二畳庵庵主の戯れ言

一輪の桜に従い野に。ついに2015年、人生の第三ステージの場・高知に立つ。仁淀川に魅せられたオヤジの戯れ言日記。

ん、食事処、やってるんです?

2016-05-14 06:39:21 | 徒然に想う

失敗! レタスの鉢ずらし(育苗鉢に移植した苗が大きくなってきて、葉っぱが重なるようになってきた。そこで、重ならないように空間を作ってあげる)をしてたら、招かざるお客が沢山。食害にあっているのがポツポツ目にするようになってて、葉の裏を見たりしたのだが見つけられなかった。土に潜られてては仕方ないが、どうしたものかと思い悩んでいた。トマト、キューリ、ゴーヤを定植するので、鉢ごと水に浸す(ドブ付け)。それらを置いていた台があいたので、レタスをコンクリートの地面から持ち上げ、合わせて、ずらしたわけ。いるいる、もう嫌というぐらいいる。

鉢上げしてから産み付けられたのか、どこをどう伝わって移動してくるのか・・・。しかも、不思議なことに、陽がよくあたるところに置いてあったのにはあまりない、日中影になるところに圧倒的に多い。が、食害はまんべんなくちらほらある。夜になって移動を開始し気に入ったところで食事とするのだろうか。でも、一センチくらいのこれらのお客の体から想像するに、相当な距離。それを乗り越えるのだから、何と言おう、すごい。

定植をしていると、幸せでたまらない。特に長ネギ(シロネギ)の時が一番だと思うが、もちろんそれ以外のものでも同じこと。一昨日のレタス、数は少ないが昨日のトマト、キュウリでも同じ。大地に抱かれている、土と同化しているなんて感じる。そもそもそれだけでも十分なのに、目を移せば、仁淀川でしょ。山があって、鳥たちがいて。寂しさ、つらさ、あらゆることから解放してくれる。輪をかけて幸せな気分。豊穣の女神のハグ? 無心? そういやぁ、四国を歩てた時に感じた気分にも近い、かも。

圃場の主、アオダイショウ。この主、の移動距離ときたら・・・。例えば、車止めから一番高い段の端まで、高低差30メートル、水平で50メートルはあろう、60メートルほどの移動距離になる。毎日じゃないがいたるところで出会う。体長1.8メートル、太さ3、もっとか5センチの太さの生き物がズリズリと這って動き回る。その労力はどれほどのものか。ああ。でも・・・。主にしても、招かざるお客たちにしても、食べるものを探してる。同時に、道中いたるところに敵が潜んでる、わが身に何が起こるかわかったもんじゃない。死すらもやってくる。「移動する=歩く」のを楽しむ、楽しめるのはヒトだけ、なんか。彼らは生き続け子孫を繋いでいくため、「労」なんて、なんてヒト目線。さてさて、今日は何株やられたか、いやいやお食べになられたか。

(午前中で25℃を超えていた。でも、午後は雲がでてちょうどいい体感に。午前中の空)

 



今日の一枚:定植する場所が日陰になるのを待った。胡瓜、トマト合わせて50株ほど。終われば17時を過ぎていた。今日の成果は? と振り返った。