Menkarm World

メンカームの趣味の部屋へようこそ!

収入の確保 1(ラーメン屋、アパート、園芸店)

2012年06月30日 09時54分05秒 | これからタイへ住む人へ~私の失敗談
タイへ転居する前に書いた記事「月に4万バーツの収入がないとビザが更新できない?」へ「移住で大事なのはビザの問題よりも生活費の確保の方が一大事です。」とコメントを頂いた。その時は、何も目途は無いが、何とかなるだろうと安易に考えていた。私はタイへ住めば、退職金で家も建てるし、車も買う。負債も無いので、あとは御飯が食べられれば良いじゃないかくらいに気楽に考えていたのだ。しかし実際に住むと、子供の学校は公立で良いと思っていても、最後は私立になるし、少し熱が出れば大病院へ。タイで庶民的な暮らしを思ってたのは私だけで、家族は日本の暮らしからレベルを下げられなかった。日本で月10万円稼ぐのは簡単でも、50万円稼ぐのは知恵が必要なように、タイでも月1万バーツは簡単でも、一家が日本的に暮らせる最低限の5万バーツは知恵も努力も必要なのだ。5万バーツ稼ぐ一番簡単な方法は、私がタイで就職する事だと思ったが、私達がタイへ住む前提は土地があるウドンタニ。過去の求人は検索で1度見たが、リアルな求人なんて一度も見た事が無い。今考えれば、ウドンタニに拘る理由は無かったのだが、その時はそう思ってしまった。タイへ来て最大の失敗はこれだと思う。またダラダラと書き連ねるが、私達の失敗談で妻の奮闘記を読んで欲しい。

自宅予定地前の道は幹線道路ではないが、私が住む集落から農地への出入り口であり、観光地へのアクセス道路でもある。通行量が多いので商売も可能だろうし、近くへ学校がいくつかあるのでアパート経営も出来そうだ。日本へ居る時の私の趣味がラーメンの食べ歩きだったので、ラーメン屋も良いなあと安易に考えていた。転居して最初に始めたのは、私の趣味を兼ねて、同じ集落のラーメン(汁ビーフン)食べ歩き。その頃は、汁ビーフン1杯で20~30バーツ、具や麺が増える特製で30~35バーツ。人気がある店は日本と比べると量は少ないが、30Bと思えないほど具がたっぷり入り(左写真)原価は高そう。一番人気の店は親子でやっておられるので利益が出るように感じた。うちのように幹線道路から外れると主なお客さんは地元の町役場の職員や学校の先生達。短い時間帯に集中するので回転は悪そうだ。子供が小さいので無理だと妻から言われたし、これだけで生計を賄えそうに無いので、私の夢なのだが今でも保留中だ。私がここへ住み始めて、我家の近くに5軒開店したが、どれも短期で閉めている。

次に検討したのはアパート。周囲のアパートをいくつか見学すると、その頃1部屋10万バーツで建築でき、家賃が月1200バーツ程度だった。悪くないと思ったので、設計図も作ったし、建築業者も選定して価格交渉も済ませた。工事の契約を目前にした頃になって、親しくしている人がアパートの経営を止めた話しをしてくれた。その人の話しによると、深夜まで酒を飲んで騒ぐのは良い方で、薬物使用や異性の連れ込み乱交、殺人未遂事件までおきて、とても相手を出来ないと言うのだ。子供が居る家でやるべきではないとも言われた。その人のアパートはローンも終ってないそうだが、物置になっている。妻が嫌だと言い始めたので取り止めた。先日ウドンタニ中心街でアパートを経営される日本人とお話しする機会があったが、大きな問題は無いと仰ってた。住民を上手くリード出来るアイデアをお持ちなのだろう。


