梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

骨だけ太くしても頑丈な肉体とは言えない

2023-09-30 11:26:41 | 雑記
安倍内閣に続いて岸田内閣が「骨太の政策」と提唱している
国家を人に例えてまず骨格をしっかりさせてと言う事なんだろう
しかし安倍・岸田内閣の言っている骨格とは「政・財・官」である事は明らかだ、
体で言えば確かに骨格が貧弱なら負荷負担に耐える事は難しいかもしれない
しかし負担を担うのは筋肉で有り、負荷の痛みに耐えるのは皮膚である
そして活動を担うのは内蔵でありこれらはすべて「政財官」の連中ではなく社会を動かしている国民、納税者である
治めた血税は文字通り国家運営の血液である、それを産んでいるのは「骨格」を自認・自負している「政財官」ではなく心臓で有り消化器官で有り循環器官である納税者である
政財官を太らせ、強靭にしたところで内蔵も筋肉もボロボロになったら血液は減り、薄くなる一方だ
働く筋肉を養い、増やす政策こそ日本と言う国体を強靭にする政策ではないか
「少子化問題」の根本は「骨だけ肥やし、筋肉の増加を全く鑑みない」その方針に集約している事に気づかない限り解決はしない

道路交通法77条には抵触しないが、政治信条がいくら立派でも不快は不快だ

2023-09-28 09:13:07 | 雑記
国道上にかけられた横断歩道上で朝の時間帯にある政党の区議が通勤者に街頭演説をやっている
支持者と思われる年配の男女が脇に並んでパンフレットのような物を配っている
そのうち70代と思われる男性が一人、歩道中央でよけて歩く通勤者にビラを突き出すようにして渡そうとしている
何度か見ていたので「通行の邪魔になるから脇によったらどうだ」と声を掛けたら「邪魔?」と顔をぐっと近づけて「そんな事誰も言わない」と私の前に立ちふさがる
「皆いそがしんだよ、」と言って立ち去ったが今日また同じことをやっていた
他の支持者に「許可を取っているのか」と言ったら演説者本人が「許可は要らない、交番に行ったらどうですか」と言って来た、まあ、食って掛かると言う言道では無いが「警察を呼んだらどうだ」と言うのはかなり傲岸な態度な態度だ、
まだ若い30代の議員だった、私はこの政党の支持者と言うほどでは無いが選挙ではこの政党しか投票していなかったが残念だ、
無論政治信条とは無関係な事だからそれで支持を離れようと言う気はないが
実はその前の時チャットAIで調べてある
”政治的演説に関する規制については、公職選挙法に基づき、選挙期間中に限り、一定の規制があります1. 例えば、街頭演説を行う場合、その標旗を掲げる必要があり、参加する選挙運動員などは腕章を着用した15名以下だけに規制されています2. また、街頭演説は同時に1カ所でしかできず、可能な時間帯は朝8時~夜8時までとなっています3.
選挙期間中でない場合、政治街頭演説には時間制限はありません。ただし、ビラ配りに関しては、道路交通法第77条により、所轄警察署宛に「道路使用許可申請書」を提出し、許可をとらなければなりません.
以上、参考になれば幸いです。”

改めて道路交通法77条を確認すると確かに警視庁HPでもビラ配りは使用許可の対象ではない
しかし通行人に手を突きだして無理強いする行為は質の悪い飲み屋の連れ込みに近い、
風俗なら都の迷惑防止条例に抵触するが要件は「悪意を持って」となっているのでまあそうはならないのだが見ていて不愉快になる行為で支持政党のない人達にとっては(何だこの政党は)と言う逆効果にしかなるまい
不快感は会社に着くまで続き何時も計っている血圧が上下とも20mbも上がってしまった!まったく迷惑だ

貧乏生活の話、野生の証明

2023-09-27 15:28:04 | 雑記
終戦直後の貧村では貧乏は略常態である
まともな食事は殆どなかった気がする
貧農村と言っても農村である、流石に「配給米」を利用していたのは我が家の外やはり敗戦疎開の「Hさん」と2軒だけだった
姉二人と自分、両親の家族では配給米では間に合わない、米の外に麦の配給手帳が有った
押し麦と言う平べったい真ん中に黒い筋のある麦が何キロか買える
未だとダイエットと健康に良いと通販で売っているが当時は白米に混ぜて増量する、
小学校の給食が始まるまで米だけのいわゆる「銀シャリ」は見た事もなかった
それでも足らなくなると同じく配給だった小麦粉で水団を作る、具材は野菜だけの出汁の無い水団である
お袋が「無くなるときはみんな無くなる」と言う調味料は醤油が切れれば替わりに味噌を使うので当然みんな切れてしまう
ご飯に薩摩芋を入れた芋飯もちょくちょく出た、これは東京生まれの義兄も当時たべていたらしく「だから薩摩芋は惨めな思いが有るから」嫌いだと言っていた
何時でも空腹の私はお蔭で胃腸だけは頑丈である、当時腹を満たした野生の果実を並べてみる
春先の好物は虎杖の新芽
山の草むらで一生懸命に採った草苺、野イチゴと言っていたがこれはお袋がジャムにしてくれたがパンはめったに手に入らない
春と秋両方実る、ぐみ
山桃
秋はアケビ

