梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

黒いチューリップ

2011-04-30 08:41:11 | ぶらり
去年の6月頃昭和記念公園に行った時、黒いチューリップがあったのを思い出してこの連休で行って見ようかと二人で話している、
「黒いチューリップ」と言う映画が有った気がして調べてみたらフランス映画であった、原作はアレキサンドル・デュマだった、親子で作家で此方は「大デュマ」と言うらしい、聞いた名前だと思ったが「三銃士」の作家だった、主演はアランドロンらしいがが見た事は無い、その他に漫画もあるらしいがこれは知らなかった、
黒い花はと言うのは何か雰囲気があるのか昔から色んな種類の花が歌や小説になっている、思い出すものだけでも幾つかある、
水原弘の「黒い花びら」は確か最初のレコード大賞だったと思うが花の種類は出て来ない、
「黒百合は恋の花、愛する人に捧げれば」と言う曲もあった、織井茂子が歌っていて昭和29年だった、かなりブレストの効いた歌声だった。黒百合は北海道に自生するそうだが見てみたい物だ。
黒バラは確か怪盗だった気がするが出てこないな、
「黒躑躅の咲く山、朝日さす夕日輝く・・・」は武田埋蔵金の有りかを示すと言う文章だったと思うが後半の「朝日さす、夕日輝く云々」は埋蔵金の言い伝えに多く出て来るのでこれに限った話ではないが黒躑躅は結構斬新だ、本当に有れば埋蔵金以上の価値はあるな。
実は本当の黒い花は無いらしい、濃い赤紫が殆どで濃い青もある、アヤメの西洋改造種である「アイリス」には綺麗な茶色が有るがその濃い色は見え方によっては確かに黒に見える、因みに薔薇は赤の濃いものらしい、チューリップは赤紫だった。
花には地域的や年によって流行がある、群馬の沼田から日光丸山高原に向かう国道沿いにはこのアイリスが非常に多く見られた、10年以上前なので最近はどうなのか分らない、この道は大手毬と子手毬も多かったがこの道路を長野に向かうとコスモス街道である、群馬からこの道はアイリス街道になる訳だが季節が秋だと何が咲いていたか思い出さない。

光の加減で黒に見える場合と赤に見える場合があるな





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ゴールデンウィークか、

2011-04-29 11:38:40 | 雑記
Gwである、仕事が殆ど無くで休みがあっても持て余すと思っていたら昨日一口仕事が入った、
納期は5月の2日、前半の3日間はこれで埋まってしまった、大体毎年こんな仕事が多い、
持て余していた時間だからちょうど良いかと会社に出てきたがどうも勢いが付かない、そろそろかかろうかと言う所だが実を言うと余計な仕事が別に出てしまった、台所の水を流すと風呂場に水が溢れるのだ、この部屋に引っ越したのは一昨年の12月、今月で13ヶ月が過ぎようとしているのだがこの間にトイレの排水が詰まった事が2度、3度目は一階下の部屋の天上から水漏れが起きて全面的な工事になった、しかし又詰まってしまった、現象を見るとどうやら我が家の流し台が排水の先端で次が洗面台、次いで洗濯機の配水管、風呂場の排水、その後ろにトイレの配水管がつながっている様だ、前回は下の階とこの階の間で詰まったのだが今回はそのトイレの配水管の前で詰まった様だ、先日はガス給湯器が故障し東ガスに来て貰ったのだが2年契約の期間が来ない間に何と4度も水廻りのトラブルが起きた、
引越すにはそれなりにコストが掛かる、弱ったもんだがそれも大変だ、この歳になって全く酷いもんだな、
しかし日当りだけは実に良い、小さなビルの最上階なので北側を除いて全て開口している、
調理残りの野菜をペットボトルの切った奴に入れて窓辺に出しておいたら良く育つ、根が広がったので2㍑にグレードアップした、前に人参と牛蒡をやって見たが育ち切ったので引退して貰い今度はジャガイモだ、芽が大きくなるが葉は中々開かないな、
どのタイミングで捨てるかが難しいがもう少し育ててみるか。



散歩で見つけたツツジ

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山笑う、

2011-04-28 09:43:04 | 雑記
う少し前の季節だが森の枯木に新芽が一斉に吹き出す様子の古い表現である、
秋の終わりに全ての葉を落として裸になった樹が暗い灰色の山肌にモノトーンで張り付いていた景色がある日一斉に薄い緑色の芽を開く、
それまで山肌にへばりついているかのような雑木の枝にまさしく萌黄色の芽が一気に吹き出すとそれまでの山肌から一回り大きく絹をかけた様な按配になる、日一日と色は変わって段々と緑が濃くなってくるがその中に少し遅れた山桜が白い花を点々と広げる、
今まで余り目立たなかった常緑樹林がその中で彼方此方に模様を作る、この季節の山の景色は特に好きな景色だ、昔の人達は里山のこんな景色を見て田を耕す時期を知ったのだろう、
貧しい生活を大きな変化も無く続けて居る事は今では耐えられないかもしれないがふとこんな所に小さな家を持って明日食べるだけの質素な食事の心配だけして生きていけたらどんなに良いかと思う事もある、
都会の生活に慣れきった自分にはかなり難しい事かもしれないが生まれた村を考えるとそれも良いかも知れないが連れ合いは東京生まれで東京育ち、無理だろうな

都会の中で見つける花も多い、隣の車屋さんの花壇で、桜草が綺麗に咲いている



アメリカ花水木、日本の物よりいろんな色がある、この付近はこの色が殆どだが青紫も良い



和紙の原料の三椏、この字は合っているのだろうか?