3つ目に考えたのは園芸店。近所の農家の人が買ってくれるとは思わなかったが、観光客の行き来があり、西洋人も多いので商売になるかもと思った。妻はやる気満万で、労働許可が無い私は主夫生活が始まった。労働許可は法人を対象に出され、個人事業者は対象外。法人も外国人一人あたり、資本金が最低200万バーツ等の制限がある。当たれば法人化も可能だろうが、小さな園芸店である。自宅予定地の道路沿いに茅葺のサラ-(休憩小屋)があったので、いくつか柱を追加して遮光ネットを張って店舗にした。最初は10平米くらいのミニ店舗だ。このくらいの店舗だと、商品も多くは置けないので、仕入れはウドンタニ市内の園芸店。同じ商品を多く並べているのがバンコク近郊から商品を仕入れて卸売りもやっている店だ。トラックで行商している卸屋さんも多いが、うちは幹線道路を外れて気が付いてくれないので、路上でそれらしいトラックを見つけたら声を掛けにも行った。日本人一家が引っ越してきて、田圃の真中で店を始めたと面白がられての冷やかしも多かっただろうが、来店数は思ったより良く、50バーツくらいまでの商品を中心に売れた。主なお客様は予想通り西洋人の奥さんや観光客だったが、奥の集落から市場へ買物へ来た帰りや、農作業の帰りに立ち寄る人も居た。妻は気を良くして少し上の価格帯の商品も取り扱い始め、大きく派手な植物が売れ筋なのも理解できた。花が好きなお客様は、どこの店も同じ物が並んでいると不満を持っておられるようなので、採算割れ覚悟でバンコク周辺の園芸市場や産地の農園にも足を運んだ。地元の園芸店では置いてないような蘭や観葉植物も置いたので、口コミで中心街からわざわざ来て下さるお客様も増えてきた。何か宣伝をすればと思ったのだが、ケーブル1局を除いたTVは全国ネットだけだし、新聞は折り込み無し、FMラジオは空きチャンネルが無いほど放送局があり効果に疑問を感じた。農園で仕入れると数が多いので、在庫をストックする150平米の栽培スペースも作った。観賞用植物は在庫が長くなっても株が大きくなるので、売り易くなるし、価格も上げられるのだ。但し下手だと、次々枯らしてしまい、ロスで利益も飛んでしまう。水やりだけでなく、肥料も居るし、農薬散布も必要なので、手間が掛かるのが事実。店なので農薬散布は営業終了後の夜の作業だ。植物を売るだけの綺麗な仕事だけでは無い。園芸店は売場を200平米に広げて、業態を変更する最近まで続けた。
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子供の教育 7(日本語)

2012年06月29日 01時14分37秒 | タイで子育て
語学で一番大切なのは、使う事だろうと私は思う。だから私は家族と話すのに日本語を使うし、家庭内でタイ語の会話は禁止している。だから私のタイ語は何年住んでも上達しないのだが、子供達の日本語教育は、今のところ上手く行ってると思っている。
上の子は小学生の時にタイへ来て、そのまま日本語検定のテキストを使って、漢字の学習もさせていたが、中学受験の準備を始めて止めてしまった。中学生になっても忙しい毎日なので、漢字の学習は必要になった時に自分でやってもらおうと思う。毎日自宅で日本語を使っても、徐々に語彙が少なくなるので、私の母へ頼んで日本から漫画の単行本を時々送ってもらう。子供は「ワンピース」が好きで、実は私も漫画が届くのを楽しみにしている。
下の子供は生まれて6ヶ月でタイへ来て、私が日本語で育てた。幼稚園入園を意識して2歳頃から妻はタイ語を使い始めたが、今は日本語で話している。親子の会話だけでは語彙が増えないので、日本から送ってもらった絵本の読み聞かせをしたり、寝る前に昔話をしたりしてたが、今はYOUTUBEでまんが日本昔ばなしアンパンマンなどの子供向け番組を見せている。まんが日本昔ばなしは最近削除されてばかりで視聴が難しくなったのが残念。NHK教育がここから無料で観れるので、休みの日は子供番組を見せるが、ここもいつまで観れるか分からない。著作権の大切さは理解できるが、子供の日本語教育を考えれば、優良な番組を簡単に楽しめる方法を残して欲しい。海外で日本の教科書を無料配布するより有効だと思うのだが、政府は著作権を買い取る等、考えられないのだろうか?
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離婚!

2012年06月28日 05時52分40秒 | タイでの生活
私が「おばさん」と呼ぶ、我家へ時々顔を出す人が居る。農業と大工を兼業する40代前半の男性だが、細かいところまでよく気が付くし、ソフトな人当たりで、少しオネエっぽいので「おばさん」だ。数年前に隣村の女性と再婚し、私達も結婚式に出席、オカマじゃなかったんだと笑ったのだが、その「おばさん」が我家へ来て、奥さんと離婚を考えていると話し出した。そんなの黙ってやれば良いのにと思ったが、結婚式に出席した人たちへ断わってから離婚するのだそうだ。結婚後に奥さんの家で同居を始めたが、奥さんがやっている食料品店から携帯のプリペイドカードを親族が次々持ち出して店は赤字。朝夕は親族一同が集まって奥さんの家で食事。バンコクへ出稼ぎしても生活費が足りず、サムロー(3輪バイク)も売却したが、まだ足りないと言われるので、全部無くなる前に離婚するそうだ。日本人がタイ人の奥さんの実家周辺へ住んで、親族一同に集られる話を聞くが、タイ人同士でも同じ事をやっているのだ。近くへ住むのは地雷を踏むのと同じだろう。スープが冷める距離、気軽に行き来できない場所に住まないといけないとは嘆かわしいが、私も妻の実家から車で3時間の場所へ住んでいる。
参照 どこへ住むか 4(タイ側親族との同居)
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子供の教育 6(中学受験)

