しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

カストリ雑誌①どくとるマンボウ孵化直前

2020年09月19日 | 昭和21年~25年
後年、有名なった作家もカストリ雑誌に執筆している。



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「北杜夫 どくとるマンボウ文学館」  北杜夫著 河出書房新社 2012年発行


僕の怪談 黄山木精

何しろあのくらいゾッと背筋が寒くなった話はなかった。
それは僕が高等学校の寮に入った時の話。

僕の同室者は奇妙な奴だった。
同じ新入生なのだが、入寮して一週間にもなるのにロクスッポ口をきかない。
顔色は青ざめていて、目はドロンとして気味が悪いくらい。
でも二人部屋の同室者でこいつと一緒に居なければならない。

入寮してから半月ばかりたった、ある夜のことだった。
夜中に僕はふと目をさました。
寝静まりシーンとして、窓から月光が流れ込んでいた。

その時、廊下の方でミシッという音がした。
僕は布団の中でちじこまった。なんだろう、今の音は。
僕は布団がめくられるのを感じた。足の方の布団が。
そして冷たい手が僕の足にふれた。
恐怖で叫ぶ声もでなかった。
僕は生きた心地もなかった。

明け方、ようやく恐怖心が解かれてはじめてきた頃、今度は蚤でもいるらしく僕はあっちを掻き、こっちを掻き、とうとうその夜は眠れなかった。
朝が来た。
同室者は「お早う」と言ったあと、こういった。

「俺は昨夜は蚤がいて眠れなかった。
寝巻にいた蚤をつかまえ、君の寝ている布団に蚤をいれてやったんだよ。
本当に済まない・・・」

僕はあきれかえってゲラゲラ笑いだした。
それからはすっかり仲よくなってしまった。
そいつはどうして素敵な快闊な男だった。

(「うきよ」’49年2月号)



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