらの診療所で医療に従事されていました。

1945年に台湾に国民党が押し寄せて中華民国になった時も、直ちに帰国せずに既に危険なはずの台湾に残って
原住民の人たちへの医療活動(この部落以外の何ヶ所もの原住民部落へ出張医としても)を続行されていました。
芹田騎郎さんご夫婦の娘の宍戸幽香里さんが私の宿の常連客で、私の宿に来られる度に、こちらへお連れしています。
日本統治時代にも、素晴らしい日本人がたくさんいたんですね。





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