二畳庵庵主の戯れ言

一輪の桜に従い野に。ついに2015年、人生の第三ステージの場・高知に立つ。仁淀川に魅せられたオヤジの戯れ言日記。

ボヤキ、

2016-04-30 21:58:08 | 徒然に想う

苗に水やって、急いで誤って持って帰ってしまったものを戻し。で、ホームセンターで足りないものを買い足したら、あぁ、それだけで午前中終わり。片づけたいトマトの畝になかなか着手でけん。



今日の一枚:胡瓜の苗に、ちっちゃいカマキリ。昼寝して、やっと山に向かおうと。14時ころ。


仕切り直し

2016-04-30 06:48:02 | 徒然に想う

耳を澄ませば、フクロウなんだろうか、ホウホー、ホウホーと聞こえる。日光は夏、暑さに体が慣れてない、集中がすぐ切れる。トマトの畝を作ろうとするも、草を何とかしなきゃ。そういえば間引いとかんと、地面に腰下ろしてチンゲンサイの畝のわきに座り込む。 

ヒトの声? K兄たちは山に上がってきてない・・・はず。伸びをして、川が視線に入る。ラフティングのボートが来てた。しばらくして今度はカヌーの集団。GWに入って千客万来。

午後になって天気予報を見れば、霜注意報? 最低温度の予想も4℃、なんてのが読める。いい加減晩春、日差しは夏を感じさるのに? 藤も散ったのに? そういえば、北海道から雪の知らせが届く。予期せぬ寒気が下りてきてる。ジャガイモの葉、霜にやられる・・・。ベタ掛けとりに、慌てて家に帰った。

GW、土日、どっかにいった。カレンダーじゃなく、休むのは天候に依存。それが楽しいところだが、暑さのせいにし集中できないなんて、ヘンな言い訳。しかも「北海道の雪の天気予報」を見落としてる。それに、それに、スパルタで仕立てようたって、キューリやナスの苗10℃を切っても、外に出しっぱ・・・。何か見落として、ばかり。気分転換か、仕切り直しか。



今日の一枚:15時ころ現れたカヌーの集団。夏を実感?

もう一枚:家の壁、ツバメが巣を作ろう(?)と物色してる! 三羽が狙ってる、空中戦を繰り返す。ワクワク!



長いぞ!

2016-04-29 07:27:00 | 徒然に想う

朝ノートしてたものを残さにゃ・・・。午前中文旦の下草刈りをやって、午後ブロッコリーかカボチャを植えようかとプランしている段を鍬で起こす。夕飯に、マーボ豆腐でお腹いっぱいになった瞬間(?)落ちてしまい・・・。

『朝起きてコーヒーカップ片手に苗たちの様子を見に外に出る。先週鉢上げしたレタス類、新たに葉を動かし始め、育苗箱の時より力強さが伝わってくる。カボチャの成長も、昨日の写真のようにしっかりしている。蜀黍にいたっては、その伸び方の速さには、まっこと目を見張らされる。

おや? トマト? 一段目の本葉が90度くらい捻じれ、裏面が土に向いていない。これでは、効率よく光合成ができないだろうに。それに蒸散もだ。だいたい、昨日一日雨曝しにした。水が足りなくて、気孔を閉ざすようなことになるとは思えない。じゃ何が、そうさせた?  

温度? 温度計をみれば6.5℃まで下がっている。2535℃で生育していたのが、1015℃になると、冷温障害とかいうのが起こるらしい。成長が遅くなり、①葉から色が抜ける、②葉が傷む、③葉に水の浸潤が見られるんだとか。最悪、根まで冷やすと枯れるらしい。捻じってしまうようなことが起こるとは載ってない。

根が酸欠? 雨に曝した結果ポットないが過湿になり酸素不足が起きた、ならば、気孔を閉じる、だろう。あの「植物生理学」を紐解けば、「酸素不足で損傷を受けた根はシュートを傷つける」。根が十分なエネルギーを欠いているので、どこか活動を低下させる。たとえば、古い葉より新しい葉により栄養分を回すようになる。それが古い葉の萎れや気孔の閉鎖もおこすんだとか。

