イタリア映画『ドマーニ 愛のことづて』という映画が公開されている。上映館が少ないし、知名度のある俳優がいないので、知らない人の方が多いと思う。僕はイタリア映画が好みなので見ようと思ったが、見る前の印象とはかなり違った。2023年のイタリアで最大のヒットとなり、イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(2024年)では最多19部門でノミネートされ、主演女優賞、オリジナル脚本賞などを受賞した。でも意味不明の題名で、どっちかというとラブロマンスみたいに聞こえるが、これが何と白黒で敗戦直後のイタリア女性を描くバリバリの社会派喜劇映画だったのである。
映画的に内容に触れにくい作りになっているので、そこら辺は触れないようにしたい。映画の展開は一種のミスリーディングで、ラストでそうだったのかと深く感じ入ることになる。1946年のローマ、ある一家が困窮の中で暮らしている。主婦デリア(監督、脚本を務めたパオラ・コルテッレージの自演)は夫、3人の子ども、義父と半地下の家で暮らしている。まるで『パラサイト』みたいな家がローマにもあったのか。それより何より驚くのは、夫のDVがすごいこと。日本だってあるけれど、酒に酔って暴れるみたいなのが多いと思う。だけど、この映画では特に理由もなく、朝起き抜けの一発という感じでビンタしていて驚く。
イタリアで大家族主義、家父長制が強いことは一般論として知っている。過去の地方を題材にした映画で見たことがある気もする。しかし、20世紀半ばの首都ローマでこんなことがあったのか。イタリア映画界でも正面切って取り上げられてこなかったのではないか。監督のパオラ・コルテッレージはとても知られたコメディ俳優だそうで、女優としてダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で主演女優賞を受賞したこともあるという。(この映画で2度目の受賞。)その有名女優の初の監督作品。社会派と書いたけど暴力シーンでスローモーションになったり、ミュージカル風になるなど面白く見られる工夫をしていて、重くならずに見られる。
デリアは仕事を掛け持ちして、細かく稼いでいる。夫の稼ぎだけでは余裕がないからだ。しかし、夫は完全に理不尽だし、幼い二人の男児はがさつな言動ばかり。義父は寝たきりのトンデモ爺さんで、救いは長女マルチェッラだけ。彼女は最近金持ちの息子と仲良くなっていて、結婚間近かと思われている。デリアは何とか娘の結婚式には新しいドレスを着せたいと仕事を頑張っているのだ。そして、ついに彼が親を紹介したいという。貧しいわが家に招きたくはないが、夫は花婿の両親が花嫁の家に来るのが慣例だと言い張り、結果的に彼の両親がやって来ることになる。デリアは精一杯もてなそうと努めるが、果たしてうまく行くか?
デリアには「元彼」がいる。今は自動車整備工をしているが町でよくあう。彼はちょっと油断している隙にイヴァーノに取られてしまったという。今からでも遅くない、ローマにいても仕方ないから今度北部へ移るから一緒に行こうと誘う。また市場などあちこちに「女縁」の友がいて助けてくれる。また町を警備している米兵(黒人のMP)にちょっと親切にしたら、チョコレートをくれて、その後も何かと話しかけられる。(しかし、英語がわからないから会話が通じない。)そんな時デリアに「手紙」が届き、今度の日曜には是非とも夫に内緒で外出しようと決心する。そこに障害が相次ぎ、果たしてデリアは「行動」出来るのか?
イタリアはムッソリーニ統治下で日独と三国同盟を結んだが、戦況悪化で1943年に降伏した。その後ドイツ軍がムッソリーニを救出し北部にドイツが支援するイタリア社会共和国を樹立した。連合軍はシチリア島に上陸して、1944年6月にローマを解放した。その後の新政府は連合国に加わりドイツ、日本に宣戦布告した。また北部ではパルチザンが中心となって解放闘争が闘われた。そういう経緯から、戦後イタリアではドイツ、日本と違って連合国による占領は行われていない。むしろ最後は自らファシズム体制を打倒したという意識が強いらしい。それでも1946年には米軍は駐留を続けていたんだろう。
この映画で戦後3年目と言われているのは、そういう経緯がある。夫のイヴァーノは何かというと「二度の戦争に行った」と語って苛酷な日々を送ったと回想している。戦場体験が「家庭内暴力」のきっかけとなった事例は戦後日本でも多いようだ。二度の戦争って何だろう。第一次大戦は古すぎるだろう。僕はエチオピア侵略戦争(1935年)と第二次大戦の東部戦線(対ソ戦)かなと想定するんだけど、確実なことは不明。アメリカ兵が親切だが、最後は連合軍の一員だったことも影響しているのだろうか。
もちろんイタリアでも(ドイツ軍だけでなく)連合軍の戦時性暴力は当然あっただろう。アルベルト・モラヴィア作『ふたりの女』(ヴィットリア・デ・シーカ監督により映画化され、1962年にソフィア・ローレンが米アカデミー賞主演女優賞を獲得)では、戦時性暴力の問題が追及されていた。しかし、日本でもそうだったけど、やはりベースになったのは「アメリカ軍は解放軍」意識だったんだと思う。チョコレートをくれるのも日本と同じで、直接知らないけど何だか懐かしい気がした。
そして、1946年6月の総選挙で初めて女性参政権が認められた。日本は1945年12月の総選挙で女性参政権が認められていた。ほぼ同時期で、要するに「戦争に負けて獲得出来た権利」なのである。イタリアの「戦後改革」がよく理解出来る。イタリアにも「敗北を抱きしめ」た女性たちがいたのである。題名の「ドマーニ」は明日という意味。原題は「まだ明日がある」という意味で、ラストで意味が判明する。白黒で作られたのは、まさに色のない時代だったということだろう。映画の完成度的には不満も残るが、イタリア社会史、女性史の知らなかった面を見ることが出来て興味深かった。
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