尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大傑作「メインテーマは殺人」

2020年01月05日 21時04分22秒 | 〃 (ミステリー)
 アンソニー・ホロヴィッツの「メインテーマは殺人」(2017、山田蘭訳、創元推理文庫)は2019年の「このミステリーがすごい」の1位を獲得した傑作ミステリーだ。2018年に刊行された「カササギ殺人事件」も評判になり、僕も「大傑作『カササギ殺人事件』」を書いた。今回の作品もまた、ものすごくよく出来ていて大満足。しかも、前作と同じぐらい手が込んでいて、実に読み応えがある。

 冒頭でダイアナ・クーパーという老女が葬儀社を訪ねる。自分の葬儀の手配を生前にやっておくためだ。そして、その葬儀社を訪ねた同じ日にダイアナは殺されてしまったのである。まあ、そういう偶然もないとは言えないだろうが、いかにも不自然ではある。自ら殺されると知っていたのだろうか。という風に話が始まるが、すぐに「この書き方は不十分だ」と批判されてしまう。批判するのは警察の顧問をしているホーソーンという男。「わたし」の描写はおかしいと言うのである。

 「わたし」というのは、テレビの脚本や子ども向けのミステリーを書いている「アンソニー・ホロヴィッツ」という人物、つまり自分である。自分の小説に自分が出てきてしまうのだ。ホーソーンは事情あって警察を辞めた後も、顧問として時々難事件の捜査に関わることがある。普段はテレビの警察ドラマのアドバイザーをしている。その関係でホロヴィッツを知っていて、自分が捜査する小説を書いてくれ、利益は半々でどうかと言ってくるのである。なんでそんな本を書かなくちゃいけないのかと思うが、いろいろあって「わたし」はホーソーンについて回ることになってしまう。

 iPhoneで録音しながら捜査過程をまとめていくのが、この小説という体裁である。だから、基本的にホーソーンという付き合いづらい「ホームズ」の捜査を、「わたし」が「ワトソン」となって書き留めたわけである。その描写は実にフェアで、多分一読して犯人当てに成功する人は誰もいないだろう。言われてみれば「伏線」は十分に張りめぐらされてあり、その回収ぶりは見事の一言につきる。いろんな情報が入り組んでいて、違う方向に推理が向かってしまうから、見落としてしまうのである。

 それと「わたし」をめぐるノイズの描写があって、それが楽しいから目くらましになる。「わたし」は脚本家であって、今まさにハリウッドからも依頼が来ている。スピルバーグが「タンタンの冒険」の続編のシナリオを依頼してきて、スティーヴン・スピルバーグピーター・ジャクソンがロンドンに来るのである。その脚本会議があるから聞き込みには付き合えないというのに、その場にホーソーンがやってきてぶち壊し。実際にそういう話があったかどうかは知らないが、何しろ超有名な映画監督が実名で出てくるんだから、笑っちゃうしかない。

 ダイアナ・クーパーというのは、いまや日の出の勢いのイケメンスター、ダミアン・クーパーの母親だった。ダミアンはロイヤル・シェークスピア・シアターで活躍した後、ハリウッドに進出して活躍し、カリフォルニアに豪邸を構えられるぐらい成功している。しかし、ダイアナとダミアンの過去には、思い出したくない過去の「事故」があったのである。10年前に海辺の町でダイアナが起こした交通事故で、双子の子どものうち一人が即死、もう一人は障害が残ってしまった。その「事故」がダイアナ・クーパー殺害に関係しているんだろうか。警察は泥棒の仕業と見ているようだが、ホーソーンは一人独自の聞き込みを続ける。そしてダミアンも帰国して、いよいよ葬儀の日を迎える…。後は書けない。

 基本は「ホームズもの」の構図だが、いろんな現代ミステリーの趣向が入っている。「犯人当て」の真相と同じぐらい、「犯人じゃない当て」が素晴らしい出来映えだ。それに真相と直接関わらないような細部の謎が、ラストで一気に解明されるのも見事。自分の小説に「わたし」が出てきてしまうという「現代前衛小説」風の作りも効果的で、すっかり欺されてしまった。イギリスの演劇界、あるいはテレビや映画、また小説家の内情が折々に語られていることも魅力。そんな細部の楽しみに心奪われてゆったりと読んでいると、真相に迫る鍵が随所にあったのに気づけなくなる。だが、これは作者の勝ちというべきだろう。アンソニー・ホロヴィッツ、やっぱりすごいな。
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