そういえば、水欠乏の場合のダイズの葉の写真が載っていた。パラパラ。おぉ、植物体の上の方の葉が捻じれている。これは上の方が捻じれてない今朝の状態と異なる。水不足ってことは考える必要はこれっぽちもない。6.5℃? いつのだろう。もう一つ確認すれば11℃。朝方温度が下がっても、日中25℃まで上がる日々が続く。冷温障害なってのもナシ、だな。酸欠か・・・。』


実は、同じようなことが文旦の葉っぱで起きてた。巡回を終え一息、川を見下ろすと文旦の木々が視界に入る。え? 一本当たり数十枚の葉が裏返ってる。え?、え? 慌てて他の場所の木を見に行く。一番高いところにあるもの、ザレてて水はけのいいところでも、裏返ってる葉が見受けられ・・・。「まさか、酸欠? ここで?」。

冬のこと、同じように裏返ったことがある。T兄は「急にひやくなったからな」と説明してくれた。が、一昨日のことだ。霜なんか降りてないし、26日から28日にかけての最低気温は15℃だ。しかも、ここ数日山では10℃を切ってない。到底寒さとは考えられない・・・。なんで、なんで、なんで。

の山に「蛇王様」の祠がある。小さな祠だが、毎年一回当番の方たちが上がり、掃除してお祭りをする。今年は2週間ほど前17日にあった。それから数日して、びっくり。石垣の中に消えていく蛇。気付いた時点で優に1メートル、体を残してる。じゃあ実際の長さは? 並みじゃないだろうと想像してたら、それから数回見かけ、想像通り、でかいことを確かめた。神様と同じにするのはどうかと思うが、まさに「二ノ滝の蛇王様」か、はたまた「ぬし」か。でだ、どれだけ長いか、実測する機会が、突然、昨日現れた。「ぬし」が脱皮した。それも完全な形で見つけたのだ。軽トラの前輪後輪の長さが1.9メートル。それに匹敵する! ご覧あれ!

 

酸欠、が原因なのかわからないが、「雨」がかかわったに違いない。これから数日好天が続く。注意していかなきゃ。「なんで」ばかりの日々。でも、野菜も木もこうやっていろいろと見せてくれる、楽しくてたまらないね!

 

 

今日の一枚:夕飯用にラディッシュとカブを間引く、さあ帰ろう。18時ころ。


迷う? いやあ、はらしたろ

2016-04-27 21:12:48 | 徒然に想う

草刈りにでるか、昼から暴走するか、明日以降に備え料理するか? 晴耕雨読の日々、何をしてもいいのに、今日の雨、何をしょうと迷わせる。だから、夜になっても何をしたか分からず、暴走はしてないが、なぜか何もしなかったと焦燥感にとらわれ・・・。指を折りながら何したかチェックしてみた。

午前中、どうやって栽培記録を作るかと悪戦苦闘。紙ではあとで検索しにくいから、エクセルで残したい。今年だけの覚書であっては仕方ない。品種毎はもちろん。いつ何時、何をしたか、それを見やすいように・・・。言うまでもなく、「栽培記録」や圃場の「歳時記」は、じぶんで作るしかない。天気予報すら、観天望気を積み重ね実際と比べ、自ら作らねば、ね。午後になって、買い出しに出て、夕飯などのためにストック作り:

  1. 挽き肉(こっちのスパーではミンチ)を使って、味噌・ニンニク・味醂などを使って、肉みそ。
  2. 出汁殻を使って、フリカケ。昆布をミルサーを使って粉砕。乾かしておいた鰹パック、フライパンで炒って、醤油を回す。ゴマを混ぜて、フリカケ、完成。
  3. 1と2を処理してるまに、ヒジキを戻す。こうちょっとた「松山アゲ」、鶏肉と合わせる。いわゆる「ヒジキ煮」。このとき、大発見。「松山アゲ」の煮上がりの様子! 先日かき揚げうどんを作ったことは話した通り。このときの「タヌキ」の食感、これと「松山アゲ」の煮含んだもの、これらがものすごく似ている。は、はぁ、なるほど、ね。カップのうどんやそば、「かき揚げ」もんが好きなのがわかった、よ。この「松山アゲ」の記憶なんだ。

