二畳庵庵主の戯れ言

一輪の桜に従い野に。ついに2015年、人生の第三ステージの場・高知に立つ。仁淀川に魅せられたオヤジの戯れ言日記。

夏山合宿

2014-07-28 19:40:10 | 徒然に想う

神=自然は、厳しいだけではありませんでした。先週金曜日から、高校時代の友人と白根三山に入っておりました。

昨日のことです、強風をつきながら、農鳥小屋から間の岳を越え北岳山荘に向かいました。その風は、まさに荒れ狂う、十数キロのザックを背負っていても飛ばされんばかり。間の岳に一旦向かったのですが、農鳥小屋に引き返す。様子を見て間の岳を越え、北岳山荘へ。

ところが山荘に着けば、北岳のピーク方向ははっきり。

ラッキーと北岳の山頂を目指すと…。風、風、風。山頂につけば、ガスだらけ。山頂から山荘に戻る時には、風に雨が混じり。

全く、トホホ。


幸いにも夕刻には天候は落ち着き始めましたが、バンバン、レンズ雲が出現。悪化の一歩を示す。お願いだから、雨だけは降るな。あわよくば、風もやんで…と願い就寝したのでした。しかし、一晩中風は吹き荒れ…。



いやぁ、今朝外をテントから外を覗いた時の一声。

アイャ!



ピーカンのキラキラ。友人の、どうした? に対して、だから、ピーカンのキラキラだって!


その時からしばらくしたのが写真。金星に、左端が北岳。4時10分頃の情景です。神々が降臨する間際。最高です。神=自然はこんなにも素敵なものを見せてくれました。

5時頃、テントサイトを離れ、八本歯のコルを経由、広河原に下り立ったのでした。




今日の一枚:本文中の説明を参照ください。

で、もう一枚。日の出の時です。


その後 トマト、収穫開始!

2014-07-23 20:52:36 | 徒然に想う
結局、こうなりました。

自分で作った乾燥ズッキーニとナスをオリーブオイルで炒め、あら熱をとる。トマトを5ミリ厚にイチョウ切り、もちろん全部。キュウリ、昨日収穫した30センチ長のお化け、を同じく5ミリ厚にイチョウ切り。これらを合わせ、塩少々、白ワインビネガー、バルサミコにオリーブオイル。アクセントに黒胡椒をひいて、ショートパスタが茹で上がるのを待ち…。

ジャ、ジャ~ン!!!

出来あがりました。



コンチャイ トロ のシャルドネと頂きました。




フロム 贅沢者

トマト、収穫開始!

2014-07-23 18:29:12 | 徒然に想う
今日は大暑。ウィキペディア曰わく、快晴が続き、気温が上がり続けるころ。『暦便覧』には「暑気いたりつまりたるゆえんなればなり」と記されている。星占いでは獅子宮(しし座)の始まり、とか。

そんな日、ついにトマトを収穫。これまで摘み食いはしてきたが、収穫となるとまた思いが違う。いろんな作業を重ねていくうち、どんどん色付いてゆく。楽しみがふくらむ…。たまらんのですよ。

昔から、畑の作業で長ネギの定植と並び、このトマトの一連の作業が好きでたまらない。なんかこう、幸せな気持ちになれる。大地とはなしてるというか、豊穣の女神デメテルに抱かれてるという感じ。お願いだから、やめさせないで、と思う。

さて、今日はまだ五つか。これではソースには足りない…。うーん、どうして食べようか。ショートパスタを茹でて、ざく切りのトマトにバジル! いや、待て、待て。ショートパスタの代わりに、明日、収穫し作った小麦粉でパスタ風ウドンを打って…。初収穫だ、明日まで、お預け? それも切ない…。ハイ? うるさい? いいでしょ!! 羨ましいでしょ!! この「豊か」な感じ。





今日の一枚:16時過ぎ、今日収穫したもの。トウモロコシは試し取り、ナスはコナスとして味噌付けに。
しまった! キュウリも収穫できたのに、完全に忘れた。巨大化してしまう…





畑の中にいろんなものとお目にかかる。ショウリョウバッタが枯死、してた。

彩雲

2014-07-22 18:08:46 | 徒然に想う
美しいものだ。ただ、これほどクッキリと見た記憶がない。昼を食べ終えた後、あまりの暑さに畑近くの神社に涼を取りに行った。その帰り道何気に見上げた空に現れていた。

梅雨が明けた。どんないいことが待っているんだろう。



帰り支度をしながら
《一日の 終わりに蝉よ 刹那なしか》



帰りの車窓から田んぼが広がる。想像も広がり…
《青い田に 風の道筋 鳥一羽》






今日の一枚:13時過ぎ、西南西の空に。

雨のプレゼント

2014-07-21 18:53:51 | 徒然に想う
畑に着くと、ぐるっと見回ります。虫にやられてないか、しおれてないか、前日と比べ違うとこないか。できる限りアンテナを広げます。

一周すると、出掛けに見た天気予報を思い起こし、周囲の風や雲行きを眺めます。雨、降るか、降らないか。降るならいつ頃か。できる限り想像力を働かします。

朝から雨の予報が立つと、Webを開き、雨のエリアを確認します。予報通りだろうか…。どんどん時間が過ぎ…。

すると、今日一日の計画がわいてきます。このエリアにブロッコリー、こちらは人参に種蒔き。種蒔きにはこれ、これ、これ。道具を揃えます。次は、この畝の草をマルチに…。型通りのプロセスじゃありません、本通りにもなりません。もちろん計画通りにも。日々、時々刻々、観ること、自分の情報を駆使しなければならない。実に、そのダイナミックさは激しい。実に実に、しんどい。そんなとき、朝の見回り中に目にした光景が助けてくれます。あぁ、そうだよな。あの一瞬の光景を見れたんだから!





