昨日の54年前は、青函連絡船「洞爺丸ほか4隻」が函館湾で転覆し、1,430人が亡くなった日。
多くの遺体が収容された七重浜で、慰霊祭が行われました。
転覆させた強烈な台風15号が函館に上陸したのは、私が小学5年の時でした。
夕方風が止んで外に出て空を仰いだら曇り空の中に薄い丸輪郭が見え、それが「台風の目」だったのです。
しばらくすると強烈な風。
当時の道路は未舗装が多く、小石が風に吹き飛ばされガラスを直撃。
何箇所も穴があき、そして停電に。
現在のように早期復旧などなく、暗黒の世界でした。
そのころ、私は母の実家で生活していました。
玄関は3畳間ほどの広さがあって、自転車を置いていました。
後輪が浮き上がるスタンド、後輪に発電機がついていたので夜中中ペダルを踏んで何とか室内は明るくなりました。
大きな風音、飛来物がぶつかる音に恐怖を感じ、早くの夜明けを待ちました。
(次号へ続きます)