梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

ひまわりとソフィアローレンとB・BとC・C

2022-07-31 11:21:02 | 映画
保育園の庭にひまわりが咲きだした




ひまわりと言う映画がウクライナの問題で少しネットで話題になった、
この映画は音楽をふくめて昔から好きな映画だった、
封切で見たような気がするが少し後かも知れない、
傭兵としてウクライナに行ったまま帰らない夫の噂を聞いた主人公の女性が現地に行きそこで見た夫は若い女性と一緒に暮らしていた、
小さな子供を抱き上げる姿を見てすべてを諦めてそのまま帰る、
列車は一面のひまわり畑の中を走り続け、彼女は只々ひまわりを見ながら涙を流し続ける、
涙も拭かずに泣き続ける彼女のシーンとひまわりが印象的なラストシーンだった、(記憶に違いがなければ、違ったとしても私の中ではそうなっている)
女優はソフィアローレン、夫を演じたのはマルチョロ・マストロヤンニだった、
このころはイタリアとフランスの映画も多く公開されていて自分はアメリカ映画よりこちらが好きだった、
しかしヨーロッパ映画の女優の顔はどうも私には区別がつかない、やたらに口が大きいと言う印象が強くみんな同じに見える、
ソフィアローレンの主演だと思っていた映画に「刑事」と言うのが有る、
こちらも主題歌の「死ぬほど愛して」がヒットした映画で「アモーレ、アモーレ、アモレミーオ」と言う印象的な音楽だったが調べてみたらこちらはクラウディアカルディナーレだった、
C・Cと言われて映画雑誌ではよく特集されていたが同じ頃のフランス女優のブリジット・バルドーがB・B(ベベ)と言われて同じくらい持てやはやされていた、
彼女の主演映画「軽蔑」はスカラ座だったと思う、ジャンリュック・ゴダール監督の心理映画でジャックバランスが出ていた、
どうやら最近は同じ名前の映画かドラマがあるらしく検索するとこちらが出てくる
またか、と言う印象は否めない、「家なき子」「君の名は。」そして今度は「軽蔑」
作品にインスパイアされて、と言うならそれもあるが、名前にあやかるとしたらあまりに情けない
クリエイターとしてのプライドは無いのか、はたまた。「知らなかった」としたらそれはそれで浅識すぎる、
取り立ててフリークとまではいかない映画好きですら知っている、それを知っての命名なら映画作家としての矜持は無いのか。

ロシア民謡とロシア人と

2022-07-28 10:23:08 | 雑記



多摩堤通りの街路樹は百日紅色んな色がある



黒い瞳の若者が私の心を虜にした・・」

茶色の瞳のスーザンでロシア民謡を思い出した、

10代のころ愛唱歌にはロシア民謡と言うのが有った

都会では「歌声喫茶」と言うのがはやっていて中学の担任になった若い教師が学生時代にそこで歌った歌を授業の時に教えてくれていた

当時若者向けの雑誌の付録にも歌詞の小雑誌が付いてきていてその中にも幾つものっていた、

「雪の白樺林、夕日に映える、

走れトロイカ、軽やかに鈴の音高く」

「カチューシャ可愛や、別れのつらさ、

せめて淡雪解けぬ間に雪に思いをララ掛けましょか」

コサックダンスと独特のメロディーは合唱には向いていてカラオケなんぞなかった時代に

健康な若い男女は野山で、歌声喫茶でみんなで歌ったものだった、

ユースホステルと言う廉価な宿泊施設を使って旅をするのも若者の文化だった、

夕飯の後、知らぬ同士が集まって歌を歌ったと言う

もっとも私自身はこういう旅は苦手で言ったことはないのだが

ロシア民謡で想像したロシア人は素朴で優しく、極寒の大地でも明るく暮らしている人達だった、

しかし、今のウクライナ侵略を見聞きし、またシベリア抑留の事を考えると見事に裏切られた気がするが人々と権力者とは乖離するのはどの国も同じかもしれない

ロシア革命で共産党が政治を司る事になったのだが其れは国家拡大主義になり崩壊することになった、

ロシア皇帝ロマノフ王朝の頃は拡大主義は見られないような気がする

井上靖の「おろしあ国酔夢譚」の大黒屋光太夫の話などをみなどを見てももっと穏やかな感じがする、

むろん農奴たちの厳しい生活があの革命を起こしたことは間違いないし帝政の歪は崩壊する事運命にあったのだが今まで国家を納めると言う事をやってこなかった人間が権力のトップに就くと言う事はやはり歴史から拡大暴走をする様だ

