二畳庵庵主の戯れ言

一輪の桜に従い野に。ついに2015年、人生の第三ステージの場・高知に立つ。仁淀川に魅せられたオヤジの戯れ言日記。

至高の時間

2010-12-31 08:10:53 | 徒然に想う

金星の光で影ができるという話、もちろんウェブにもたくさん出ているからホントのことに違いない。普段の散歩コースは、都会だから光害があって確認できないのはしょうがない。だが、きっと金星で影ができるのは間違いないと思う。

今朝の空は薄い雲が切れ切れにゆっくり流れていて、星たちを見え隠れさせている。月もはっきり見えたりすっかり隠れたり。たまに薄い雲になると滲んで見える。その左にある金星でも同じ。驚いたのは、滲んだとき月のように光に照らされ雲が光っているように見える一瞬があるのだ。

あぁ、分かっている。神社下の公園に足を踏み入れ、桜並木を歩きだすと、そんな思いにとらわれた。木々に覆われ空が見えなくなった暗闇の中、仕事のことを考え歩いていた。土手を下り桜の木の下に入ると、リラックスしろよと温かな手で抱きかかえられ…。仕事のこと、忘れなさい。私たちを見上げてごらん、楽になるから。

この金星の輝きの神秘を何んとか見たいと思いながら歩く幸せ。それだけでなく、他の星々を見上げる。木の下に入れば、その無数の枝を追いかける。何というのだろう、輝きが無数の目となりあらゆる角度で見守ってくる。無数のの枝が大きな手となり抱き寄せてくる。一時的にせよ、心の中の暗闇や苦しみから解放される、心が和む。今の庵主に取って至高の時間。

 

 

今日の一枚:月に金星、左の方が白んできているのであるが、とらえきれなかったか。6時過ぎの南東の空、神社と家の中間の畑にて。二枚目は神社の入り口。街灯が設置され今夜の準備が整っている。

 


奇跡

2010-12-30 13:28:30 | 徒然に想う
奇跡なんだろうなぁ、とふと思う。

歩む方向に輝くベガに導かれ、虚空を見上げながら何ごともないように進んてゆく。時折なにかにけつまづくが、怖くない。あたりは月明かりがあるがまだ暗い。雲間に金星。

北斗七星とベガの間位だったか、年明け早々に出現のピークを迎える流星群がある。しぶんぎ座流星群。朝方に多くなるというから楽しみ。

流れ星が流れないか…。見れたら奇跡だ。…いや奇跡という程のことではない、な。そんなことより、この時間ここにいて、この風景を見ていることの方が奇跡、かもしれぬ。そんなこと、頭をよぎった。





今日の一枚:月に金星。遊水池にて。五時五分前のこと。

準備万端

2010-12-29 21:04:57 | 徒然に想う
街角では既に新年を迎える準備が整っている。庵主は明日、月末年度末を迎え気が気でない。

仕方ない、そう言うのはこれで終わり。終わりにしようと、新たな年に向け画策中。






今日の一枚:品川駅の本社前。景気を反映しどこかショボい。

闇の効能

2010-12-27 22:36:30 | 徒然に想う

随分星空も変わった。冬の大三角は今にも沈んでしまいそう。春の大三角が南にほぼ正面。東の低いところ輝く、何だろ、明るい星一つ…。

昨日から冷え込んできた。ネックウォーマーをしても、星を見上げる度に隙間から冷気が胸元に忍び込んでくる。だから、出来るだけ体の角度を変えない。南に向かっていて東の空見るときは、歩みを弱め左にからだを向け蟹歩きに上目使い。

あの旅からかえって「変わったのは自分」だと気付いた。それはロンセストン空港に着いていよいよ旅も終わりを実感し始め、やがて成田に向かう飛行機の中で固まっていった。ただ、まだ漠然としたていたが、散歩を再開し、なるほどなと確信した。そう、機内はうす暗く静か。

散歩中何をしているのか。もちろん歩いている。日の出が6時50分だからまだ東の空は夜。月明かりに、ライトは要らぬ。が、何もかも細かなところまで見渡たせない。唯一、耳…。もちろん鳥たち、まだまだ起きてこない。結局、自分自身に目が向かう。そう、暗やみと静けさが己に目を向かわせる。

《凍てつける月の光で我を解く》

今日の一枚:朝は写真も撮れぬ。暗すぎるのだ。工夫しようにも、5時半に家に着かねばならい、余裕がない。一昨日の朝、遊水地での一こま。


4つの情景

2010-12-23 17:12:27 | 徒然に想う

神社下の公園、白や濃いピンクの山茶花がたくさん咲いている。白いのがあって、ちょうど朝陽が川向うのJRの高架の上から顔を出した。透明感のあるきれいな白。写真に残そうと近づいていくと蝉の抜け殻がまだしっかりと二つも付いているのに気付いた。あの暑かった夏を思い出す。

≪山茶花に 夏の思ひで から二つ≫

 

神社で出てしばらく北西方向に進んでいくとまた畑が広がってくる。ちょうどノアの家の側を流れる川に向かう最中だ。道と畑の境にある木にカマキリの卵、多分茶色のコカマキリ。高さは、そう、1メートルくらい。カマキリは雪の深さを予想して産み付けるというが、まさかこの辺りでそこまで積もることはあるまい。あの夏の反動が来て大雪が降ったとしても。

