年少女子労働者の逸失利益については、現在、全労働者の平均賃金を基礎とするのか、女子労働者の平均賃金を基礎とするのかの争いがあることは、これまで見てきたとおりです。
一方、年少男子労働者の逸失利益は、男子労働者の平均賃金を基礎として行われていますから、年少女子労働者が全労働者平均賃金で算定されたとしても格差が残ることになります。
しかし、日本の裁判所はそう一足飛びには判断を変更させないのです。
法律実務に携わっている弁護士としては、現在の論点での勝利を収めることを主眼に置かざるを得ません。
例えば、年少女子の逸失利益を男子労働者の平均賃金で行うべきだと主張しても、今の状況では省みられる状況にはありません。
もっとも、男性と女性の平等という理念は忘れてはならないものであり、それについて常に裁判所に主張していくべきことは当然のことです。
これは「正義」に関する問題であり、法哲学的な思考も踏まえて主張する必要があると思っています。
この点について、野崎綾子「日本型『司法積極主義』と現状中立性ー逸失利益の男女間格差の問題を素材として」(「正義・家族・法の構造変換」所収)が大いに参考になります。
この論文は、平成13年の各高裁判決が出される前にかかれたものですが、「交通事故紛争の解決における正義の実現に関し、日本の裁判所が果たしてきた役割について、問題を提起することを目的とする」もので、法哲学的な観点からこの問題が取り上げられています。
同論文では、「訴訟を提起して自己の権利を主張し、既存の規範について正義適合性の再吟味を促すものが存在しなければ、規範の変革の可能性は著しく損なわれる」とし、訴訟提起による主張の大切さを述べています。
(続)
一方、年少男子労働者の逸失利益は、男子労働者の平均賃金を基礎として行われていますから、年少女子労働者が全労働者平均賃金で算定されたとしても格差が残ることになります。
しかし、日本の裁判所はそう一足飛びには判断を変更させないのです。
法律実務に携わっている弁護士としては、現在の論点での勝利を収めることを主眼に置かざるを得ません。
例えば、年少女子の逸失利益を男子労働者の平均賃金で行うべきだと主張しても、今の状況では省みられる状況にはありません。
もっとも、男性と女性の平等という理念は忘れてはならないものであり、それについて常に裁判所に主張していくべきことは当然のことです。
これは「正義」に関する問題であり、法哲学的な思考も踏まえて主張する必要があると思っています。
この点について、野崎綾子「日本型『司法積極主義』と現状中立性ー逸失利益の男女間格差の問題を素材として」(「正義・家族・法の構造変換」所収)が大いに参考になります。
この論文は、平成13年の各高裁判決が出される前にかかれたものですが、「交通事故紛争の解決における正義の実現に関し、日本の裁判所が果たしてきた役割について、問題を提起することを目的とする」もので、法哲学的な観点からこの問題が取り上げられています。
同論文では、「訴訟を提起して自己の権利を主張し、既存の規範について正義適合性の再吟味を促すものが存在しなければ、規範の変革の可能性は著しく損なわれる」とし、訴訟提起による主張の大切さを述べています。
(続)