日本も徳川幕府から大政奉還を受けて天皇を祭り上げた薩長に政治を任せてから同じように拡大主義となり肥大化した政権は崩壊することになった

しかしアメリカの拡大主義にへばり付くころで同じ様に「強い日本」と言う妄想に取りつかれている感じがする、

長い年月国家を治めて来たいわゆる「帝王学」を教え込まれてきた連中にとってその権力は継承はしたとしても「自分の力」で手に入れたものと言う発想は恐らくなかったのだろうと思う

しかし、治められていた自分が治める側になったとき「自分の力は絶大だ」と言う妄想に取りつかれ、権力の拡大は止めを知らず、「総てを手に入れる事は当然なこと」と思い込んでいるのではないかと思う

ヒトラーしかり、プーチンしかり、トランプも、自民党「岸一族」しかり

国家を強大にしたのは自分(達)だから黙って自分(達)に従えばいいと言う態度行動が今の多くの紛争と我が国では生活の格差社会を産んでいる

プーチン、習近平などは恐らく一代限り、転落すれば過酷な状況も待っていそうだが我が国の自民党は組織を駆使して継続してゆく、

民主主義を健全に機能させるには今苦しんでいる現役世代と若い世代が白けることなく政治に向き合ってもらう事が重要だ






茶色の眼のスーザン

2022-07-25 13:27:21 | 昭和の頃

朝8時前、暑い!



「茶色の眼のスーザン」と言う花を知ったのは何日か前の事、
デイジーの仲間らしいが明るい黄色が目立つ花の中心に焦げ茶の蕊が有る、
元々スーザンと言う花が有って雄蕊がブラウンなので「ブラウンアイド・スーザン」と言うらしいが花の名前を知ったときはスーザンと言う名前の女の子が浮かんだ、
茶色の眼をした明るくて人懐こい女の子、小さくて元気でよく笑う、7~8歳位くらいの女の子だ、
気を付けてみたら結構彼方此方に咲いていたが今まではあまり気にしていなかったがこの名前をおぼえてからはよく目に入るようになった、
すると可愛い小さな女の子が思い浮かんでくる、花の名前を付けた女の子はいるが女の子の名前の付いた花があるのは楽しい、
そういえばシーボルトが帰るときに持ち帰った紫陽花に彼は現地妻だった「たき」の名前を付けて西洋では「オタキサン・オタクサ」となっと言うが「こげ茶色の瞳のスーザン」はどんな娘だったんだろうかと考えると楽しくなる
33歳か34歳くらいの頃、付き合ったと言うか妙に懐いていた女の子の眼が少し茶色がかった目をしていた、
そのころ行きつけの居酒屋でママさんの知り合いで遊びに来た時にカウンターに入っていた子でまだ19歳になったばかりの子で丸顔に大きな茶色の眼をしていた、
聞いてみたら故郷が青森で何代か前にロシア人の血が混じっていたらしい、
店を出ると部屋までついてきて暫くまた飲んでから帰るような事をしていたが結局何にもなく送っていったりした(酒気帯び運転!時効です)
休みの日に電話が来て川崎のミスタウンにエイリアンを見に行こうと誘いがあってそのまま居酒屋に行ったらママさんに「付き合ったら」と言われたら彼女も「そうしようよ」と言われたんだが何しろ14歳も年下、「オジサンでよければ何時でも付き合うよ」と言う様な失礼な事を言ったが結局そのままでいつか消滅した、
もっと失礼なことをしてしまったがまあここで書くのは差し控えるとしよう
今どうしているか、あの大きな茶色の瞳の還暦の婆さんもちょっと見てみたい気がするが、互いに“会わぬが花”か、

惜別の歌、藤村と啄木と女性と

2022-07-23 15:02:39 | 昭和の頃

百日紅が咲き始めると夏が来る、

遠き別れに たえかねて
この高殿(たかどの)に 登るかな
悲しむなかれ 我が友よ
旅の衣(ころも)を ととのえよ
別れといえば 昔より
この人の世の 常なるを
流るる水を 眺むれば
夢はずかしき 涙かな
君がさやけき 目のいろも
君くれないの くちびるも
君がみどりの 黒髪も
またいつか見ん この別れ
君が優しき なぐさめも
君が楽しき うた声も
君が心の 琴の音も
またいつか聞かん この別れ
惜別の歌は中央大学の寮歌だそうだが私は小林旭の歌で知った、作詞は島崎藤村である、
二番の部分は恐らく女性を意識しての詩文で学生寮歌だから卒業の別れを意識していたのだろうが愛おしい女性の美しさ、嫋やかさが綺麗な文章で歌われている、

