しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

彼のオートバイ、彼女の島  (岡山県白石島)

2024年06月17日 | 旅と文学

この本のおわり、作者の「あとがき」がいい。

ついでに書いておこう。
瀬戸内海のどのあたりでもいいから、ほんのすこし船でいくだけで、いまの日本がどれだけひどい状態にあるかを、全身の痛みのようなかたちで感じとることができる。
おなじテーマで、ぼくはまたひとつ、長い小説を書こうとしている。
コオやミーヨと、どのくらいおもむきがちがってくるか、楽しみだ。
著者

「彼のオートバイ、彼女の島」 片岡義男 角川書店 昭和52年発行

・・・・

片岡義男氏が瀬戸内海の島々の状況を憂い嘆いたのはもう47年も前のことだ。
今の瀬戸内海では、島を一周しても人の声が聞こえない島が多い。
洗濯ものが庭先に干してあるから住んでいる。
テレビの音が聴こえるので住んでいる。
猫がいるから人も住んでいる。
それが現状だ。

島から島へお嫁に行く「瀬戸の花嫁」はおそらく、
広い瀬戸内海でも年間一組もないだろう。
島の人口が減ると、選出議員も当然減ってくるし、政治力も少なくなる。
架橋工事はほぼ無くなった。

白石島は本土から近く、名のとおり白石で美しい島。
「白石踊り」はユネスコ遺産にも登録された。
恵まれた環境にあるが、海水浴はレジャーとしてすたれ、島民の高齢化はすすむ。

 

 

・・・

旅の場所・岡山県笠岡市白石島 
旅の日・2023年2月25日 
書名・彼のオートバイ、彼女の島
著者・片岡義男
発行・角川書店 昭和55年発行

・・・

 

 

彼女の島

「瀬戸内海へ来ない?」 「いきたい」
「八月のね、十四日から十六日まで、盆踊りなの。今年は休みをとって帰ろうと思う」
「どこだって?」
彼女は、島の名前を教えてくれた。
「なに県だい」
「岡山」
「笠岡って、あるでしょ。海ぞい。福山の、ちょっと倉敷より」
「そこから、オートバイなら、フェリー。四十分くらいよ」
「来る?」
「計画をつくる」
「そうね。フェリーは一日に一本よ」

 

 

笠岡の、国道2号線からすぐの、小さな港からフェリーに乗った。
車は一台もいず、大きなオートバイはぼくのカワサキだけ。
ほかに、島の人だろう、ホンダのベンリイのおじさんがいた。
おばさん 女子高生それに、島へ泊まりがけで海水浴にいく人たちで、フェリーは、なんとなく満員の感じがあった。
白く塗った、小さなフェリーだ。

 

 

快晴だ。
笠岡から、美代子の待つ島へ、第五喜久丸というフェリーが、むかっている。
ぼくは、カワサキといっしょに、そのフェリーに乗っている。
うれしい。陽が強い。
とても暑い。
陽のなかに、上半身は裸で、ぼくは立ちつくした。海や空をながめた。
照りつける陽が、ぼくの肌を焼く。


港は、丸い入江のようだ。 
その入口の両側から、防波堤がのびている。
片方の防波堤の突端には、
濃いえんじ色の煉瓦でつくった、小さな夢のような灯台が立っている。
フェリーは、汽笛を、みじかく一 度、鳴らした。
港の奥にも、山のつらなりが見える。
港のまわりを、古風な民家が、まばらにとりまいている。
灯台のコンクリートの台座に、誰か人がいる。
若い女のこだ。フェリーを見ている。
紫色のタンクトップ、片手で髪をかきあげ、もういっぽうの手を、フェリーにむかって振っている。
陽焼けした顔で、にこにこと笑っている。脚が、まぶしい。
彼女が、両手を頭のうえで、振りまわす。
「コオ!」

 

「いいとこだね」
「気に入った?」
「とても」
「よかった。私も、久しぶりなのよ。でも、ぜんぜん、かわってない」
ゆるやかな坂道をのぼっていった。
その坂道の突き当たりに、美代子の家があった。
石を積みあげた塀の中に、どっしりと建っている。大きな二階建てだ。
黒いかわらに、壁の板も、黒く塗ってある。
門を入ると、きれいな中庭だ。
庭の奥には畑が広がり、そのさらにむこうには、樹が何本もあり、
「すごい家だな」
と、ぼくは、思ったままを言った。

 

 


「家にあがって」 「うん」
ここも、澄んだ空気いっぱいに、わけもなく悲しくなるほどの、セミしぐれだ。
濡れ縁の半分を、腸に焼けた三枚のすだれがふさいでいた。
障子をあけると、座敷だ。 
「弟は大阪。両親だけなの。夕方には帰ってくるわ」
夢のような日々だった。
日々と言っても、三日間だけど。
ミーヨがつくってくれた朝食を、彼女の両親と、いっしょに食べる。
ついでだけど、この三日間で、ぼくは美代子のことをミーヨと呼ぶようになってしまった。
もはや、 ぼくにとって、彼女は、ミーヨ以外ではありえないのだ。

 

 

朝食がおわったら、さっそく、海だ。
ぼくは、夏の海にうえていた。
昼すぎまで、海にいる。泳いだり、砂浜に寝そべって陽に焼いたり、満潮のときは沖の岩山へ泳いでいき、瀬戸内海をひっきりなしに往き来する船をながめたり。
昼すぎに、ミーヨの自宅に帰る。
彼女が昼食をこしらえてくれる。母親と三人で食べる。
父親は、島の反対側にあるという石切り場に弁当を持って働きにいってしまっている。

 

 

・・・

この「彼のオートバイ、彼女の島」は昭和61年映画化された。
残念ながら、映画の
”彼女の島”は、
白石島でなく、岩子島が舞台となった。

監督が尾道映画の大林宣彦さんという理由もあろうが、
大勢のロケ部隊を連れて、効果的に近隣で映像ロケをするとしたら
架橋の岩子島の方が離島の白石島より条件が勝っている。仕方ない。

・・・

 

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1 コメント

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美しい海 (killy)
2024-06-17 07:55:34
幼少の頃から海水浴に近所の人と行きました。
井笠鉄道の列車と船に乗るのが楽しみでした。瀬戸内海の広い澄んだ海の色が素晴らしい思い出です。
その後、義弟と長女が数年間笠岡の島で教師をしました。不思議な縁でした。
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