梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

マイカー事故

2010-06-08 14:51:55 | 日記
18歳から今まで44年も運転をしているとやはり事故は幾つも遇った、人身は全くなく車同士の物がほとんど全部だ、大体言われている通りに乗り始めの2年位は全く事故はなかった、転職最初の仕事が殆ど車での配達だったので入って2年目に起こしたのを皮切りに、というほど頻々とではないが幾つかの事故を経験した、最初は不忍通りを池のほうから神田に向かっているときに起こした、左側で地下工事を行っていて対面斜線に車半分くらいを出さないと通過出来ない、一旦停止して対向車を確認して右のウィンカーを出し右に車を振ったら後ろから乗用車が対向車線を追い抜いてきていた、車両の左側を此方の右フェンダーが突き飛ばす格好になった、此方が進路を変える時と言うより停止状態からミラーを見ないで発車したのはミスだったが衝突した位置が完全に対向車線だったのでそのまま示談となった、それから何年かした頃なんと2ヶ月に4度追突をされると言う事が有った、と言うと私が急停止をする癖があると思われるのだが、全部完全停止の後数秒後に起きている、最初は確か内堀通りを日比谷から竹橋に向けて移動中だった、その日は雨、乗っていたのはスバル360のワゴン、気象庁の前交差点で車を停止させてギアをニュートラルに戻した時、後方からクラクションがなった、ミラーを見たら小型のダンプカーが車体を斜めに滑らせながら突っ込んでくる、手と足を踏ん張った直後、スバルは前の車に向かって突っ込んで行った、ダンプは砂利を積んでいて泥だらけ、タイヤは見事に坊主でこれでは止まる筈もない。2度目は青山通り、信濃町の方から来た道の交差点で自分は一番中央にいた、これもギアを抜いたとたん後ろから突き飛ばされた、この時は自分に追突した車が更に後ろから追突された玉突きだったがなんとインドネシアの大使館だった、更にその後、芝大門の前で今度は7トンクラスのトラックだった、自分の車すれすれに大型のトラックが止まった、何しろこのところ追突が多かったのでミラーを見ていたのだが恐怖を覚える様な位置に止まったと思ったらその直後に大音響が響きそのまま後方に追突、これは玉突きではなく、重い荷物を荷台の後ろにおいていたが止め方が甘かったらしい、荷台を滑ってキャビンに激突した衝撃で数十センチ車が前に出たのだが余りに近寄りすぎていたので私の車後方にぶつかったのだった、私の車は保冷車で分厚い箱と扉が有って中央にレバーが有る、ここが後方に出ているのでトラックは縦に真っ直ぐな痕がついたが勢いはそんなだったので此方は全く傷が無い、まあ良いかと言う事で連絡先も聞かないで帰ったらこれは大失敗だった、ロックバーの入るU字型の受けが曲がってしまい閂があかないのだ、鉄板は5mmは有る、客先で大奮闘する羽目になってしまった、そして同じ月、今度は246号線を高島屋から上って来て日体大に向かう右折帯で停止、信号待ちの車は4~5台止まっていて矢印が出るのを待っていたら突然左後方から猛烈にな勢いで弾き飛ばされた、大学生だそうだがコロナの新車だった、直前まで気がつかずハンドルでかわそうとしたそうで全くのノーブレーキ、此方は前に書いたが2t車を1.5tで登録しているほど頑丈で被害は少なかったが相手はおそらく廃車だろうし怪我をしていた、自力走行で会社に戻ったら流石に工場長が池上本門寺に車と言うより私をと御祓いに連れて行かれた、そのせいかその後は追突事故には遇わなかった、30を過ぎると全く事故は起こさなかったな