2012年06月27日 14時31分06秒 | タイで子育て
子供の教育 5(中学受験対策)のつづき。
6年生が始まると、授業中のミニテストの結果も良好。急に成績が良くなって先生や友達が驚いた。勉強が面白くなったのか、帰宅後に机へ向かう時間が多くなった。新しい塾にも慣れたようで、良い友達が多いと喜んでいた。今までは呼ばれなかった、クラスから選抜されて行くソソボトーやナナチャート等のテストにも必ず声が掛かるようになった。これらのテストへ参加して賞を貰うと、中学校の理系コースの受験資格になったり、特技入学のポイントにもなるので、担任へ話して積極的に参加させた。6年生の統一テストO-NETの対策は塾でやったようで、まあまあの成績だった。
3月へ入って公立校特別コースの受験申し込みが始まった。ウドンピット校はソコボー(理系)コースとEP(英語)コースがある。うちの子供はポー4(小4)で成績が足りない科目がありどちらも断念していたのだが、子供の友達からナナチャート試験の受賞が受験資格になると電話が入り、ソコボー(理系)の申し込みが出来た。テスト前は連日夜遅くまで塾で勉強したが、結果は不合格。ネットで公表された受験者の得点を見ると、特に算数の成績が悪い。うちは算数が得意なのに?と思ったが、全員の成績をエクセルへ入れて調べると算数のテストは100点満点で、合格レベルは24点。1桁の得点が大多数だった。特定の塾の生徒が多数合格したそうで、うちの子供と同じ塾へ通う子供の父兄と思われる人が、有名な進学塾へ行ってるのに1桁しか取れなかったと大手新聞に投書し掲載されたが、子供の話しを聴くと、出題はモー1(中1)レベルで捻ってあり、子供の塾でもモー1レベルの勉強はしていたがO-NET対策問題集ではレベルが低過ぎたようだ。家庭教師等で個別に学習しないと難しいだろう。
次は特技入学があり、子供はナナチャートの受賞を種に理数コースで受験。理科や算数の試験が口頭でされたが、この試験で重視されるのは賞状。王族から表彰された子供や、賞状を数十枚持った子が合格し、口答試験は順調なのに、うちの子はまた不合格。このテストに限れば、田舎の公立校へ通った子供が、賞状の数が多くて有利に見えた。
3回目がいよいよ最後の普通コース。卒業して夏休みに入ってからは毎日塾だし、苦手なタイ語は家庭教師にもお願いした。帰宅してからも私が算数の特訓。使った問題集は捻った設問が多いソソボトー試験の過去問題集。受験願書の提出は、合格判定時に同じ得点なら受験番号が少ない方が合格になると噂があり、早朝から待って申し込みをした。受験は本来の校区であるウドンタニ中心街の220名と、校区外の220名に分かれており、校区外枠はイサーン地方を中心にタイ国内から受験するので、中心街居住者は有利と言われている。中心街への居住は2年以上が条件なので、早くから住民票を移して受験する人もいる。我家は校区外なので子供には頑張ってもらわなければならない。受験案内を見ると、去年まで裏口と言われていた、先生の子供、政府関係者の子供、寄付金を収めた子供は入学させると書いてあった。約100人がそういう入学者になる。ちなみに私が住む集落は寄付金入学者ばかりだ。5~10万バーツと噂の高額の寄付をしなければ入学できないのかと最初は思ったが、塾の先生に尋ねると、そうでも無いそうだ。
試験日前日、子供は緊張して寝れないので、数年ぶりに私が添い寝。少し話をして横になったら寝息をたて始めた。翌日は朝礼の国旗掲揚で倒れる受験生が何人か居たそうだ。
テストが終わって子供に聴くと、算数は簡単な問題が多かったそうで、私が教えたソソボトー試験の過去問題集は空振りになった。
中学入試の合格発表は、発表日前日の夕方には掲示されると噂を聞いて、 前日の17時には学校へ行った。 18時になると次々車が入って掲示板を目指すが、 いつまで待っても発表されず帰宅した。 24時まで学校のWEBでリロードを繰り返すが更新は無かった。 朝は4時頃から妻に起こされるが無視して、目覚まし時計の音で5時起床。 パソコンを立ち上げていたら息子の友達のお母さんから電話があり「合格してるわよー♪♪♪!!!」 WEBで確認すると息子の名前があった。 塾の先生の話しでは、WEBには24時過ぎに掲示されたそうだ。
合格したからと安心できない。クラス分けがあるのだ。ウドンピット校は1学年15クラスあり、ソコボー(理系)コースが1,2組。EP(英語)コースが15組。普通コースは3~14組になる。クラス分けは成績が考慮されるそうで、3~6組は成績が良い生徒が集められ、ベテランの先生が担当すると言われる。うちの子供も成績順ならそこへ入れるはずだが、噂ではクラス分けにもお金が絡む事があるそうで、事実か分からないが2万バーツ払えば、寄付入学でも上のクラスへ入れると聞いた事もある。上がる子供が居れば、落とされる子供も居るはずで不安を感じたが、塾の先生から任せて欲しいと言われ、希望するクラスへ入った。入学後に寄付を求められるが、寄付入学者以外は千~2千バーツも払えば十分だそうだ。
毎日子供はニコニコして通学している。子供の話しでは、制服はブランドであり、プライドだそうだ。休みの日に塾へ行くのに、制服を着たり校章入り鞄を持って来る生徒も居るらしい。学校の話しでは、偽物の校章入り体操服が市販されているそうで、それを着て歩く他校の生徒も居るから注意しろと言われた。
もし合格しなかった時の話しだが、私の知人にドンボスコ校へ子供を幼稚園から9年通学させたが、成績不良(評価2,5以下)で同じ学校の中学部への進学を断られ、ウドンピット校も不合格だったので、田舎な地元の幼稚園や小学校と併設した中学へ入れた人がいる。大学進学を目指すなら中高一貫校が基本なのに何故と尋ねたら、公立の中高一貫校はテッサバンなどの一部を除いて試験日が同じなので他の学校は受験できないと言われた。確かにルールはそうなのだが、どこの学校も辞退者が出るので、追加して入学の受付をする。寄付は必要らしい。予告無しに校門前に看板で掲示されるが、そういう情報は塾の先生が早い。電話番号を渡して連絡を頼むべきだ。それと、願書は複数校へ提出できる。願書だけでも提出しておけば、本命に合格できなくても次の学校へ入り易いと聞いた。ウドンピット校を落ちると、空港前の学校へ行く子供が多い。空港からコンケン方面へ行く外周路にも、もう1つある。噂では願書の提出も受験もして無くてもある程度の成績であれば1万B程度の寄付で入学可能だそうだ。
またダラダラと書いてしまったが、ここへ書いた内容、特に寄付入学については噂である。同じ集落でおばあちゃんが孫の寄付入学の話しをしたのは直接聞いたが、他の話しは父兄同士の噂話で根拠が無い。しかし不合格だった子供も、同じ試験日なので受験不可能な学校へ何故か入っているのは何人か目にした。何か救済措置はあるようなので、学校や塾の先生と相談すべきだろう。
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子供の教育 5(中学受験)

