しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

金色夜叉  (静岡県熱海温泉)

2024年06月06日 | 旅と文学

尾崎紅葉は小説に、ずいぶん大仰な題名、「金色夜叉」をつけ
男女の主人公二人を熱海海岸で歩かせる。
大衆演劇が顔負けの「死ぬ」の「生きる」の、と大げさなセリフを何度も繰り返させ
セリフが尽きると、体力で遣り込める。

本も演劇も歌も、たいそうな人気があったんだろうな。明治・大正・昭和と。


熱海海岸で二人の銅像を初めて見た時は驚いた。
”婦女暴行”!
これが文学作品の銅像か!?
どこからみても暴行にしか見えなかった。
また、それほど迫力満点の像ではあった。

・・・

旅の場所・静岡県熱海市東海岸町
旅の日・2015年7月8日
書名・「金色夜叉」 
著者・尾崎紅葉 
発行・岩波文庫 1939年発行

・・・

(岩波文庫の表紙)

 

 

「金色夜叉」 尾崎紅葉 

貫一は蹈留りて海に向いて泣けり。
宮はこの時始めて彼に寄添いて、気遣しげにその顔を差覗きぬ。
「堪忍して下さいよ、皆私が・・・・どうぞ堪忍して下さい。」
貫一の手に縋りて、忽ちその肩に面を推当つると見れば、彼も泣音を洩すなりけり。
波は様々として遠く煙り、月は朧に一湾の真砂を照して、空も汀も淡白き中に、立尽せる二人の姿は、
墨の滴りたるようの影を作れり。


「宮(みい)さん、お前はよくも僕を欺いたね。」
宮は覚えず慄けり。
「病気といってへ来たのは、富山と逢うためだろう。」
「まあ、そればっかりは・・・・・・・」
「おお、そればっかりは?」
「あんまり邪推が過ぎるわ、あんまり酷いわ。何ぼ何でもあんまり酷い事を。」
「操を破れば奸婦じゃあるまいか。」
「何時私が操を破って?」
貫一は力なげに宮の手を執れり。


「ああ、宮(みい)さんこうして二人が一処にいるのも今夜限だ。
お前が僕の介抱をしてくれる のも今夜限、僕がお前に物を言うのも今夜限だよ。
一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。
来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか!
再来年の今月今夜・十年後の今月今夜........ 一生を通して僕は今月今夜を忘れん、
忘れるものか、
死でも僕は忘れんよ! 
いいか、宮さん、
一月の十七日だ。
来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、
月が............月が曇ったならば、宮さん、
貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ。」


「ちええ、腸の腐った女! 姦婦!」
その声とともに貫一は脚を挙げて宮の弱腰をはたけたり。
地響して横様に転びしが、貫一は猛獣などを撃ちたるように、なお憎さげに見遣りつつ、
「宮、おのれ、おのれ姦婦、やい! 貴様のな、心変をしたばかりに間貫一の男一匹は失望の極発狂して、
大事の一生を誤ってしまうのだ。学問も何ももう廃だ。
この恨みのために貫一は生きながら悪魔になって、貴様のような畜生の肉を啖って遺る覚悟だ。」

「や、怪我をしたか。」
寄らんとするを宮は支えて、
「さあここを放さないか。」
「私は放さない。」
「剛情張ると蹴飛すぞ。」
「蹴られてもいいわ。」
貫一は力を極めて振断れば、宮は無残に伏転びぬ。
「貫一さん。」

 

・・・・

 

 

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中将姫     (奈良県当麻寺)

2024年06月06日 | 旅と文学

小学校にあがる頃、絵本を読むことはあったが、漫画も絵本も
男子は侍で、女子はお姫様、とほぼ決まっていた。
それで「中将姫」を知ることはなかった。

中将姫の存在を知ったのは、二十代も後半の頃。
講談社が戦前の絵本の復刻版が発売し宣伝し、その新聞広告で知った。

大人になって児童の絵本を見ると、
子どもの時とは違って、物語の解釈や絵のすばらしさに気づくことがあった。
今でも図書館で絵本をめくることがある。

・・・


旅の場所・奈良県葛城市當麻・當麻寺(たいまでら)
旅の日・2012年10月30日   
書名・ちゅうじょうひめ
原作者・不明
現代訳・小学館の絵本 昭和40年発行

・・・

 

 

ちゅうじょうひめは、
「こう して しあわせになれたのも、やさしい ほとけさまのおかげ ですもの。 
わたしは、ほとけさまが よろこんでくださるような りっぱなにんげんになりましょう。」
と、いつも おもいました。

そして、いちどでもいいから、
ほとけさまのおかおを みることができたら、 どんなにうれしいでしょうとかんがえて、
「ほとけさまに あわせてください まし。」
と おいのりしました。
あるひ、ちゅうじょうひめは、にわのはすいけの まわりをあるいて いました。
いけには、きれいにはながさいて います。 
あおい はに、しんじゅ のような つゆがひかって います。 
ひめが はすをみていると、 「はすの くきを おって、いとを ひきだして ごらん。」
と、いうこえがきこえました。

・・・

ひめが、ごしきのいろにそまった いとをはずしていると、また、
こんな こえがきこえました。
ごしきの いとを、たていととよこいとにして おってごらんなさい。
ひめは、ごしきの いとを はたおりだいのまえにもって ました。
そして、 あかやあおや、くろ、しろ、きいろの はすの いとを、 はたおりだいの
たていとよこいとに、 くみあわせました。

とんから、
とんから。

ひめは、はたをおりはじめました。
かるいおととっしょに、ごしきのきの いとでおった きれが、すこしずつ、でき あがって いきましす。
きれには、ふしぎなもようがあらわれました。

 

 

・・・

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