南斗屋のブログ

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複数の弁護士が在籍する法律事務所と個人情報保護法の共同利用

2022年10月23日 | 法律事務所(弁護士)の経営
<弁護士が職務を行えない場合>
 弁護士は職務を行ってはならない案件が定められています(弁護士職務基本規程27、28条)。
 弁護士職務基本規程は、日本弁護士連合会が、弁護士の職務に関する倫理と行為規範を明らかにするため、会規として制定したもので、弁護士の信頼確保のために職務を行ってはならない事件を規定しているのです。
(ケース1)
 甲弁護士は、Aの離婚事件を担当しており、相手方をB(Aの配偶者)として離婚調停事件を行っていました。
 Bは個人で事業を経営していましたが、その事業で法律上の問題がもちあがりました。
 Bは、甲弁護士を敵ながらあっぱれと思っていたため、甲弁護士に連絡を取りました。
 B「甲さん。私が経営している個人事業のことで相談にのってもらいたい。できれば代理人になってほしい。離婚事件であなたといろいろ話したが、よくできた弁護士だと思ってみていました。今回お願いしたいのは離婚事件とは別だから、問題ないでしょう。お願いしますよ。」 
 甲弁護士は、Bの依頼を受けることができるでしょうか。
(回答)
 甲弁護士は原則としてBの依頼を受けることができません(Aの同意が必要)。
 弁護士職務基本規程では「受任している事件の相手方からの依頼による他の事件」は職務を行いえないと規定しているからです(27条3号)。
 このようなケースで甲弁護士がBの事件を受けたら、Aの信頼を損なうことは明白でしょう。

<同じ事務所の弁護士の場合>
 では、次のような場合はどうでしょうか。
(ケース2)
 ケース1の事案で、甲弁護士と同じ事務所に在籍している乙弁護士が、Bの事業関係の法律問題の依頼を受けることはできるでしょうか。
(回答)
 乙弁護士は原則としてBの事業関係の法律問題の依頼を受けることはできません。
 弁護士職務基本規程では、共同事務所の他の所属弁護士が基本規程の規定により受任できない事件は、原則として受任してはいけないと規定しているからです(57条)。
 つまり、事務所が同じであれば、ある弁護士が受任できない事件は、別の弁護士であっても受任できないということになります。

<職務を行えない事件の受任を防止するための規定>
(ケース3)
 ケース2の事案で、Bは自分の事業の法律問題の依頼について友人に相談したところ、友人は、「それなら良い弁護士を知っているから紹介する。メールアドレスを知っているから、自分で連絡してみて。」といわれ、乙弁護士のメールアドレスを教えられました。Bは、甲弁護士と乙弁護士が同じ事務所であるとは知らず、乙弁護士のメールアドレスに依頼の連絡をしました。

 この場合、乙弁護士が、甲弁護士がBを相手方として調停を行っていることを知らなかったら、Bからの依頼を受任してしまうかもしれません。そのようなことを避けるために、弁護士職務基本規程は次のような規定を置いています。
「共同事務所の弁護士は、事務所内の弁護士と協力して取り扱い事件の依頼者、相手方及び事件名の記録その他の措置を取るように努める」(大意;59条)
 具体的には、それぞれの取り扱い事件の一覧表を作成し、依頼者、相手方及び事件名を記録して、職務を行いえない事件かどうか確認できるようにすることになります。

<取り扱い事件の一覧表を作成することと個人情報保護法>
 問題はここからです。
 弁護士は個人情報取扱事業者なので、同じ事務所の弁護士とはいえ、依頼者の個人情報を教えるのは個人情報の第三者提供に、あたるのではないでしょうか。
 甲弁護士は、Aさんから依頼を受け、AさんやBさんの個人情報を取得しています。
 これらの個人情報を取り扱い事件一覧表として作成し、乙弁護士に提供することは、個人情報の第三者提供にあたるのかどうか、許される提供にあたるのかという問題です。
 
<個人情報保護法における第三者提供の制限>
 ここで個人情報保護法における第三者提供について見ておきましょう。
 第三者提供ができるのは、次のような場合です。
・あらかじめ本人の同意を得ている場合
・法令に基づく場合等の法の定める例外要件(個人情報保護法27条1項)に該当する場合
・オプトアウトによる第三者提供の場合(個人情報保護法27条2項)
 これだけみると、第三者提供について予め同意を取っておけばよいということにはなります。
 しかし、そもそも「第三者提供」に該当しないという考え方はできないのでしょうか。
 一見すると第三者のように見えても、個人情報保護法上は「第三者」にはあたらないという規定があります。
 ここで紹介しておきたいのは、「委託」と「共同利用」です(個人情報保護法27条5項)。
「委託」は、百貨店が注文を受けた商品の配送のために宅配業者に個人データを提供する場合が例としてあげられています。委託先は「第三者」にあたらないので、本人の同意がなくても個人情報を提供できます。本人の同意がない分、委託元には委託先の監督義務が課されております(個人情報保護法25条)。
 また、「共同利用」の場合も「第三者」にあたらないとされています。
 「共同利用」というのは、ある者が取得した個人情報を一定の要件のもと共同で利用する場合です。
 「共同利用」の場合も本人の同意がなくても個人情報を提供できるのですが、次のような事項をあらかじめプライバシーポリーなどで本人が容易に知りうる状態に置く必要があります。
 ①共同利用する旨
 ②共同して利用される個人データの項目
 ③共同して利用する者の範囲
 ④共同して利用する者の利用目的
 ⑤共同して利用する個人情報の管理について責任を有する者の氏名又は名称
 
<弁護士の取り扱い事件一覧表と共同利用>
 話しを元に戻します。
 弁護士の取り扱い事件一覧表は個人情報保護法上どのように処理されるべきかが問題でした。
 ここで前項で述べた「共同利用」を活用すればよいのではないかということがわかります。
 そのためにはプライバシーポリシーで定められた事項を記載する必要があります。
 実際には次のような記載となるのではないでしょうか。
1 個人情報の共同利用
 当事務所の所属弁護士は、各所属弁護士が取得した個人情報を以下のとおり共同利用致します。
2 共同利用される個人データの項目 依頼者の氏名、相手方の氏名及び事件名
3 共同して利用する者の範囲    当事務所の所属弁護士
4 共同して利用する者の利用目的  弁護士職務基本規程に規定されている職務を行いえない事件の確認
 あとは、共同して利用する個人情報の管理について責任を有する者の氏名又は名称を記載することになります。
 もっとも、法律事務所の多数は、「法律関連業務(案件の遂行及び案件の遂行に伴う連絡)」等のように広い範囲で利用目的を規定しており、上記のような限定した書き方はしていないようです。

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