2012年06月26日 21時47分12秒 | タイで子育て
上の子供が中学生になる時に、事情が分からなくて困ったので、ウドンタニの中学受験事情を書く。地元に私立中学もあるが、うちでは特に狙った対策をしないまま受験した。ここでは公立中学の受験対策について書く。読まれる方は、この記事のカテゴリが失敗談であるのを理解して読んでほしい。
何度も書いたが、タイでは幼稚園と小学校の併設が多く、途中で人気校への転校は簡単でないので幼稚園選択は大切だ。ウドンタニで一番の中高一貫校ウドンピット校への合格実績を書くと、合格者の半分近くと飛びぬけて多いのがアヌバーンウドン。公立の幼稚園と小学校の併設校で、入学はウドンタニ中心街の居住者に限る等の制限があるが、住民票を郊外から中心街へ移してまで子供を通わせる人が多い。続いてカトリック教会系のドンボスコ、そしてカトリック教会系の女子高センマリとなる。(名称は地元で呼ばれるもので正式名では無い)ウドンピット校合格者の出身校を統計すると、ドンボスコとセンマリの合格者は、それ以下の実績の学校と大きく違わないが、これは他校を受験すると、自校の中学へ入学できない等の制限があるからだそうで、上位合格者はドンボスコとセンマリが多い。もし制限が無ければ差がつくだろう。うちの場合は、上の子は小学生でタイへ来たし、下の子は申し込み時期から遅れて手続きしたので、これらの学校へは入れられなかった。
公立中学の入試で得点になるのは、ポー4(小4)からポー6(小6)の成績と、タイ全国で行われるポー6の統一テストO-NETの成績、それと学校で行われる入学試験の成績だ。ポー4~6の成績は、タイの4段階評価で、どの科目も3以上あるのが好ましいそうだ。うちの子は足りないのがいくつかあり、後で苦労した。O-NETは、出題範囲がモー1(中1)までなので、小学校の授業だけでは足りない。それに対応した勉強が必要だ。うちの場合は5年生の後期まで私が教えたが、親は子供へ期待するし、子供は親に甘えてしまう。学校の先生でも親が子へ教えるのは難しいそうで、5年生が終わって6年生が始まるまで2ヶ月以上有るので塾へ行かせようと思った。塾はウドンピット校周辺へ多くあって、どこが良いのか分からない。妻の友人へ聞くと、ウドンピット校の先生が経営する塾が良いと聞いたが、塾はどこもウドンピットの先生がやっているのだ。(笑)結局は塾が集まっている地域のコピー屋さんへ行って、どこの塾が人気か教えてもらった。塾では5年生までの復習をするコースと、6年生の勉強を先取りするコースがあり、学力が足りないうちの子供は復習コースへ。夏休みの2ヶ月間毎日朝から夕方まで主要科目をびっしり勉強してもらった。夏休みが終わる頃、ウドンピット校の入試結果が塾へ張り出された。子供が通う塾からの合格率は2割。ちょっと少ないので、塾の周辺で情報収集。塾通いするウドンピット校の生徒らしき子供を見つけては、どこの塾の出身か聴いたのだ。早速見学へ行ってみると、ポイントを押えた暗記主体の授業で、考えるのが苦手で暗記だけが得意な我が子へピッタリ。但し、人数が多くて騒がしいので、座席は前列にすると約束し、6年生の1学期から通う事にした。<つづく>
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ウドンタニ~タクシー悲話

