梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

政権と言う言葉

2010-06-03 09:53:55 | 日記
鳩山総理が辞任会見をした、その中で「政権を・・」と言う言葉を使っていたが政府乃至政党が「政権」と言う言い方をすると「固持する、しがみつく」といったニュアンスに聞こえるのは私だけか、マスコミが現内閣を「政権」と呼ぶのはおかしくは無い、政権と言う言葉には「政治の権力」と言うニュアンスが感じられる、確かに今の政治家は権力を欲しがっているが責任を持って臨ん出居るとは感じられない、政治を司るのは日本国家の運営を任されているのだからあるのは権利では無く責任のはずだ、「政権」では無く「政務」(義務若しくは責務と言う意味で)のはずである、政権与党と言う言い方のほかに責任与党と言う言い方もあるが此れを使うのは野党が与党を攻撃する時だけで政権交代したとたん「政権与党」に成ったのでは変る意味が無い、昔の話だが「政治家になると井戸しか残らない」と言われた時代がある、しかし今では政治家になると豪邸と権力が残る、議員報酬が3000万だ、その他の手当もこの金額の比ではない、単純に所得だけでも平均所得の6倍以上だ、しかも経費は別持ちだ、これで国家の憂いが解るわけはない、高級官僚も同じ様な物で両方とも子供の頃から一般大衆の数倍の所得と資産を持った者達が続けている、数年前東大だったか現役でキャリアの資格を取った若者にTVがインタビューをしたら「一般国民の事を考えた役人になりたいと思います」と言うコメントが返って来た、僅か24歳くらいだろう、この時点で(自分は一般国民では無い)と言う意識があるのだ、これでは解るはずも無い、延々と続くと言ってもこんなふざけた形が出来たのは昭和になってからでそれも終戦後だ、明治政府の役人は書物からでしかないが前述の様に「国家に全てを捧げて」政治を行って来た人が多い、確かに今よりずっと地位は高かったがあくまで政治は国の事をと言う姿勢が見られる、いや戦後を見ても悪名高かった田中角栄氏、色々言われた中曽根康弘氏などを見ても昭和の中盤までは悪名を蒙っても「自分の信念はこうだ」と言うスタンスがあったきがする、結果は色々だが少なくとも「総理になる事」が目標では無く「総理で無いと出来ないから」と言う理由で政権を運営していた様に見える、しかし55年は永すぎた、2世議員では苦労も無く親の地盤を継いだだけ、覚悟もポリシーも無い、金だけは余るほどある、貧乏をした事が無いのだ、日本と言う国家が世界でどうなってゆくかも考えて居ない、「今が続けは良い、その中で自分が上に行けば良い」と思っている様にしか見えない、世界は動いているのだ常に先を見て世界の中の日本の位置をしっかりと見据え、日本人が日本と言う国家に生きた事を幸せに、誇りに思えるような政治をして欲しい、まあ選んだのは国民なんだけどね