梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

暑い夏、熱い不信

2022-05-29 13:14:38 | 雑記
急に暑くなったが政治ニュースは血が熱くなる
岸田内閣が「健康保険とマイナンバーカードを紐付けしたがなかなか普及しないので今後は「保険証は廃止の方向も視野に入れる」と言い出した、
私はマイナンバーカードを取得していない、世間は政府がいろんな特典を付加してもなかなかどころか全く効果はない、
マイナンバーですべてが管理できるので利便性が良い、と言うのは間違いないがそれは“政府にとって“都合が良いと言う事、
政府に完全把握管理される危険性を考えれば我々はその程度の不便さは十分我慢ができる、
なぜ、我々が頑なにマイナンバーカードを拒否するか、今の自民党政府が全く信用できないからに他ならない
「マイナンバーカード登録をしなければ健康保険は使えなくする」と言う事はその「政府政治不信」を的確に現している、
国民の健康と生命を質にとって「国民総番号制」による国民管理、個人の情報をすべて筒抜けにしていつでも恣意的に運営できることを「保険証廃止」事例は的確に示している、
これに「緊急事態宣言法」が組み合わされば政府はいつでも個人の人権を停止できるわけだ、
財布の中身は見られて困るほど資産のあるやつらが恐らくこれを決める連中だけで殆どの国民は「財布の中身を理解したら税金を免除しろ」と言う様な人がほとんどだろう、
しかし「政府の言う事を聞かない輩は病気になっても医者にも行かさない」と言う事だ、
「政府の決めた“マイナンバー登録”をしなければ保険は利かなくする」と言うのがまかり通るのか?
こんな事は歴史的にも世界一般的にもあり得ない、税金も保険も年金も国民が安心して生きることの為に不可欠なシステムだがそれをすべて握り、国会と言う国民の総意を代表するべく組織が正反対の事を堂々と、得意げに国会で発言する
何処かの知事ではないが「どげんかせんといかん!」またこの連中を国会に立たせ続けるのか、
残る人生はそれ程長くはあるまいがこのままでは死んでも死に切れんぞ、ほんと
初夏の花、山百合

鬼百合

この花はグーグルレンズによると「ナポリの韮」というらしい

これはバックを抜いたらハレってしまったがいい感になった




モノクロームの思い出はカラー化してはいけないかも

2022-05-27 11:16:09 | 昭和の頃
ダウンロードした画像ソフトにモノクロ写真をカラー化するという機能があった、
少し前から古いフィルムをスキャンして画像整理をしているのでモノクロのネガが結構ある、
17歳で最初に手に入れたカメラはミノルタハイマチックセブンでフィルムは「ネオパンSS」と言う富士フィルムのモノクロだった、
亀戸の日立製作所に勤めていたので東武亀戸線で浅草に出ることが出来るので何度も撮影に行った、
しかし、感度100のネオパンでは夜景はかなり苦しい、手持ちなのでやはりブレてしまったが仁王像の写真と本堂の古い写真が出てきたのでカラー化をしてみた、

ITが判断して自動カラー化なので果たしてこんな色だったのかわからないが全体的に明るい画像になった、


もしかしたら元のモノクロームの方が雰囲気があったのかもしれない
何枚か加工しているうちに交際をしていた女性の写真が出てきた、
結局自分の幼さで別れた(振られた)のだがカラー化したら甘酸っぱいという陳腐な表現にまではならないがちょっと後悔をする、
まあ十代のころの話、そのままゆく筈もないがもう少し続いていたらと考えたがさっぱり想像が出来ない、
おかげで今の女房と一緒になれたのだから結果はよかったのだろう
悔い改めるのはそれからの人生に(この場合は恋愛にか)役立つが“悔い悩やんでも”どうなるもんでもない、
いつだって結果は最良だ、そう思わなきゃあ人生つまらない
バスから真っ赤な花が見えたので行ってみたらブーゲンビリアだった