2012年06月25日 23時15分08秒 | タイでの生活
自動車を修理に出して帰宅するのに、久し振りにタクシーへ乗った。
ウドンタニのタクシーは数年前に登場し、今は2つの会社で三十数台が営業している。運転手の話では、ウドンタニ空港~ノンカイのタイラオス友好橋の営業がメインだそうで、今朝乗ったタクシーもノンカイから戻ってくるのを1時間待った。私が住む集落まで車で数十分。前回は200バーツで行ったので、今回も200バーツ?と価格の確認をしたところから運転手の悲しい話が始まった。
料金を200バーツで合意した後に、運転手が試しにメーター動かして見ましょうか?と言うので、興味があるのでお願いした。いくらになると思いますかと言うので、150バーツ位かなーと答えたら、自家用車だと油代はいくらですかと聞くので、1往復軽油で150バーツ、5リットルかなと答えた。
運転手は、そうでしょ、そんな金額ですよ。タクシーはガスで走っているので、それほど燃料は高くありませんが、車代もありますし、お客さんを降ろした帰りは空なんですよね。それでもメータだと100バーツ行かないと思いますよ、と言うのだ。地元のお客さんや、外国人だと、料金交渉を受け入れてくれるけど、困るのが交渉を受け入れないバンコクからのお客さんと地元でも公務員。どちらも長距離で乗られたら、運転手の持ち出しになると言う。次々お客さんがあるような効率が良い営業でも1キロ4バーツないと生活が成り立たないそうだ。運転手を始めた時は、メーターを使って営業していたが、貯金を全部使い果たしてしまい、交渉以外に乗せなくなったと言ってた。そんな話しをしていたら自宅に到着。ウドンタニ市街地から郊外の自宅まで乗って、メーターは87バーツだった。これで帰りは空だから、全然商売にならないだろう。ありがとうと200バーツ払って降りた。ウドンタニのタクシーは初乗り30B、後は時間と距離の併用だが、客の私から見ても認可料金が安すぎるようだ。運転手の話しでは、中心街を移動して100B以内、郊外の集落だと2~300Bが相場だそうだ。我家から少し先の市場までサムロー(3輪バイクのタクシー)で30バーツ、中心街でも見える範囲で40Bと言われるので、タクシーの言い値は適正価格だろうと思う。
ウドンタニへタクシーが登場して、困った時の足があるので私の生活は快適になった。これから台数が増えて使い易くなって欲しい。
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子供の教育 4(私立幼稚園)