ここに移ってきて慣れぬことが多い。いや、高知にきて一年たっても、だ。それは路上での習慣の違い。例えば、集落から買いものに出るには、トンネルを二つ抜けなければならない。が、かなりの確率で対向車も後ろからくる車もヘッドライトがつかない。後ろに長蛇の列ができ避ける場所があっても、譲る気配はほとんど・・・。平らなところでは制限速度。が、坂道になると10キロ、20キロオバーで早くなる・・・。えっ? 繰り返すよ、悪口をいいたいんじゃない、慣れない事柄。迷う暇なく安全と感じるようにしてますから。

17時を過ぎた、巷でも店が開く。今日は誰と話した(要件を片付けるじゃなく、楽しみとしての会話ってこと)ろうと思うが、明らか、だよな。そんなもんさと、「ヒジキ煮」をアテに焼酎を引っ掛けだした。

左(一枚目)は26日のカボチャの様子。右(次)は今日。たった一日でこれだけ違う。彼らに迷いはあるまい。よしっしゃ、明日は草刈りじゃ! 雨でもやるぞぉ‼




今日の一枚:夕方紅葉の若葉が雨に濡れながらも輝いてた。若ければ若いほど黄色く見える。苗立ての時は、「黄色い」と世話が悪いと。明らかになにか勘違いしてる。16時ころ家の前の立ち木「もみじ」の葉に、ふらっと魅せられた。


データ化されえぬもの

2016-04-27 07:39:09 | 徒然に想う

ゴールデンウィークが近づくにつれ、近所に鯉のぼりが立ち始めた。先日山へ行く途中なびいてるのを見てて、「一匹、ヘンなのがいる」に気が付いた。鱗が鯉じゃない。背中の方が青く、お腹がピカピカしている。ああ高知なんだと思わせ、その男の子を囲んでる家族のウィットの豊かさが伝わってきて、楽しくなってくる。

どうも藤が盛りになった。9日に街中で見かけてからなかなか山の中では見かけず、ヘンだなと感じてた。確かに弱く霜が降りた日も二日くらいあったから、咲くには早かったのかもしれない。が、先週あたりからはっきり見てとれる。対岸の山肌に、圃場から川を見下ろす視界の中に、花を見つけられなくとも、香りが咲いているなと思わせてくれる。朝一、苗の様子を見に出れば、あたりに漂ってもいる。新緑の次は花々の香りだろか。

昨日今日とデータ分析に関することがTVで取り上げられ気になってる。サイバーデータによる食品の管理、廃棄物の減少。回転ずしの例が上がってた。人数構成、どんなタイミングで何の皿を取ったかなどから、蓄積されているデータに照らし合わせ、次に何を、デザートは何を予測し、回転台にのせるとか。それによって廃棄しなければならないものが大幅に減ったという。空港での話もあった。乳母車や荷車の配置を、やはりデータに基づき、曜日、時間など応じ変える。利便性が向上してるという。アメリカでは、ドラマの制作まで使われてる。ビッグデータによる視聴者の嗜好の分析、それによってヒットするであろうスタッフィング、話の筋などが決まる。これから儲けるためには、このようなデータを使いこなせることが必要になったらしい。見ていて、データを使いこなすことはいい事づくめのよう。だが、果たして・・・。

先日買った冷蔵庫、ドアの開け閉めを3週間ばかり、分析。それに応じ、どう省エネするのがいいか決めてゆく機能を持ち合わせている。毎日の生活にもデータ、データ、データ。知らず知らずのうちにデータがとられてる。確実にこうやって書いたものも、きっとどっかのデータベースにのって、どんな志向を持ちどんな行動を起こすタイプの人間か分析されてるに違いない。感情・感覚もデータ化される? どう描かれているかと興味もあるが、「無意識のうちに、行動が誘導されてるんじゃないか?」と不安をぬぐえぬ。まぁ、ケータイを持ち歩いてる時点でおわり、か・・・。考え過ぎだね、きっと




