仕事で生まれ育った村の近くにちょくちょく行く機会が増えた、実質1~2時間の仕事だが結局1日潰れてしまうのでその度に生まれた村を見に寄ってくる、何と言う事もないのだが時間つぶしとやはり近くに来たからと車でぐるりと走って来るのだが平日の昼間は誰も居ない、十回以上そうしているのだが人の姿を見たのは2、3回だ、
私が生まれた家のあった場所は小さな家が建っている、ずいぶん前に聞いた話では何処かの人の別荘だそうだが自分としては(こんな所で)としか思えない、しかし何はともあれ自分が生まれた場所にはもう立つ事が出来ないのは間違いない、だから故郷に戻ってみたと言っても結局は村の中を見て回るだけになる、
当たり前だが随分変わっている、細かった県道は舗装されて広くなり、曲がりくねった所は直線に付け替えられて遊んだ山道も分らなくなっている、同級生の家も数軒は無くなっているが近くに立派な家があるので道の移動とともに引っ越したのかもしれない、時間の関係かもしれないがとにかく人は見えないので分らないがまあちょくちょくと知り合いに会う事になったらそれはそれで行かなかっただろうなと思う、
通った学校から家まで4km位ある、その間に3軒ほどあった店はもう一軒もない、学校そのものも小学校は残っているが中学校は無くなって市の施設になっていた、
無くなった中学校の手前から県道は別れて西の方角に行くと当時仲のよかった級友の家がある、中学を降りて東京に出た翌年に市内に引っ越していた父親が死んでしまい帰郷すると言うと級友の家に世話になっていた、そのせいか田舎の思い出ではどちらかと言えば友人の家の方が多い、我が家での思い出と言えば殆ど家事の思い出で遊んだと言う記憶がないが彼の家ではのんびりできた、
実を言うとそれ以上に楽しい思い出になっているのには理由がある、彼に4歳下の妹がいて自分が東京に出た時に中学に進学したのだが自分は末っ子だったのでこの妹が本当に可愛かった、と言っても16、17となって来ると妹と言う感情から別の感情に変わってくる、彼女もたぶん同じ様な幼い恋情の様なものを抱いていたと思う、それは友人もそしてその両親も認めるような関係で彼女が就職してもしばらく続いた、
友人が結婚た時彼の新婚旅行を見送った後彼の家に泊まる事になり(上京した後はずっとこの家に泊まっていた)両親から「次はお前たちだな」と言われていたのだが踏ん切りがつかないまま自分が30歳を超えたころ彼女は知らない人と結婚した、
自分が36歳になって遅い結婚をした後級友の奥さんから「彼女が亡くなった」と連絡を受けた、ずっとその罪悪感を抱いていた、彼の家の所に行ったがすでに級友は市内に家を建てて両親を引き取ったのでその場所は空き地になっている、
とそこに立って見ると(こんなに狭かったのか)と言う位の空き地である、家の前には狭い道路が通っていて道を渡ると小さな畑が有る、その先に狭い川が流れていてそこから大きく湾曲し家の脇に回り込む、だから家のすぐ前は手すりもない木の橋だった、
当時は結構幅があると思ったが今見ると沢に近い、彼女はよくその川で洗濯をしていた、
そこから少し奥に行くと神社がある、此処には彼女との記憶が有る、神社だけは全くあの頃と変わっていない、大きな樅の木もそのまま立っている、木の前で写したモノクロームの写真がある、
くすんだ神社の板壁も灰色に褪せた瓦屋根もここだけは40年前と変わっていなかった、おかしなものだ、生まれた場所には何の感慨もないのだが此処に来たらふと(ここで一晩寝てみようか)と思った、もし彼女の亡霊でも出てくるならそれでも会って見たい気がする、