随分豊富だったな、良い思い出だ、
とても貧しいと言うラインナップじゃあない


貧しさの話

2023-09-24 11:23:29 | 雑記

近くの空き地にある立て札が前から気になっている、
70~80坪程度の空き地には「八幡神社参拝者専用駐車場」と書かれている
しかしこの辺りには神社は見当たらない、
スマホで見てもさっぱりわからない、
いったいどこにあるのか気になって仕方ないのだが全くの住宅地で人に会う事も殆どないので聞くことも出来ない
廻りは鋼線でぐるりと囲まれていて空いているところが無いのでどう見てもパーキングとして機能していない
参拝者が宮司さんに言えば開けてくれるのかもしれないがだとすればかなり大きな神社になる筈だが
この辺りの大きな神社と言えば六郷神社か八雲神社だが何方も境内に大きな駐車場がある
やっと朝晩が過ごしやすくなってまた歩き出したら雨朝顔がびっしりと巻き付いて花を開いていたのでUpしてみた
前回の続き、貧しいと言う事の悲しさを感じるのはドラマや小説のシーンだった
ちょっと前のTVコマーシャルで親子の会話、「お腹すいたね」と言うと「そうだね※※を食べようか」と言うシーン
しかし思い出すのはなんのドラマだったか覚えていないが小さな子供が「お腹すいたね」と言うと母親は「ごめんね」と子供を抱くシーンだ、
貧しいと言うのはこう言う事なんだと言う事が幼い子供が「お腹が空いたね」と小さな声で話し、それに何もできない親の「ごめんね」が痛いほどわかる
生まれた境遇で三度の食事も欠けると言う生活を強いられる子供たちが居る、そしてどんどん増えてきている、
しかし連休には家族で海外に10日以上も言って来た家族をTVで見る、幼い子供が「楽しかった!」と画面いっぱいに笑顔を振りまく
「お腹すいたね」と言う子供に「ごめんね」と謝りながら母親はどういう気持ちで見ているのだろうか
格差を何とかしなければ日本社会は崩壊するのではないだろうか



貧困と貧乏とニヒリズムと

2023-09-23 11:23:28 | 雑記
生まれも育ちも筋金入りの貧乏だった、赤貧洗うが如くと言うがそんなものだったのだろう
今新聞その他で問題になっているのは「貧困問題」と表現されているが私にとっては「貧」ではあったも「困窮」と言う意識はあまりなかった気がする
昭和20年代から30年代の日本は殆どの家庭が貧困状態だったんじゃないか
特に狭い山間の農村は当たり前の生活が今から考えれば「貧困」何だろうが兎に角「貧乏」だったと思う
尤もあの村から出たのは中学を下りてからだから外の事は解らない、
お蔭で自分の貧乏加減は相対的に左程格差が有ったとは感じられていなかった
しかし、貧農の村において田畑が無いと言う我が家の貧乏は根本的な食い物に直結する貧乏だった、
それでも自分の中では「貧しい事が苦しい」と言う事と直結していなかったのは年がら年中(腹減った)と言うのはどの子供は腹を減らしていたので特別辛いと言う意識は無かった気がする、
江戸時代じゃあるまいしと思うかもしれないがその頃の村落はそんなもんだったのである、
腹が減ったら野山の果実、葉っぱ、花など何でも食べる、
時々は畑からその時期食べられるものを戴いて腹を満たす、薩摩芋、大根は洗えば生でも十分に喰える、しかし里芋とジャガイモは生では旨くないし腹を下す、
夏になると胡瓜、トマト、甜瓜、時には茄子と結構食えるものは多い
秋には柿、山栗は勝手に生えているので林間に落ちているのを拾って来て生のまま渋皮を肥後守でこそげ落として食べる
初冬には蜜柑が取れる、蜜柑は出荷する様な良い物は避けて摘果するような物を選んで食べる、
大人もある程度見て見ぬふりをする、どこの子も同じようなものである
「昼になるとそっと抜け出して水で腹を満たす」と言う事を見たが自分の小学校入学当時は未だ給食が無かったので弁当が持てず、蒸かした芋2~3個と言う生徒も何人かいた、
我が家はそれすらない時もあり昼時に校庭で時間を潰した事もあった、外に出たら5歳上の姉がいた事もあった
自分にとっては懐かしいに近い思い出だが姉にとっては惨めな思い出だったようで大人になった頃随分親を恨んでいた様だった
貧しく生まれ育ってきたのであまり貧しい事が「貧困」と言う意識にならなくていつも(こんなもんだろう)と生きて来た、
恐らく結婚をしていなかったらずっと貧乏のままのんべんだらりと生きて来たんじゃないのかと思う
金が無くて飯が喰えないのはずっと「普通」だった、
だから今は何時でも不幸ではない、特に幸福と言う訳でもないが(経済的にである)
連れ合いには苦労をさせるわけにはいかないから頑張る程度の問題でもし一人になったら多摩川の川原で野垂れ死にも悪くないかなと思う事もある
破綻主義者と言う訳でもないがニヒリズムにどこか憧れが有るかもしれない