2012年06月24日 23時38分41秒 | タイで子育て
子供の教育 3(私立幼稚園 1)のつづき。
前の幼稚園を辞めた後、しばらく家で遊ばせていた。私はあと1年家へ居て、4歳になる年に幼稚園へ入れれば良いと思ったが、同じ歳の妻の友人の子供が幼稚園へ通い始めたのを見て、妻はイライラ。既に新学期が始まって、人気校は当然定員を満たして受付を締め切り。入学させてくれる学校を探し、数校を見学して歩いた。キリスト教系の学校は、どこも静かに学習できていたが、重視したのは、清潔さと安全。妻の友人とも相談して1つに絞り、申し込みに行った。学校では満杯だと言われたが、一押し。本来ならナーセリ-(保育園)へ入る年齢だが、そこはもう一押ししてアヌバーン1(幼稚園年少組)へ入れた。1年早く幼稚園へ入れるのは、公立だと受け入れない学校が多いが、私立だと子供の様子を見て受け入れる学校が多い。下の子のクラスにも数人が1年早く入園していた。
アヌバーン1では、タイ文字や数字の概念を主に勉強した。英語や中国語の授業もあり、アルファベットや中国語で数を数えたりもしていた。日本の幼稚園と比べると、絵を書いたり、物を作ったりする授業は少ないようだった。自宅では日本語を主に使っていたが、1年間でタイ語の語彙が、かなり増えた。何人か落第したが、うちの子は終了試験も無事通過し、アヌバーン2へ進級した。
アヌバーン2では、担任が初めて正担任をやる若い先生で、一応カリキュラムは進んでいるが、学習面での子供の成長は僅かに感じられた。学校で何をしているのと思うような毎日だったが、アヌバーン2終了後の通知表は最優秀。この辺がタイらしいと言えば、そうかも。
アヌバーン3では、担任がベテランの先生になったので、安心できると思ったのだが、前期が終わりに近付いているのに、うちの子供は2桁の数字の概念が理解できないのに気がついた。少し早めに迎えに行って授業の様子を見ると、先生は黒板で3桁の計算や英文を教えているのに、子供達の目は虚ろで授業に集中できてない。それどころか、この時期だとそろそろ読めなければならないタイ語も全く出来ない。妻がクラスのお母さん方と情報交換して、どうも担任はハズレという判断をした。日本だと塾へ行かせようとなるのかも知れないが、タイだと子供のクラスを変える手がある。
授業の様子をそっと見て、良さそうな先生を見つけたので、朝一番に行って御相談。クラスを変えたい理由と、先生を選んだ理由は正直に話した。了解を得たら学校事務所へ。元の担任へ悪いので、クラス替えの理由は、希望したクラスがトイレの横だったので、元の教室近くへトイレが無いにした。子供がよく頻尿になるので変えてくれと頼んだ。事務所の了解を得て、担任へ事後報告。(笑)担任は子供をひいきにしてくれ、子供はホアナー(級長)だったので、担任の顔はショックで真っ白になった。前の学校で気に食わないと子供に仕返しした先生も居たので、子供はそのまま新クラスへ移動させた。夕方に元の担任へ花を買って行き、今までありがとうと御礼を言ったら、リラックスされたようだった。元の担任の話しでは、校長に呼ばれ、何があった?何をした?と尋問されたそうだ。私が理由を誤魔化したので、元の担任とは今でも良い関係を保っている。うちの子の後を追って数人クラスを替わったが、さすがに学校も怪しんで誤魔化しきれなかったようで、つい先生と合わないと本音を言った人も居たようだ。
新しいクラスの担任は非常に熱心で、昼休みを利用して子供の学習の遅れを取り戻してもらった。
アヌバーン3の卒業が近付いた頃、ポー1(小1)の授業が気になって10時前にチェックしに入ったら、先生2人が自習にして遅い朝食中。orz 校長が体調を崩されて巡回されなくなったからか、どんどん学校がルーズになるようだ。やりきれない気分になって、そのまま街で一番人気がある学校へポー1での編入を申し込みに行った。1ヵ月後に、様子を伺いに行くが、やはり無理。系列の女子校のアヌバーンは男の子の入園を許しており、その男の子達がポー1へ入れないので、優先して編入させているようだった。転校は諦めて担任へ相談すると、ポー1は1組から成績順にクラス分けされており、子供は1組へ推薦していると話された。人気はS先生だが、どのクラスの担任をされるかは分からないとも言われた。
学校へ教科書を買いに行ったついでに事務所へ学費を払いに行き、子供のクラスと担任を確認すると、1組ではなく、担任は自習で朝御飯の先生。転校を画策してギリギリまで学費を納入しなかったので、他の父兄に先を越されてクラスを入れ替えられてしまったのだ。クラス割りは既に確定したので変更できないと事務所は言われるので、校長と御相談して変更を了承された。1組の担任は性格がきついと評判だったので、人気のS先生の部屋へ入れた。