 

夕方の散歩のとき、見つけた。この暖かな冬。ついに春と勘違いしたか、春を待ちきれなくなったか、咲きだしてしまったのがいる。白梅。ちょうど遊水池の畔に立つ野菜直売所の近く、日当たりのいい場所にある二本。一輪や二輪じゃなく、数十にもなる。もっと早くから咲いていたに違いない。

 

夕焼けに、富士山。峰の影が雲に薄らできた、そんな終わりの一日。

 


目線のこと

2010-12-23 09:58:24 | 徒然に想う

カラス、なぜ鳴くの? カラスは…

かわいそうに親ガラスか、連れ添いか。もうだいぶ経っているようだが、わきで一羽。しばらくその様子を見ていた。まことに情が深いと驚きながら、もう何度呼んだところで起きないんだよと呟いた。そんな人間に見られているのがたまらないのか、やがて、ちょっと離れたところにいる仲間のもとに帰って行った。

カラスの情の深さや絆の強さは、以前も書いたことがある。神社下の公園での出来事のことだ。繰り返しはしないが、どうもカラスたちにそのような感情があることがピンとこない。生き物なんだから当たり前のことなんじゃないだろうか。いや、それを人間の「感情」と同じだと考えていいか…。

どうも気に食わない。こういったことを考え出すと、自己矛盾に気付かされるからだ。つまり、どんなに否定しようが、人間という特殊な生き物として上から目線でみている。ヒトだって他の生き物と何ら変わらないと考えても、結局高度な知的水準や感情を持つのはヒトのみだという矛盾する視線を持ち続けている。

人間の目から見れば、鳥たちに人間の感情のようなものはないと思っていいかもしれない。が、それは一方通行、鳥たちの感情や思いをわれわれ人間がもちえないだけのことだあって、人間の基準を入れてはならない。彼らからもしかり、ヒトの世界でのことは理解できない。そうだ、そんなんところをきちんと目を向けないから上から目線のようなものを捨てきれないのかも。

 

 

今日の一枚:ノアの家に向かう桜並木の川沿い、栗の木が数本植わっている。その木と木の間に一羽倒れ、一羽が寄り添っている。朝8時半頃。


忘年会

2010-12-23 00:57:23 | 徒然に想う
《知らぬ間に とき過ぎ去って 忘年会》

一年なんてあっという間に過ぎる。のんびり終電だなんて思っていたら、ギリギリ。ホームで時計を見れば、最終の一分前。

良かった、まだ間に合う。まだまだ間に合う。焦りや短気は禁物だぁね。

しかし、なんだね。高校の悪童山岳部五人が集まる。年より今日が早くなる。くぅー、お酒が五臓六腑にしみわたる。

幸せ、か…。そうだな。




今日の一枚:十二時過ぎ、国立駅で。これで接続を考えると最終。

正体

2010-12-22 18:16:29 | 徒然に想う
ハクビシンじゃない?

遊水池わきの野菜スタンドのおっちゃんが冗談混じりに、くぃものかいって。

えっ、じゃ…?





今日の一枚:昨日の朝、満月が遊水池にゆらいでいた。上の点が本物。昨日送るつもりだった。

準備

2010-12-20 07:30:25 | 徒然に想う
神社に上がると境内に山が出来ている。薪の山、大晦日から元旦にかけ御札や破魔矢などを焼く。展望台のわきには寄付寄贈した人の名前を出す提灯を並べる棚も組んである。

新年を迎える準備。年賀状の図案、完成しなければ…。






今日の一枚:境内の薪の山。昨日の朝はなかった。

化かされた??

2010-12-19 09:55:00 | 徒然に想う

また一つ見つけた、正確には見かけた。散歩に出てちょうど切り通しの坂を下り始めたとき、上ってくる猫だか何か生き物。 猫にしては顔がとんがりすぎている。タヌキ?いやまさか庵主の住むあたりではさすがに無理だろう。よく見ると、額に白い筋。尻尾が細長い。ハクビシン?

しかし、このあたりにハクビシンが住んでいるんだろうか。確かに以前神社下の公園で猫や犬ではない胴体の長い生き物の死体を見かけたことはある。だからまったく可能性は零ではないにしても、ちょっと信じがたい。タヌキ? ハクビシン? タヌキ? どっちだろう。

もし、ハクビシンなら農家さんたちにとって厄介な動物。知り合いのブログには何度もにっくき輩として登場してくる。そりゃ、そうだ。丹精込めて作った、たとえばトウモロコシを荒らすだけ荒らしていくのだから、仲が良くなりようがない。

家でネットで調べると、どうもハクビシンに間違いない。ところがだ、結構ハクビシン、それだけでなくタヌキが23区内でもこのあたりでも生息していているとの報告やブログが見つかった。今朝はなんだろう、何だろうと観察しているうちに崖を登り、朝の暗闇の中雑木林へと消えていって写真に残せなかったが、もしかしたら…。もしかしたらタヌキに、朝から化かされた?

 

今日の一枚:神社に着いたのが、ちょうど日の出時刻6時45分ころ。参拝して展望台に行くと向こうの丘の上、雲との境目に太陽がちらっと顔を出したところだった。