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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『フロントライン』、学ぶこと多い「コロナ禍」実話の映画化

2025年06月26日 21時22分55秒 | 映画 (新作日本映画)

 2025年は最近にない日本映画の大豊作年になっている。完成度の高いオリジナル脚本の実写映画が多いのが素晴らしい。最近では『国宝』が大ヒットして、僕が書いた記事もずいぶん読まれているが、吉田修一の原作である。(文庫で2巻と長いけど、スラスラ読めるから是非読んで欲しい。)そんな中で、『フロントライン』(関根光才監督)も忘れちゃいけない。2020年2月に横浜港に接岸したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で起こっていた実話を丹念な取材で再現した映画だ。何だかもう思い出したくない気もする題材。自分でも見たくないような気もあったが、見逃さなくて良かったと思った。学ぶことが多い映画

 まあ大体の人はそれなりに覚えていると思うが、2019年暮れに中国・武漢で「謎の肺炎」が発生した。その後世界に広がっていくのだが、日本ではダイヤモンド・プリンセス号で船客の中に感染者が出たというニュースが初の事態だった。3千人もが乗る大クルーズ船で何が起こっていたのか。そして、患者の対応にあたるとともに、水際でウイルス流入を防ぐ役割を誰が担ったのか。当時は知っていたのかも知れないが、僕はもう初耳みたいなことが多く、初期対応に当たった「DMAT」の隊員の活躍に頭が下がった。「ディーマット」というのは、災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team)のことである。

 神奈川県庁に集まった神奈川DMAT調整本部長の結城小栗旬)に厚労省官僚の立松松坂桃李)が出動をお願いする。「DMAT」の出動案件には災害や事故はあったが、感染症拡大は想定されていなかった。結城は当初難色を示すが、立松から「誰かにお願いするしかないんですよ」と言われて出動を決断する。「3・11」でも共に活動した仙道窪塚洋介)は船に乗り込んでリーダーシップを発揮する。また岐阜から参加の真田池松壮亮)は妻子を置いて参加したが、妻には絶対に自分のことを周囲に言うなという。この4人の男優の丁々発止が見どころで、近年にない「男のドラマ」。犯罪や政治じゃなくても、これほど濃密なドラマが作れる。

 次第に広がる感染者、長引くとともにコロナ以外でも疾患を持つ高齢者の不調が多くなっていく。船内の不満は高まるが、それらは今ではSNSで拡散されていく。マスコミは横浜港に集結し、船に出入りする人々の一挙手一投足を追いかける。そんな中で、あくまでも人命救助を最優先する結城と、ウイルスを国内に持ち込ませまいとする立松のせめぎ合いが激しくなる。この2人、つまり小栗旬と松坂桃李の演技合戦が凄い。人はなぜ医者になったか、なぜ官僚になったか、それぞれの生き方がぶつかり合い、やがて双方の理解も進んで行く。そこが最大の見どころで、福祉や教育など人と関わる職にある人は是非見るべきだ

(クルー役の森七菜)

 以上の人々には皆モデルがあり、取材を重ねて作られた。そのような「実話」を映画化したものだから、当然ながら日本社会の現実を反映して対策会議の出席者は男性ばかり。男性医師は子どもを妻に託してDMATに参加している。実話だから、どうしてもそうなってしまうのだが、そんな中で強い印象を残すのがクルーの羽鳥寛子森七菜)である。あるアメリカ人夫妻の対応にあたるが、これもモデルがあるという。是非映画で見て欲しいのでエピソードの内容は書かないが、一体どう決着するんだろうかとドキドキする。それだからこそラストの展開には感動するのである。雌伏数年、ついに「森七菜に助演女優賞を」と言える映画が現れた。

 この映画は「現場で医療に携わる人たちの努力」が印象的で、マスコミは批判的に描かれる。また政権内部の動き、医療界の動きなどは出て来ない。官僚は立松しか出て来ないので、全部彼がやっていたかのようだがそんなわけない。乗客やクルーも(当然だけど)印象的な数人しか出て来ない。当時は厚労省の対応など相当批判されたように思うけれど、前代未聞のパンデミックに際して準備不足の中、現場の努力で持ちこたえたという描き方である。僕はこの描き方がどこまで適切なものなのか判断出来ない。しかし、エンタメ映画として成立しつつ、実話の映画化をよくも成功させたものだと感心した。日本では珍しいと思う。

 企画・製作・脚本は増本淳で、元フジテレビのプロデューサーで今はフリーの脚本家だという。福島第一原発事故を扱ったNetflixの連続ドラマ『THE DAYS』(2023)を作っている。監督は『生きてるだけで、愛』の関根光才監督。実際のダイヤモンド・プリンセス号が撮影に使われたというネット記事もあったが詳細は知らない。明らかにセットじゃ出来ない映像が素晴らしい。

 たった5年前のことなのに、僕はずいぶん忘れていた。多くの人もそうだろう。世の中には「白」と「黒」の間のグレーの領域がかない多い。そういう現実にぶつかったとき、その人の本質が露わになる。医者じゃなくても、この映画を見ると「自分は何のために生きているのか」「何のために仕事をしているのか」と自問し、「初心忘るべからず」とつぶやくのではないか。


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