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悪人の善意

2011-04-27 09:26:03 | 雑記
日から風が強い、東南角の古いビルは今朝から風切音が響いている
昨日のニュースで刑務所に服役している人達から2千万を超える義援金が寄せられたと言う、
塀の外で火事場泥棒の様な犯罪や全く人道に悖ると言ういえる詐欺が横行している中でどう表現して良いか分らないが素晴らしい事だと思う、これが受刑者心の更正に貢献したとすればそれに勝る事は無い。
キリスト教も仏教も人間の本質で全くの悪人は居ないと言う、親鸞の歎異抄の冒頭「善人縁もて往生を遂ぐ、言わんや悪人をや」と言う言葉がある、どんな犯罪を犯してもやはり何処かに言われ無き不幸に遭う人達を見たら「自分で出来る事は何だ?」と考えて行動する部分は持っているのだと言う事だ、犯罪自体は許されない事だが状況や環境で踏み違えたと言う事もあるだろう、
むしろ感情に流されず合法であると言う錦の御旗の下で人々から金を集め裕福に成った人種の方がこう言う方向には行かない気がする、確かに多くの資産家が庶民感覚では信じられない寄付をしている、しかし一方庶民の心に中には「何であんな金を個人が持っている?」と言う思い、又「売名行為の一種だ」と言う気持ちもある、持てない者の僻みかもしれないが多くの貧乏人はそう思っているだろう、議員が歳費を半年間半分を減らしたと聞いたが公務員高級官僚の給料が減ったと言う話は聞こえて来ない、国を運営していると自負している高級官僚はやはり「絶対的な権力」は持っているが「その分の責任」は全く考えていない様だ、
権利と責任は同じ重さだと言うことは小学校の基礎学習で教えている筈だ、「日本丸の運転は我々官僚が居なければ進まない」と言いながら座礁しても「運転していたのは政府だ」と言う、
厚生省の問題が顕著な話だろう、厚生省が許可しなければ薬品は市販出来ない、しかし厚生省がそれだけ時間を掛け許認可権限を持って市販された薬品で大きな薬害が出ても「厚生省に責任は無い」と裁判で争った事があったがそれでは認可している意味が無いだろう
未曾有の災害、痛みは同じ割合で負担しよう、先ずはある所から拠出して貰うのが筋だと思う。
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人為的な被災

2011-04-26 14:07:37 | 雑記
まだ毎日の様に流れている被災地の画像を見ると東京大空襲後の写真に酷似している、
跡形もなく無くなった都市の跡に瓦礫だけが残っている写真だ、
今回は天災だがあの時は意図的に破壊され、壊滅した人災である。戦争と言う異常な行為の結果では有るが軍事施設でもない都市を破壊しつくした行為は人道的に許せる訳もない、
まあ人道的な破壊兵器なぞはないのだからそう言う意味では戦争の延長線上に有ると言う言い方も有るかもしらない、
だがこの未曾有の災害に心から力を惜しまず、しかも何も言わずに去って行った彼らには心から感謝する。
しかし震災の被害に加え原発の災害はやはり世界で只一国原発を蒙った広島と長崎を思い起こす、町が消えた越前高田の丘の上に福島原発がある様な形になったのが被爆だと言ってもいいだろう。
この震災を世界中の国々から「見た事の無い災害だ、人類として救わなければならない」と言う声が沸きあがり本当に多くの国から援助の手を戴いている。
この災害を悲惨な状況だと認識していただくのなら「核兵器」は今回以上の破壊と汚染を人為的に起こす物だと言う事をこの災害から学んで貰いたい、
今回は破壊レベルで言えば恐らく戦略的核兵器の2~3個分程度だろう、その核汚染はどう評価しても迅速とは言えない今回の事故後処理どころではなく一瞬に日本列島を覆い拡散は数日で世界を覆う、海は修復のしようもなく汚染してしまい元に戻るのは世紀を要するだろう、
核保有国はこの災害を他山の石として核兵器の廃絶に大至急舵を切って貰いたい、
仮に平和利用といってもまるでブレーキの無い大型トラックが急な坂を転げ落ちる様な事態を見ると原子力利用と言う核の見直す時期になっているのではないだろうか、
現在では存在する物質の最小単位である原子核を地球の生物の単に1種類でしかない人間が手を加えるのは安定した物質の根源を犯す事になるだろう、それも単に「いい暮らしがしたい」自分達の利益権力を増大させたいと言うだけと言うのは宗教的な意味ではなく自然と言う物に対して僭越すぎるのではないかとおもう
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