だらだら長く書いたので、私のように失敗しないポイントを書く。
まず、幼稚園の選択だが、タイの場合は幼稚園と小学校の併設一貫が多く、小学校卒業後は中学校を受験するのが普通なので、どこの中学へ行くかを考えて選ぶ。成績が良く人気がある学校への転校は高額な寄付や有力者の紹介が必要だったりで簡単に出来ない事が多いので、近くの学校などと安易に選べば、後々後悔する。学校の見学は前年度の授業が終わってない2月頃にして、授業風景を見たら良い。申し込みは早めに。希望する先生があれば、~先生の部屋と指定する父兄も多い。教育熱心なタイ人のお母さんへ教えてもらったのだが、授業料は事務所で担任を確認してからだそうだ。払うと変更が難しいと聞いた。
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タイの毒蛇

2012年06月22日 23時36分51秒 | タイでの生活
田植えの準備が行われる今の時期は蛇を多く見かける。

昨日金網に巻き付いていたグーキョウ(緑蛇)。妻が竹の棒で叩き殺した。木の上を好むようだ。性格は荒く、手を出すと向かってくる事も。我家の屋外トイレや倉庫の屋根の鉄骨へ要る事がある。コラートの動物園で見たのは、頭が大きく、黒い模様が無かったので、似た蛇が数種居るのかも。猛毒で噛まれたら死ぬと地元では言われる。

今日は小さめのグーハウ(コブラ)が足元を逃げていった。(写真は以前殺した別個体)地面で見ることが多い。写真は薄茶色だが、黒っぽい色が多く、緑っぽいのも居る。特徴は、1.多くは逃げないで対峙してくる 2.頭を上げて横に広がる首 3.シューという威嚇音の3つ。素早く逃げないので小さめのは叩き殺しやすいが、大きい個体になると飛び掛ってくるそうだ。イサーンのコブラは、噛み付くだけでなく、目を狙って毒液を吹き掛けてくるので注意。

タンコブが出来た私のハゲ頭に見えるが、毒蛇に今日噛まれて腫れあがった愛犬の首の付け根。矢印の部分へ毒牙の跡がある。100%ではないが、毒牙の跡が2つで異常な痛みや腫れがあると毒蛇に噛まれているそうだ。毒牙の跡の幅が3cmあるので、噛んだ蛇はやや大きい個体。繋いだ犬を噛んでいるので、逃げないで対峙するコブラの可能性が高いと思う。前にも飼犬が噛まれたが、近くの動物病院へ連れて行っても無駄で1週間だった。可哀想だが仕方が無い。

我家では敷地のあちこちに3~4mくらいの木の棒や竹竿を置いている。太い方を前にして、細い方を手に持つ。叩く時に狙うのは胴体。3発くらい入れると動けなくなるので、それから頭を叩き潰す。死んだと思っても触らないで、ゴミ箱へ。
もし噛まれたら、血清を確定する為に噛んだ蛇を殺して持参しろと聞くが、冷静に実行できるか自信が無いし、長い棒で近くは叩けない。それが出来る人が、どのくらい居るだろう?噛まれる回数が増えると思うのは私だけだろうか?
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子供の教育 3(私立幼稚園)