石川啄木の詩に「君が花」と言うものがある
「君くれなゐの花薔薇(はなそうび、
白絹かけてつつめども、
色はほのかに透きにけり。
いかにやせむとまどひつつ、墨染衣袖かへし
掩へども掩へどもいや高く
花の香りは溢れけり。」
おなじ様に女性の美しさをうたっているが本当に優雅に想う女性を歌い上げている
昔の女性はこのように美しく嫋やかであったのだろうか、
それとも天才の感性がずば抜けていただけなのか
未だ自分が生きて来た昭和の時代はこういう詩に感激する気風があった気がする、
むろん、そんな美しく優雅な恋愛は出来るわけもなかったが偶々そんなに思い焦がれる女性が居なかっただけなのか、
はたまた現実の壁の高さにすっかり諦めて自分にあったところで妥協していたのか、
それでもこういう詩を見るとそんな女性にと言うよりその心情にあこがれたものだった
社員寮の同僚が同じ職場の女工に片想いをして、失恋しある日睡眠薬自殺をしたことがあった、
明るく剽軽な奴だったが失恋した相手の女性は社内でも結構有名な遊び人だった、
彼にとっては藤村の歌の様にあるいは啄木の詩の様な存在だったんだろうな
男女の関係はプラトニックから男女の関係になってから本当の恋愛になる
それは甘酸っぱい詩の恋情からより激しい恋情に変わるが同時に嫉妬や感情のぶつかりあいをもたらしてドロドロとした関係に変わる
その時になっても「きみ紅の華薔薇」であり続ける関係もあるだろう
しかし、「百年の恋も」冷めると言う事も多々あるだろう、
それでも男は惜別の歌の様な別れにあこがれて、勝手に思い出を作る、
「恋愛と結婚は別よ」と言う話をよく聞く、どうやら女性達はもっと現実的の様だ、


野辺の花、紫露草はささやかに咲いている


民主主義の根幹を揺るがしていたのは

2022-07-21 09:43:40 | 雑記
茶色の目のスーザンと言うらしい

オオハンゴウソウと言う花の仲間とWik[de

安倍元総理の銃撃事件で「民主主義の根幹を揺るがす」と言う様な言葉が民主政権から数多く発しられた、
その事に違和感があると言う発言も多くあるが我が国ではあまりない過激な事件だったせいもあってそのトーンは上がらない、
しかし、投稿にもあったが「民主主義の根幹」を揺るがし、逸脱してきたのは間違いなく現自民党政権であり、その発端は間違いなく第二次安倍政権だ、
「与党は野党の言う事は全然聞かないから野党を当選させても意味はない、」と選挙演説で言い放つ現職大臣が居る事は「議会制民主主義」を無視し、否定している、
これだけでは無い、いかに野党が「議論を尽くせ」と言っても数回の討論で「充分に議論を尽くした」と強行採決を繰り返し、「国は国民に知らせない事はある、その理由は知らせる必要はない」と特別秘密保護法を成立させた、
お手本にしたと思うアメリカ合衆国ですら40年たったらあらゆる機密事項は開示するとなっているのに「永久に開示しない」として成立させている
この事だけをとっても「民主主義」の少数意見の尊重、議論を尽くしてこれ以上は採決しかないと言う時にのみ多数決で採決する、
極端に言えば49対51でも決は決だが当然その割合を勘案して時限であったり経過措置をとり平等を目指す
政権は安倍元総理の銃撃を自民党に対する政治批判だとその矛先を変えている
しかし加害者は「安倍元総理の政治思想には何の思いもない、あくまで私怨の犯行だ」と言っている、
安倍政治に対する批判の為に行った凶行ではないと言っているのだが自民党はそれを安倍政治(自民党政治)に対するテロ行為だとして批判の盾にしている
安倍晋三氏を悲劇の政治家としてカリスマ性を創生し世論を感傷的に誘導している
しかしこれでも批判が収まらず過去8年の政治手法に国民の批判が集まったら恐らく自民党はすべての責任を安倍晋三氏に擦り付けて自らの保身に走るだろう
タレントが何人か当選した、一人はドバイに住んでいて帰国したら訴追される恐れがあるそうだ、
比例代表制と言う当人の資質とは関係なく国会議員としていわば議席数合わせの人間に年間数千万と言う税金を投下するような選挙制度を作ったのも自民党政権だ
選挙制度を選ばれる側の国会議員が制定すると言う方法は改めなければならないだろうが其れを決めるのも国会議員だ、
やり場のない怒りを若い有権者がどうにかしてくれないか、高齢者が多いと言ってもその大半は「長いものには巻かれろ」と言う世代と保守政治で甘い汁を吸ってきた老獪な連中だ
今困窮している現役世代と更に困窮する可能性のある若い世代に望みを託すのみだ