こいつは見た通りの”ブラシの花”らしい、たぶん正式は名前は別にあるんだろうな



絶対に何も生み出さない投資、それが戦争だ

2022-05-24 14:15:59 | 雑記
いずれ菖蒲か杜若

初夏ですね


岸田総理が「防衛費をGDP比2%になるように相当、増大する」と発言、それにバイデン大統領が歓迎の意を唱えたという
それはそうだろう「防衛費の増大」ということはアメリカの軍需産業に莫大な利益を進呈すると言う事だ、
価格交渉のできない一方的な取引でかつ確実に消耗するだけの買い物だ、
日米安全保障協定と日米地位協定は占領地域の統括協定とも取れる不均衡な協定でいまだに「敗戦国条項」が残った状況だ、
本来ならあらゆる国からの武器を検討できるはずだが実際はアメリカ製の武器を言い値で買わされている、
アメリカの兵器会社はおそらく日本に売るほうが利益は大幅に多いだろう、
かと言って憲法に規定された戦争の放棄は軍需産業を禁じている、とは言っても国産兵器はずいぶん有るのだが輸出は当然出来ないし岸田内閣の言うような敵基地攻撃能力のある兵器は先の大戦で懲りている欧米諸国と近隣のアジア諸国も許すわけもない、結局は我々の血税はアメリカの軍需産業を肥え太らして行く訳だ、
冷戦が終えて世界は軍縮に向かって少しづつ進行してきたが今回のロシアウクライナ侵略でまた「戦力のバランス上の平和」に戻ってしまった、
一本の柱に支えられた円盤に互いに武器を積み上げてバランスをとる、どんどん積み上げて円盤は円柱のように高くなり更に均衡をとるのが難しくなってくる、
そして何かの拍子に崩れたら円盤は奈落に向かって崩れ落ちると言う事を百も承知で引くに引けなくなって来た、
東西バランスが崩れた時、その愚かな競争から抜け出す機会だったのにロシアはまたあの混沌に逆戻りをした
この事を容認したら安心して同じことを起こしそうな国が幾つも出てくる、
そうなってから抑え込もうとすればおそらくハルマゲドンに突入する可能性が高い、
ウクライナ侵略は全人類で「No!」と言い続けなければならない、
勝ち負けではない、これからの地球の存続と人類の栄光の為に

戦争は外交の失敗である

2022-05-19 12:16:18 | 雑記

政府が「国家安全保障戦略」の年内改定に向けた有識者会合を行ったと言う
その中身は有識者の2/3は自衛隊・公安・タカ派議員で占められ、更に内容は非公開だと言う、折木良一元統合幕僚長は「政治や外交、経済など総合的に抑止力を高めないといけない。その中核は軍事力だ」と発言したそうだ、
幕僚長と言う経歴から「軍事力」を一番と言うのは当然な発言だが世界の中の国家戦略の中核は軍事力では無く「外交」である事は当然の事で「軍事力」が出てくればそれは「外交戦」に負けたと言う事だ、
「軍事力が国家の中核」と言うのは日本が泥沼に突き進んでいた大日本帝国国家の時代でそれは「間違いであった」と言う事は昭和20年8月14日にポツダム宣言を受諾した時点で認めている事実だろう、
間違いの戦争を始めたのが日本帝国軍でそれが日本の政治を牛耳った結果である事も間違いない事実である、
戦争は、外交の失敗以外の何物でもない、と言うのはドラッカーの言葉の様だが彼は経済学者(経営学者と表記されているが)あるが経済と言う観点から政治を見ても「戦争」は経済と政治に大きな負担をかけ、後退させる、それが勝とうと蒔けようと、
それは現在のウクライナ侵略戦争を見ても一目瞭然だろう、ロシアの戦力は凡そ1/3が壊滅し経済は恐らく半減し、これから数十年はこの傷の回復に要するだろう、当然ウクライナも世界中から援助を受けたとしても元の経済を取り戻すにはやはり数十年を要する事は間違いない、
此れを見て「経済、政治国家の中核は軍事力である」と言えるだろうか、彼の言葉中に「外交」が入っているが外交を守るのに軍事力を使うと言うのは恫喝以外の何物でもあるまい、
大日本帝国の考え方がなぜそうなったか、恐らく「日清・日露戦争」の勝利が有るのだろう
しかしそれは日本が強かったのではなく当時の清国はヨーロッパ列強との戦争で疲弊しているうえ、日本はその列強の尻馬に載っての勝利、日露戦争は国内に革命運動の火種を抱えた状態の上、今のロシアと変わらず大国の自信過剰が自己崩壊を起こしていた為で「日本が強いから」では無く「相手が弱かったから」の勝利に過ぎない、
それを日本帝国軍は「我が国は神の国で最強の軍事国家」だと勘違いし、大国(経済的にと言う意味で)アメリカに噛みついた結果の敗戦だ、
国を守るのは戦争を如何に避けて、日本を保つかと言う外交戦と経済基盤の強化が本来の経営で「戦争の放棄」は全ての国が守れば戦争と言う究極の浪費が人類の幸福に回す事が出来るだろう
未だに同じ様な自大野郎の連中国家の安全を語らっているのが実に怖い