2012年06月22日 05時39分23秒 | タイで子育て
子供の教育1と2は上の子の話しだったが、今度は下の子の幼稚園入園について。
隣のお嬢さんのスクールバスに、2歳半のうちの子が毎日手を振っていたら、入園されませんかと園長がパンフレットを持って来られた。園長は日本への留学経験者で,日本語の会話と読み書きが可能。某国立大学教授を退官されて幼稚園を始められた。給食には日本食も出されていた。見学へ行くと、日本で上の子が通った幼稚園より丁寧に授業されて良かったので通わせることにした。
子供が学校へ慣れるまでの最初の1週間は私が同行。小さな椅子へ座って、私も勉強。担任は40代後半の女性。規模が大きい私立学校を病気で退職し、しばらく休んだと話された。何か少し陰がある感じがしたが、ベテランで子供の扱いも上手く、任せられるだろうと思った。翌週から隣のお嬢さんと同じスクールバスで登校。数週間が過ぎ、もう大丈夫と思っていた頃、お話しがあるので電話が欲しいと連絡帳へ担任から書き込みがあった。妻が電話を入れると、何と借金のお願い。自宅を担保に数万バーツ貸して欲しいと頼まれた。こういうお付き合いは好ましくないので、私の答えはNO。借金を断わると嫌がらせをする人が居るので、妻は子供を転校させると言ったが、私は試しに1日登校させた。子供が帰ってくると顔が真っ赤で、水を欲しがりガブ飲み。暑い日だったのに学校で水を一滴も飲ませてもらえなかったそうで、先生へ話し掛けると「あなたは要らない」とも言われたそうだ。夜になって園長へ話しに行き、登校を止めて、学校の対応を待った。翌日園長と担任教師が来られた。担任は言い訳ばかりで、子供への嫌がらせは否定。園長は担任が借金のお願いをした事と、子供へ水分が与えられてない事実について謝罪された。新設校であり、別の教師の確保も難しいのだろう教員の処分はされないようで、もう一度チャンスを頂けないかと話されたが、こちらとしたらチャンスを差し上げたのに裏切られたのだ。退学すると話し、帰り際に担任が悪い事をしたと謝罪されたが、私達は受け入れられなかった。<つづく>
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子供の教育 2(私立小学校)

2012年06月21日 12時50分48秒 | タイで子育て
子供の教育 1(学校制度、公立の幼稚園と小学校)のつづき。
有名進学校への合格率が高い学校ほど人気があり、アヌバーン1(幼稚園年少組)で入学しないと、途中での編入は難しい。有力者の紹介や寄付が必要だったり、校長が面接する学校がある。
私の子供が転校した学校は、そんな有名校ではなく、華僑系の学校。毎日中国語の授業があり、漢字が勉強できて良いだろうと思って入れた。華僑系とはいえ、小学校へ通うのは3世4世だし、普通のタイ人の子供も多く通っているので、日本人の子供を入れても問題無いだろうと思っていたが、日本が嫌いと公言していた上級生が居たそうで、入って数日で数人から袋にされて帰ってきた。タイの喧嘩は1対多数が普通なのだ。担任へ連絡すると任せてくれと言われたが、転校して即転校かなと思った。翌日登校すると、昨日の首謀者が謝りに来たそうで、それからは日本人を理由に苛められる事が無かった。華僑系学校の雰囲気は活気があって私が通った日本の学校に似ており、私も息子も気に入ってたのが、4年生を目前にして中学受験が気になり始め、有名中学への進学率を調べたら、そこから毎年入るのは1人か2人。これは厳しいと思い、もう少し進学率が高い学校への転校を考えた。
街には人気がある私立学校がいくつかあるが、上へ書いた通り途中での編入は敷居が高い。まずは学校との繋がりを作ろうと思い、下の子供を1年早く年少組へ入れた。これは簡単に入れた。それから上の子供の成績を良くしようと思い、私が付きっきりで勉強。真中より少し下だった成績を、4年生1学期の終わりにクラスで上位まで引き上げた。転校先は有名中学への進学率が良く、校長の面接など無い少し親しみ易い学校。親しみ易いとは言え、我家の周りで編入を申し込みに行って、入学受付中と看板が出ているにも関わらず子供の成績表も見ずに受け付けの事務員に断わられた人が3人。受付の判断理由は分からないが、断わられた人も公立学校の先生で身なりも悪くなく、考えられるのは受付で使った言葉。有名中学への進学率が高い学校は、子供にタイ語の使用を求めており、イサーン語を使う父兄の子どもを受け付けないのではないだろうか?(読まれた方は、どう思われますか?)下の子が通っていても、少しビビリながら編入の申し込みへ行ったら、成績表も見てもらって編入可能と返事を貰った。
新しい学校は幼稚園から躾られているので、授業中に私語も少なく静か。親の期待を他所に、上の子は給食があるのを一番喜んでいた。
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