今日の一枚:昨日の夕飯。野菜はすべて山から。19時ころ、食卓にて。



あ~ぁ、やっちまった

2016-04-26 06:29:09 | 徒然に想う

ショック! シシ肉や仕事を終え帰ったらすぐに料理できるように小分けにしておいた鶏肉、ハンバーグなど冷凍していたもの、すべてダメにしちまった、腐らせてしまった。なんてこと、全く。事の顛末は・・・。

先週金曜日夕飯を作ろうとして冷凍庫を開けると、シシ肉を入れてるジップロックにドリップが出てる。おかしいと思いつつも、停電でもあったかなと様子見。土曜朝、凍ってない。こりゃイカンと、保冷剤とすべてクーラーボックスへ放り込む。昼時に確認すると、保冷材がやばい。スーパーに走り氷を買って帰る。・・・どうしてこんとき電気屋に走らなかったんだろ。日曜、朝まだ氷はしっかり。電気屋が開くと同時に飛び込んで、「冷蔵庫、ください!」。

 

昨日の早朝、コンビニに走る。それからは、もう、蓋の開け閉めは冷気を逃すと、クーラーボックス、はれ物に触るかのよう。夕方になって冷蔵庫が来る。4時間もすれば庫内が冷え使える。夜、クーラーボックスを開けば、あぁ、鼻を近づけると熟成香じゃない。山に上がれば、文旦の花が咲いていたにもかかわらず、ひどい一日の終わり。ここにきて一番最悪な事件。まいった。

 

 

 

 

今日の一枚:巡回を終え、一息。さて今日の作業を始めようと下の文旦の木々を見ると花が咲きだしているのに気が付いた。やったと小躍りしながら、見に下りる。230分探して、やっと撮りやすいのを見つけた。10時半ころ。


春の夢は・・・?

2016-04-24 20:49:27 | 徒然に想う

なぜ、なぜ原発は止まらない? どうして想定していない以上のことが起こることを認めない? それが先進的な解析に基づいた「科学」的なデータに基づいているから、ですか? 

ニュースで「指定避難場所」が使えてないと繰り返してます。どうして? 想定したことに対し準備し整備したので「安全だ」と認定した、その指定を受けたん、ですよね。それが使えないということは、それ以上のことが起きた、というとても簡単な事実、じゃないんですか。つまり、「前もって」想定したこと以上のことは当たり前に起こるのが「自然」、では? それをどうして、認めないんです? 

簡単、ですよ、ね? 規制するあなた方自身が「自然」に対し、それに対処しようとする「科学」のひ弱さを認めてる。その一方、いかなる不安をも凌駕するほどの「ニンジン」を目の前にぶる下げられてる。だから、政治的、経済的な理由、言い方変えれば「私的な」理由で、「NO。ストップ」と言わない。でしょ? 

「自然」がすべてを凌駕する。が、実は、自身わかってないんです。目の当たりにするレタスの苗の力や、挿し木したトマトの力強さに日々圧倒され。そこにきて、支援物資が捨てられている。まっこと、理解できていいとも思うのです、が。圃場にいれば、トンビがそんなに気に病むなと慰めてくれそう・・・。「No」「Yes」をはっきり言わなければならぬ、何を基準にしますか? 名誉ですか。カネ、ですか?




今日の一枚:家のある集落に向かって、11時半ころ。 

 

  


野に、山に来ませんか!

