二畳庵庵主の戯れ言

一輪の桜に従い野に。ついに2015年、人生の第三ステージの場・高知に立つ。仁淀川に魅せられたオヤジの戯れ言日記。

秩父、三日目

2011-05-29 20:26:09 | 徒然に想う

二十五番札所の観音堂の脇を上がり、納経の為に久昌寺に向かう。あぁ、池だぁ。

梅雨に入った。今日はずっと自分一人。人と会わぬ。何度もコースを間違える。地図も思うように開けない。すでに靴の中まで浸水。ポンチョの下の服は汗まみれ。納経、済す。

そう、池、池の、ハスの花がきれいなんだ。

≪深山の 雨と戯むる 蓮の花≫

 

 

今日の一枚:観音堂を山門から。こうやって崩れてしまうんだ、境内を道が走る。10時半ころ。


決心、直前

2011-05-27 21:16:31 | 徒然に想う
もうかい、という感じで梅雨になってしまった。予報ではこの土日、雨。しかも、大雨になるとか。

秩父路も二日目が終わり、次はいよいよ一番景色のいい尾根を歩くって算段、だったのに…。

さて、どうしてくれよう。



今日の一枚:朝靄がけっこういい。神社の展望台から南東を。五時十五分頃。

ため息だらけの朝

2011-05-25 08:10:17 | 徒然に想う
まったく、バカやろうな朝である。四時半ちょっと前に日の出となる。となると散歩コースのいたるところで、その二、三十分後には陽が当たり出す。しかもだ、雨が続き水分が多い。

遊水池を通過したのが、五時十分前。もう辺の草や木は水滴をキラキラさせ輝く。水蒸気が幽かにユラユラ舞う。なんてこと…。

それから十分ほど、神社下の公園に入った。まさにその時、こともあろうか、サッァーと朝陽がJRの高架を乗り越えてさし込んできやがった。モミジの青葉が薄黄色に輝き、草たちの輝きときたら。…まったく。

見まいと思っても無駄。次から次へ目が奪われる、目に飛び込んでくる。そして、とどめを刺されてしまった…。






今日の一枚:神社下の公園の広場にでようというところ。五時十分頃。

突然の大雨

2011-05-22 16:45:04 | 徒然に想う

二十一番をちょうど出ようとしていたときだから一時頃か。ポツリ、ポツリと来たと思ったら、ザーザーへと変わる。

天気予報で午後から雨。だから観天望気を思い出しながら歩いてた。たとえば、武甲山の山頂(だいたいコンパスを見ると歩いている周辺からは西側に当たる)をちょくちょく見る。すると、12時を過ぎる頃から山頂に雨の気配。で、清水で山仕事の道具を研いでいた爺ちゃんに尋ねてみた。まさに、二十一番の住職さんにも聞いてみた。…大丈夫だろう、とお二方とも答えられる。急変してしまう。

分かってきた。装備的には大かた問題なさそうである。実際はそれに着替えなどが入り重たくなるんだろうが。ただしズボン。ボンチョはどうしても裾が濡れる。すると脹ら脛にまとわりつき歩きづらくなるし、筋肉を冷やす。速乾性のものを探す必要がありそうだ。問題は何処まで進むか判断するということ、だ。今日は時間的にもう一カ所回れた。だが今回は行かなかった。もし宿をおさえる必要があるのであれば、どうする。雨に振り込まれた周辺になければ…。かなり先にしかなかったとしたら…。先に進まざるを得ないだろう。ムリすることになりかねない。日帰りなら無理をしてもいいだろうが、長丁場においては…。

今回は雨の中歩く場合を想定して、何がどうか確認する目的もあった。だから、想定内のことだったからいい。が、意外にキツいもんだ。

 

今日の一枚:二十一番札所。これから10分後のことだ。


小満の朝

2011-05-21 08:08:16 | 徒然に想う

今朝はね、いろいろなものを見たよ。

遊水地でね、水滴の中にさかさまの池でしょ。出て上がったら沢山のヘラオオバコ。しゃがんで観ていたらクサカゲロウがフワフワ舞っていた。

神社を後にしてすぐ、ほら、花が咲いた。

小満なんだって。万物盈満すれば草木枝葉繁る(暦便覧): 陽気がよくなり、草木などの生物が次第に生長して生い茂る頃。

そう! 蝙蝠も見た。五百円玉二つ並べたくらい。可哀想に道の上で動かなかったけど。

 

暑すぎもせず、梅雨前のいい気候の朝のこと。

 

≪夏蜉蝣 お前の人生 ただ漂う≫

 

 

 

今日の一枚:遊水地で。5時40分ころ。

 


出会い

2011-05-18 12:25:09 | 徒然に想う
先の日曜、秩父を歩いてきた。五番の札所で出会ったのが、高尾山で山伏をしていた方。曰わく「無心になって歩け」。それに習って、それ以降、「無心」への一歩として、兎に角何も考えないよう考えないようにと歩いている。

これが意外に難しい。どうしても仕事のことやどうでもいいこと、煩悩に支配されてるようなことが頭に浮かんでしまう。イカンと振り払うのだがすぐ別なものが浮かんでくる。そんな事はかり繰り返してる。とても「無心」になんか近づけやしない。

そう、日曜も結局「無心」にはなれなかった。七番札所をでた頃には、次の為に九番札所までは済ませようとか、帰りの電車に間に合うだろうかなどと考えてばかり。欲や俗事にとらわれ、地図を睨み、歩け歩け。まるでスタンプラリー。

もちろん、考えないということが「無心」ではない。どう「無心」をつかむか、まずは「考えない」ことを目指してみているのだが…。間違っているかもよと、態度で示す者に今朝会ってしまった。


《凛々と 朝露引き連れ 蝸牛ゆく》







今日の一枚:神社を出てJRを越える陸橋間近、道の真ん中。五時十分頃。

漫才?

2011-05-13 23:59:46 | 徒然に想う
《ジイジとバアバ ののしりあって 鯉のぼり》

まったく手に負えない。こっちが客だっつうの。孫が可愛い可愛くないで、掛け合い漫才が始まる…。つまり、なんて、まぁ、いい。テレビでやっているのなんかよりズッと可笑しいだから。




今日の一枚:バアバと初の内孫、そしてジイジがいる。これがささやかな庶民の幸せ。夜の九時過ぎ。