福田の雑記帖

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渡辺淳一著 「富士に射つ」 文春文庫 1972年(2) BOAC機墜落事故関連作品

2019年12月11日 22時23分53秒 | 書評
 渡辺淳一氏の著作は随分読んだが、航空機事故を扱った作品があることは失念していた。これを見つけ、数日で一気に読み切った。

 本書は1966年(昭和41年)3月5日の124人全員死亡したBOAC機事故の白煙と、パラシュートをゴルフ場で目撃したあと、強度の不安神経症に陥った中年の患者とその治療を担当した主治医を巡ってのエピソードを綴った作品である。
 私の興味と一部重複していることで親しみを感じた作品である。

 主治医の私は、44歳の元会社人の脅迫神経症疑いでうつ状態にある患者の主治医となる。昭和41年より、いらいらし不眠が激しくなり、気が重く、被害妄想的となった。42年春には都内の精神科へ行き、ノイローゼの診断の下で治療受けたが軽快せず、人と接触するのが怖くなり、話すのも、挨拶することもできなくなって妄想や幻覚が生じるようになって主治医の勤務する病院に転院した。
 主治医として関わるも一切こころを開かず、原因は不明でやむなく催眠療法を行なった。結果として、富士の見えるゴルフ場で、飛行機が落ちるのをみ、パラシュートを見た、ということまで聞き出した。

 当時の新聞からを検討し、患者は124人全員死亡したBOAC機事故の際にパラシュートを目撃したが、患者は誰もその話を信じてくれない、と悩み、その後に強度の不安神経症に陥ったことがわかった。
 旅客機にはパラシュートは搭載されていないから、主治医は患者の病態はさることながらこのBOAC機事故について興味を持ち、患者が見た、というパラシュートとの関係から事故を追って行く。事故原因は乱気流に突っ込んだための空中分解説が有力となっていた。
 さらに新聞記事による検討、患者の勤務先訪問、同様にパラシュートを見たというタクシー運転手との面談、患者の妻との面談、元パイロットとの面談を繰り返して行く。

 最も参考になったのは元パイロットとの面談で、彼は「全体的に乱気流説にマスコミ報道が作られている様な気がする。フライトレコーダーが激しく焼けているのも納得しがたい。自衛隊機のスクランブルが関与している可能性も否定できない・・」などと述べる。

 主治医は最終的には患者を信じ、患者の言葉を信じたい、と思ったが確証は得られないだろうと納得せざるを得なかった。

 作家渡辺淳一氏も航空機に興味があったのだろうか。
 事故調査団が科学的手法を駆使して乱気流による空中分解説で結論をまとめようとしている時期に、精神を病む患者のパラシュートを見たという言葉には嘘がないはずだ、ということを前提に別の視点からBOAC機事故を考えて行くという構成になっている。その解析過程、精神科領域の治療法などに魅力ある作品となっている。
 渡辺淳一氏の作品群の中では目立たない作品であるが、これを読んで私は氏に強く親近感を覚えた。このことは氏のほかの作品を読む際にも有用となるだろう。
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