今日の一枚:この時期、水滴に魅せられる。何度か目の登場、里芋の葉の上。8時半頃。

結実させよう!

2014-07-16 18:29:24 | 徒然に想う

気付いてはいたんだ。早く食べてよ、と呼んでいるのがいるのは。今日、ついに堪えきれず、パクッといってしまった。

料理用と生食兼用の品種でサンチェス。ちょっとクリーミーな食感。兼用といいながら、料理してトマトソースにしたほうが美味いかもしれぬ。けっこう実の付き方が良く、熟すのを待って試すとしよう。

帰り支度をしていたら、気の早い蜩が北側の林の向こうから聞こえてきた。明け方や夕方、普通なら物寂しく感ずるが、笑ってしまった。早えーよ、お前。

《ひぐらしよ 秋はまだまだ 遠きけり》


ジャガイモを先日収穫し、大豆を播いた。大豆が発芽し…。そうこうしていたら、7月も中旬。トマトも赤くなるわけだ。収穫の秋が遠いなんてことはないんだろう。「母なる土地」探し、3月に蒔いたのが、繋がってきそうだ。こちらもいい方向で結実させたいものだ。





今日の一枚:トマトの畝で、11時過ぎ。


4兆ベクレル

2014-07-15 07:42:35 | 徒然に想う
朝になってネットを立ち上げて気付いたニュース:毎日新聞 7月14日(月)22時38分配信

福島第1原発で昨年8月のがれき撤去時に放射性物質が飛散し、20キロ以上離れた南相馬市の水田を汚染した可能性がある問題で、東電は14日、同原発からの放射性セシウムの総放出量を最大4兆ベクレルと試算していたことを明らかにした。しかし「かなり大づかみな計算」として公表せず、市にも伝えていなかった。

(略)4兆ベクレルは、事故後の福島第1原発から1日に放出される放射性セシウムの1万倍以上に上る。

南相馬市には、セシウムが最大で1平方センチ当たり0・04ベクレルが沈着したと見積もった。東電は「極めて微量な放射性物質が南相馬まで到達した可能性は否定できない」と説明しつつも、同市のコメから基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超えるセシウムが検出されたこととの因果関係については「事故直後の放射性物質によるものかもしれず、断定できない」としている。

東電は農水省の要請で、この試算を実施。4月に農水省に結果を伝え、6月には県にも情報提供したという。

(引用、ここまで)


この隠蔽体質。企業倫理として歪んでいるとしかいえない。風評被害を懸念したことだろうが、開いた口が閉められない。「美味しんぼ」は胸を張っていい。

九州の川内原発。実質的に再稼動へと読んだような気がする(事実じゃないかも)が、電力会社の体質まで検査されていない。機械は動かせるが、いざことが起きた場合の人的な組織的な対応はどれだけ誠実で信頼が置けるものか。経済や地域のために仕方ない、では困る。

もう一度、地域社会をも崩壊させると認識し責任の重さを確かめていただたいものだ。事故後の対応に信頼を置いていいのか。その地域の農業者、漁業者、林業者、さらには文学・哲学者、宗教者などを巻き込んで検査をするとか、出来ないものか。

嬉しき言葉

2014-07-14 18:25:07 | 徒然に想う
「らしくなってきたわね」と、長年お世話になっている有機生産者の奥さまから言われた。

銀行員なら銀行員、教員なら教員の匂いというようなものがある。職場での疲れやストレスが同じように人間に作用するから、体が同じようなものを持ち始めるんだろう。仕事がその人の雰囲気を作り出す。

すると、約八ヶ月近く経って、やっと嫌な雰囲気が消えてきたということ、か。もちろんお世辞なんだろうが、じつに嬉しい言葉であった。


《木漏れ日が 枝々揺らす 陽涼し》





今日の一枚:13時過ぎ、梅の木の下にキャンピング用の簡易ベッドを広げ昼寝。その時の頭の上の光景。

わからぬ、ということ

2014-07-12 20:39:10 | 徒然に想う
庵主には方言はない、標準語を使っている。だから、方言を聞いていると羨ましく感ずる。正確にいうと、その特徴的なところを日常の中に取り込んでみる。つまり、“出鱈目”語になる。そもそも、色んな方言を寄ってたかって集め、違いを軽減するようにしたのが標準語だから、致し方あるまい。

ただ、耳を澄ますと、いわゆる方言を使っている人には、使っているというその意識がないことが多い。津軽弁、河内弁、土佐弁など地域性がでて、特徴的な言葉ならわかりやすい。が、そうではない、例えば、イントネェーションの場合が始末にわるい。「そうなの?」ってのが「そうなん」と聞こえることがある。それが同じ県内でだ。相手は同じ標準語を使っていると思っている…。

タルトという洋菓子がある。庵主は大学に入る頃まで、中に餡が「の」の字のように巻き込まれたロールケーキのことだと思っていた。カップケーキのようなのに果物やクリームで飾られたものだとは、認識していなかった。タルトとは、そのロールケーキを指す標準語だと信じてやまなかった。それが方言だとは判らなかった。

「そうなん」って、保育園に通う男の子が使う。両親はその地域になんのエンもユカリもない。そのことを話したら、驚いていた。彼らの耳もここ数年でこの地域差に慣れた。「そうなん」も「そうなの?」もかわりがない。マイクロエリアの方言は難しい、ってことか。そんなところにあるもんである。





今日の一枚:今日から高知県の主催する農業に関する研修会が始まった。土佐弁が耳に心地よい。昨日15時頃、雲が螺鈿細工のように見えた。この写真では、判らぬか…。小川町の畑にて。