尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

川本三郎「小説を、映画を、鉄道が走る」

2014年12月22日 23時15分52秒 | 〃 (さまざまな本)
 川本三郎さんの「小説を、映画を、鉄道が走る」が11月に集英社文庫に収録された。思わず買ってしまった後で、これは単行本で読んでるじゃないかと思い当たったけれど、「東北鉄道の旅」が加わっているから買う価値があった。先月末に読んで、いつか書こうと思ううちに総選挙が入り込んできて書くヒマがなかった。最近、本の話題をあまり書いてないけれど、とにかく毎日何かを読んでいる。昨日まで「曽根中生自伝」を読んでて、その後は池上裕子「織田信長」を読んでいる。今年の夏からフランス文学を久しぶりに読んでるんだけど、そういう話もおいおいと。 

 この本は鉄道の本ではあるけれど、小説や映画を全然知らない人はあまり楽しめないと思う。小説、映画、(時々マンガ)、鉄道を通して、(主に)昭和の情景を描き出したエッセイと言うべきか。とにかく、僕には楽しくて仕方ない本で、川本さんの本は概してそうなんだけど、中でも読書の悦楽に浸りきる本だった。

 そういう趣味的な本を紹介しようと思ったのは、その「鉄道と映画」「鉄道と小説」を通して見えてくる日本社会のありようを是非読んで欲しいと思ったからである。それが主で、従の意味で昔の映画や小説に触れる楽しさを知って欲しいと思うこともある。例えば、水上勉原作、内田吐夢監督の「飢餓海峡」が取り上げられているが、この映画はものすごい大迫力の傑作だけど、「戦後混乱期」を知るためにも重要な作品だと思う。この映画に出てくる森林鉄道が取り上げられているけど、貴重な挿話である。また僕の好きな田宮虎彦の「銀温泉」を新藤兼人が映画化しているが、それは花巻南温泉峡と言っている鉛温泉が舞台である。ここには花巻から通じている花巻電鉄が通っていた。これが有名な「うまづら電車」(たてながの車体)で、それは映画「銀温泉」で見ることができる。こういう話は関心がない人には全然意味がないし、関心がある人には知ってる話だろう。僕ならもっと鉛温泉のことを取り上げるけど、川本さんはそこは触れない。非常に深い風呂で有名な名湯なんだけど。

 これを読むと、ミステリーがよく取り上げられている。島田荘司「奇想、天を動かす」なんかまで取り上げているので、うれしくなる。しかし、一番多いのは松本清張。確かに清張ミステリーは、社会派である以上にトラベルミステリーでもあった。「点と線」「ゼロの焦点」「砂の器」などいずれもそうである。中でも一番は、やっぱり野村芳太郎が映画化した「張込み」だと思う。警官二人がマスコミを避けて、わざわざ横浜から夜行列車に乗り込み、佐賀まで犯人を張込みに行く。犯人の田村高廣が昔の恋人高峰秀子に会いに行くと見込んで、ずっと張り込む様子を丹念に描いていくわけだけど、この映画はまあ有名だからこれ以上書かない。清張は基本的には好きではないんだけど、それでもずいぶん読んでる。嫌いでも読めるのである。戦後社会史をやる時には必読だと思っていて、そのルサンチマンの激しさに辟易しながらも、つい読んじゃうのは下世話な面白さがあるからだろう。(それにしても山田洋次が映画化した「霧の旗」のような、嫌な触感が残る作品を何故書くのか。)

 
 僕はいわゆる鉄道ファンではないけど、親が私鉄勤務だったから、小さい頃は駅を全部覚えたりキップを集めたりはしていた。そのうち、世界の国や首都を覚える方が楽しくなって地理少年となり(今でも世界地図を見るのは大好き)、やがて古代史や戦国史に関心が出てきて歴史少年となっていった。だから、今は特に鉄道そのものに深い関心はないんだけど、近現代史に鉄道は不可欠だから、歴史の必須アイテムというか、近代化遺産としては面白い。この本で特に読んで欲しいのは、「戦時中も鉄道は走った」という章で、まさにその通り、東京大空襲の翌日も動いたし、8月15日も動いていたのである。それが日本の鉄道員の仕事であり、日本という社会なのである。これは当たり前のようでいて、当たり前ではない。最近見たジョン・フォードの「静かなる男」では、鉄道が遅れるのは当たり前に描かれている。アイルランドを描く文学や映画には、時々こういう自虐ネタみたいな設定があるんだけど、日本の鉄道は時間通り。2分遅れたとか、3分遅れたとか言って車内放送で謝罪するのはうるさいだけだと僕は思うけど、そういう社会の違いがある。それにしても、空襲直後でも鉄道を動かそうとする労働者がいたというのはすごいことだ。とにかく楽しい本で、小説や映画のガイドにも最適。川本三郎をあまり読んでない人にお勧めの本。(集英社文庫、640円)
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