自殺考・孤独死と「都会の孤独」

2022-05-17 15:25:03 | 雑記
入梅の発表は無いが今日は梅雨寒、薔薇がアチコチで咲き誇っている
バーボンの名前の黄色い薔薇

淡いピンク

赤い薔薇はあちこちにあるが臙脂に近い赤は珍しい

映画音楽で「薔薇の入れ墨」と言うのが有って好きな曲だがイメージはこんな色かな

Freesia Laxaフリージアの仲間か

都会の孤独と言う話がある、
雑踏の都会で誰とも繋がらず生きると言う事をそう言うらしい、
廻りには多くの人がいるのに誰とも繋がれない、(自分は独りだ)と強く感じてしまうのだろう、
自分はどうなんだろうと言えば確かに常に友人は居たがそれは職場の関係が殆どだった
20代のころ、まったく職場とは関係のない遊び友達が居たがあくまで遊びの上での友人で悩みを話し合うとか言う深い付き合いは無かった、
親は17歳までには他界し、兄妹は既に世帯を持っていたので其処では「他人」でしかない、
それが当たり前に暮らしてきていたので「孤独」と言う様な認識は無かった、
まあ性格ともいえる、基本的に遊ぶのは独りで放浪する事が好きで友人と行動を共にするのは酒絡みの付き合いだけだった、
そんな事を言えば怒る奴もいるかも知れないがこの歳になったらほとんど会うことも無いので知る事もあるまい、
孤独感から自殺を考える人がいると言うがそれは{都会}と言う混沌の中の隔絶社会だからかもしれない、
生まれた土地から離れないで済み続けている人にとっては「孤独感」と言うのは無いのだろうか、
30代の終わりころ気の迷いで同窓会に出た事があった、
その時に感じたのは田舎社会でずっと生き続けている連中にとっての人間関係は小中学校の時から全く変わっていないと言う事だった、
当時の餓鬼大将、昭和後半で言う「番長」とその子分達は其の儘宴会の席に残っていて番長の廻りには腰巾着だった奴が座り、酒を注ぎ、そのグループから目を付けられていた自分には同じ様に横柄な口きく、
社会的地位がどうなっているのか興味もないので聞きもしなかったのだがあれを見ると村社会では「孤独」を維持する事はかなり難しい、
都会に出て孤独にさいなまされても尻尾を巻いて帰るのはもっと苦しい、啄木ではないが「帰る所にあるまじや」である
都会に居場所が無くなったらホームレスか、行路死亡人か、自死しかないのかもしれない
ボランティアで救えることが出来るのは手段であっても心は救えるのは難しいだろうな、