2016-04-23 19:17:07 | 徒然に想う

ちょっと隣町に用事があって、9時半過ぎ軽トラを出す。を出ると、橋があってトンネルを抜ける。すると行く手に川が、町の中心地が見え。そして町を取り囲む山々。ここにいる幸せとこの風景、これらをシェアするにはどうしたらいい? 答え、みつかんねな。まいった、とにやけてしまった。 

バランスが素敵。自然が中心街を囲むように見えるのだが、圧倒的に自然のほうが大きい。やっと川の作ったなろいところに、人間の生活の場が額を付け合わすように広がる。見える範囲を、例えば握りこぶし一つとしたら、中指と薬指の爪を合わせたくらいが、その生活の場。行く先の流れる風景をみてると、人口物しか見えないところのような横暴さ、退屈さ、殺伐感が全くない。大きな空と山々や川の複雑な色合いの中に生活の場が間借りしてるじゃないかと見えてくる。

そこに雲がちょっかいを出すんだ。一つのとこの彩りさえ、豹変しちまう。あぁ、もう! ほんに、見に来てもらわんと伝えきらん。


《そこここに 芽吹きのちから みなぎって》

《春の野に 彩り挑み 負け戦》

若草の エナジー溢れん 野に山に》 

《夏近き 川面にとけゆく 赤きカヌー》




今日の一枚:隣町での用事を済ませ、山に上がる。10時ころ、圃場にて。

追加の三枚:

一枚目

猫たちのささやき、「あのオンチャン、なにもん?」

二枚目

昼はかき揚げ天うどん、昨日の残り。出汁からとって。赤いぽっちはビーツ(間引き菜)からの色。

ラスト

朝食後、昨日作った釜炒り茶を入れてみた。




やってみなきゃわからん

2016-04-23 07:17:03 | 徒然に想う

午前中のこと、K兄がフラーっと畑に遊びに来られた。「カシワギ、ここいらでは柏餅を巻くのに使ったりする」「この木はいかん。触るとかぶれる。」「お茶もそろそろ摘んでもかまんね。こうやって引っ張ると自然と切れる」「プラスティックの桶、日に当てておくとすぐ劣化するぞ」。石垣を自分で直したところがあって、「これえいね。もっと斜めになるようにすると、もっと良くなる。隣の昔の人がやったの、見てみ。ほら」。すぐわきにある石組みを指さしながら比較、指摘してくださった。

「青いうちに、鍋に入れて炒ればいい」。 窪川で試したのは、火は使わなかった。最初に日陰で干す。すると葉が茶色くなって(発酵させるという過程らしい)、乾いてくる。味が紅茶風で、それなりに美味しかった。よし、K兄がおっしゃったやり方、炒ってみよう。ネットで、そのやり方を調べ試す。炒っては揉み、炒っては揉む。繰り返すこと5回。28センチのみゆき鍋いっぱいだった葉が、まとめるとゲンコツ一個くらいに。よっしゃ、乾燥させよう。最弱にした火にかけながら、軍手して攪拌。20分もするとカラカラ、完成! 乾燥に入る前、箸で炒ったりヘラで炒ったりしたのだが、ノウがよくない。軍手でもやってみたんだが、葉から出る蒸気で熱くてたまらなかった。が、乾燥の段になるとほとんど熱くない。乾燥したかどうかいいセンサーだった。ちなみに、窪川で試したやり方もやっていて、比べてみてる。

 

茶の新芽、テンプラでも美味いと聞くも、食べたことがない。テンプラ、やってみる、か。お茶の手摘みも初めてだったが、テンプラもだ。以前試そうと「天ぷら粉」だけは買っておいた。オリーブオイルを中華鍋に多めに入れて、溶いた粉に入れて、ジャ、パチパチ。それはそれは、悲惨なもの。せっかくの野菜、魚が台無しだし、ガス台、床が油だらけ。でも、朝になってみて、うん? あれだけ油っぽかったのに胸焼けしない。オリーブオイル、か。これはリベンジせねば。


実学、経験といっていい実学。これこそ、一番欲しかった。線路が敷かれゴールを目指すのとは、一線を画する。だいいち、日々の生活に生きる、生きてゆく。ある人が言ってた、「本はヒントしかくれない」。全くその通り。やってみなきゃわからんことばかり。まっこと面白い。




今日の一枚:昨日は暑かった。茶摘みをしてて覗けば、トカゲが、若い枝が伸びてる切り株の上で休んでた。15時過ぎ。