英語は大事だし、英会話も大切だと思うけど、これほど「4技能重視」って言われると、英語って実技教科なんだろうかと思ってしまう。大学入試では他教科の場合、知識の正確さや思考力を問われる。英語では何が問われているんだろうか。日常的に英語を使う環境にある人は日本では数少ない。だから「読む」「書く」だけでなく、「聞く」「話す」場合でも、記憶力や思考力を働かせないといけない。でも、それは体育や芸術なんかでも同様だろう。「話す」力を測るとなると、必ず発声をしないと評価できない。やっぱり実技教科性が英語にはあるということか。
「実技教科」って言うのは、主に中学の教科で使う。つまり「音楽」「美術」「保健体育」「技術・家庭」のことである。(順番は学習指導要領の通り。)高校の入試ではこれらの教科は試験がない(ことが多い)。(東京都では大昔に9教科のテストをやった時代があったという話だが。)試験がある国語、社会、数学、理科、外国語は「主要5教科」なんて言われる。そうなると「実技教科」は手を抜いてしまいかねない。そこで調査書点では試験をしない教科に加点したりする。
高校や大学の入試で、英語の試験は何のためにするんだろうか。高校でも大学でも英語は重要だから、学力を確かめるのは当然かもしれない。大学で何を学ぶにしても、確かに英語は必要だ。特に英語の先生になりたいとか、英米文学を研究したいなんて学生を選ぶなら、それは英語の学力測定も必須だろう。でも多くの学問分野では、専門的な研究者を目指す場合は別として、「英語が普通に出来る」レベルで十分なんじゃないだろうか。留学を考えるような段階になって、集中的に勉強する方が効果が上がるように思う。
大学で学ぶには、そもそも「体力」が必要だし、あるいは「常識」がもっと必要だ。だけど「体力テスト」をやることは(体育系学部を除き)ないだろう。「常識テスト」こそ本当は一番必要な気もするけど、大学入試でやってる大学もないだろうと思う。それなら、どうして英語だけ「実技」を課すのか。そのために外部テストを受けるとか、全国学力テストでパソコンで全員のテストをするとか、社会的な負担感が大きすぎるんじゃないだろうか。
ぼくはそもそも大学入試全廃論を唱えているんだから、英語のテストも要らないと思ってる。試験を経ない推薦入試のような仕組みをいっぱい作っている時代に、どうして「大学入試改革」にこれほど時間を掛けて議論をしているのか、僕には全然判らない。それでも受験生の英語力を知りたい、高校や中学の成績だけでは信用できない、というのもホンネとしてあるだろう。そこで「基準として英検を使う」というあたりならいいんじゃないかと思う。
「本大学を受験するには英検準2級以上合格を必要とする」といった感じである。レベルが高い大学は2級を要求し、あまり高いことをいうと集まらない大学では3級に下げるところもあるかもしれない。「英検」と言ったのは、2級までなら学校で一次試験を準会場として行うことが出来るから、比較的受けやすいと思うからだ。他にもいろいろあるし、インターネットで受験できる英語テストもあるのかもしれない。離島なんかの場合はそういうものがいいだろう。英検だって、2次試験は必ず本会場に行かないといけないから。それにしても、一点刻みで英語力を測って、それを他教科と合計して合否を決定することにどんな意味があるのか疑問だ。
「実技教科」って言うのは、主に中学の教科で使う。つまり「音楽」「美術」「保健体育」「技術・家庭」のことである。(順番は学習指導要領の通り。)高校の入試ではこれらの教科は試験がない(ことが多い)。(東京都では大昔に9教科のテストをやった時代があったという話だが。)試験がある国語、社会、数学、理科、外国語は「主要5教科」なんて言われる。そうなると「実技教科」は手を抜いてしまいかねない。そこで調査書点では試験をしない教科に加点したりする。
高校や大学の入試で、英語の試験は何のためにするんだろうか。高校でも大学でも英語は重要だから、学力を確かめるのは当然かもしれない。大学で何を学ぶにしても、確かに英語は必要だ。特に英語の先生になりたいとか、英米文学を研究したいなんて学生を選ぶなら、それは英語の学力測定も必須だろう。でも多くの学問分野では、専門的な研究者を目指す場合は別として、「英語が普通に出来る」レベルで十分なんじゃないだろうか。留学を考えるような段階になって、集中的に勉強する方が効果が上がるように思う。
大学で学ぶには、そもそも「体力」が必要だし、あるいは「常識」がもっと必要だ。だけど「体力テスト」をやることは(体育系学部を除き)ないだろう。「常識テスト」こそ本当は一番必要な気もするけど、大学入試でやってる大学もないだろうと思う。それなら、どうして英語だけ「実技」を課すのか。そのために外部テストを受けるとか、全国学力テストでパソコンで全員のテストをするとか、社会的な負担感が大きすぎるんじゃないだろうか。
ぼくはそもそも大学入試全廃論を唱えているんだから、英語のテストも要らないと思ってる。試験を経ない推薦入試のような仕組みをいっぱい作っている時代に、どうして「大学入試改革」にこれほど時間を掛けて議論をしているのか、僕には全然判らない。それでも受験生の英語力を知りたい、高校や中学の成績だけでは信用できない、というのもホンネとしてあるだろう。そこで「基準として英検を使う」というあたりならいいんじゃないかと思う。
「本大学を受験するには英検準2級以上合格を必要とする」といった感じである。レベルが高い大学は2級を要求し、あまり高いことをいうと集まらない大学では3級に下げるところもあるかもしれない。「英検」と言ったのは、2級までなら学校で一次試験を準会場として行うことが出来るから、比較的受けやすいと思うからだ。他にもいろいろあるし、インターネットで受験できる英語テストもあるのかもしれない。離島なんかの場合はそういうものがいいだろう。英検だって、2次試験は必ず本会場に行かないといけないから。それにしても、一点刻みで英語力を測って、それを他教科と合計して合否を決定することにどんな意味があるのか疑問だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます